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R15 終末世界で、執事は僕を調律する。~人外執事×傲慢坊ちゃま~  作者: 島田まかろん三世
第一章 北海道編

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葦毛の馬

 あれから何日経っただろう。

 久世が、道端で草を食べている葦毛の馬を見つけた。鞍が付いている。突き刺さっているのではない。青い侵食も見えない。


 久世は、馬に近づいて手綱を掴むと、まるで昔から知っている相棒のように、静かに声をかけた。

 馬は耳を動かしただけで、暴れもしなかった。


 それ以来、僕たちはその一頭に跨って、街を離れつつある。


 馬の名前は僕が付けた。

 いくつも候補を考えた。

「ノア」「バロン」「トワ」「ダイヤモンド・スカイ」――どれも、しっくりこなかった。


 結局、「ポチ」にした。


「……センスを疑いますね」


 久世の呆れた声を思い出して、今さら腹が立つ。


 僕は乗馬が得意だ。

 御子柴みこしば家の人間として、教養は叩き込まれている。


 けれど、馬は一頭しか見つけられなかったし。

 バックパックは、うばった――違うな。《《拾った》》食料で重い。


 だから、僕が前に座り、久世の腕に包まれるような屈辱的な姿勢でいるのは、あくまで、合理的判断に基づいた、「仕方のないこと」なのだ。


 これは、言い訳ではない。


 ◇


 カポ、カポ、と蹄の音が、死に絶えたアスファルトに乾いた音を立てる。道路には無数の亀裂が走り、そこから、青とも紫ともつかない花が顔を出している。水溜まりで鉄バクテリアが、酸化した時のような色だ。油膜のように、見る角度で色が変わる。


「……久世。このまま、海まで行くのか?」


「ええ。函館を南に下り、青函トンネルを通りましょう」


「船の方が安全なんじゃないのか?」


「いいえ、坊ちゃま。船や飛行機が襲われ、海の中に引きずり込まれれば、《《こと》》はより厄介です」


 僕の腰を支える久世の腕は、相変わらず平熱より少し高い。その熱が、吹き抜ける不気味なぬるさの潮風から、僕を守ってくれている。


「……久世」


「なんでしょう、坊ちゃま」


「……お前、疲れていないか? ずっと僕を支えて、手綱を握って……」


 久世は答えなかった。

 代わりに、腕に込める力が、ほんの僅かにきつくなって、僕を締め付けた。


「お珍しい。お加減でも悪いのですか?」


 皮肉が過ぎる。

 せっかく、気遣ってやったのに。


 尻を置いている位置を変えるふりでもして、僕の肩で、その顎を小突いてやってもいいんだぞ。

 いや、さすがにそれは、やり過ぎか。


 それなら、文句の一つでも言ってやらねば。

 けれど、視線の先に広がる光景が、僕の言葉を押し戻した。


 道路の脇に、長距離バスが横倒しになっていた。窓からは、青い花が溢れ出し、まるで、乗客たちの最期を弔う、棺桶に詰められた飾りのように咲き乱れていた。


 ポチが、不意に鼻を鳴らして足を止めた。

 背中越しに、久世の呼吸が鋭く止まるのが分かった。


「……坊ちゃま。舌を噛まぬよう、しっかりと鞍を掴んでくださいませ」


 僕は頷く。

 久世が、ポチの腹を蹴った。

 ぼこぼこのアスファルトを、ポチが狂ったように駆けて行く。背後からは、地面を叩くような轟音が追いかけてくる。


 音はすぐ後ろに。

 そして。


 ――ポチがいなないた。


 ポチの前足が天を突き、僕の視界が、垂直に跳ね上がる。


 ドゴオォォォ――――ォォォオンッ!


 耳の奥が潰れる。

 衝撃が、空気そのものを殴りつけた。


 目の前に、何かが突き出た。


 柱――

 そう思ったのは、一瞬だけだ。


 黒い。

 布のように、皺が走っている。


 いや、布ではない。

 こんな位置に、こんな()()()が、あるはずがない。


 僕は、ゆっくりと視線を上げた。

 首が折れるかと思うほどに。


 それは、地面に対して不自然な角度で立っていた。

 二本。

 その間に、影。


 影が、動く。


 ――立ち上がろうとしている?


 それは、十数メートルはあるかと思われる、『スーツ姿』の――『人』?

 けれど、あるはずの場所に、頭はない。

 代わりに、首の名残のような場所から、青い蔦が何本も噴き出している。


 絡まり、伸び、くうを探る。

 意思を持った血管のように蠢くそれは、触手のように。


 僕の喉が、叫び声を上げる。

 だが、叫びは形になる前に、巨人が発する不気味な「周波」に、掻き消された。

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