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R15 終末世界で、執事は僕を調律する。~人外執事×傲慢坊ちゃま~  作者: 島田まかろん三世
プロローグ

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境界の青

「……坊ちゃま。少し、行儀が悪うございます」


 その声で、僕は深い水底から無理やり引き上げられるように、意識を取り戻した。


 最初に飛び込んできたのは、鮮やかな青だった。

 砕けたアスファルトの裂け目から噴き上がり、絡み合い、脈打つように発光する植物――なのだろうか。


 かつて栄えていた通りは、今や青い蔦と菌糸に覆われ、ビルの骨組みを内側から抱き潰す、異様に静かな森になっている。


 僕は、リムジンのボンネットに腰掛けていた。


 周囲には、先ほどまでこちらに向かって駆けてきた存在の残骸が、転がっている。

 人だったはずのそれらは、肉とコンクリートと、何か別の物質が混ざり合い、幾何学的な結晶として固まっていた。


「……終わったの、か?」


 自分の声が、思ったより掠れていた。


「はい」


 彼は、いつもの燕尾服姿のまま、返り血一つ浴びていない。

 袖口を整えながら、何でもないことのように言う。


「坊ちゃまのティータイムを邪魔する不衛生な異物の排除は、終わりました」


 彼は、布のナフキンを使い、自分の指紋がつかないよう配慮しながら、ボンネットの上に白磁製のティーカップを置いた。

 立ち上る湯気とともに、アールグレイの茶葉の香りが、死臭を強引に塗り替えていく。


 僕は手を伸ばそうとして――動かないことに気づいた。


 右手の指先から肘にかけて、皮膚の下を、青い光の筋が走っている。

 血管のようで、違う。

 この星(ちきゅう)の周波数が跳ね上がるたびに、それは強く脈打ち、僕の体を内側から凍らせる。


「……っ、はっ……」


 呻きが漏れる。

 痛みと区別がつかない。

 これを、僕は勝手に「侵食」と呼んでいる。


 彼の視線が、僕の腕に落ちた。

 その瞳の奥で、縦に細い影が、一瞬だけ揺れた気がした。


「失礼」


 彼はそう言って、僕の膝の間に割り込むように身を入れた。

 素手で直接、僕に触れる。


 その指は、僕の体温よりずっと熱い。


「……少々、周波が乱れておられますね」


 淡々とした声。

 なにかを評するというより、音程を確かめるような調子だった。


 僕の肌を割り裂こうとする青いひび割れに、彼の薄い唇が、重なる。


「……っ」


 熱が、弾けた。


 息が、喉の奥で止まる。

 次の呼吸の仕方が、わからなくなる。

 浅く、早く、空気だけを吸い込む。


 焼かれるような熱が、僕の体内に深く沈み込んでくる。

 その熱は、僕の中で暴れていた違和感を、別の形へと整えていく。


 苦しい。

 それなのに、離されたくないと思ってしまう。


 ――これは、治療なのか。

 ――それとも、別の何か。


 わからないまま、体の奥が、拒む間もなく包み込まれていく。


 やがて彼は顔を上げた。

 彼の唇に、僕の体から飛び散った青い光が残っている。


「……落ち着かれましたか、坊ちゃま」


 完璧な、執事の微笑。


「坊ちゃまのお体は、随分と《《馴染んで》》こられました。……もうすぐです。耐えてくださいませ。この先にある『原初同調点オリジン・シンクロ・ポイント』に辿り着けば、すべてが――」


 彼が、僕をじっと見上げた。


「すべて、楽になります」


 原初同調点オリジン・シンクロ・ポイント

 そこに行けば、助かるのだと彼は言う。


 けれど同時に、何かが終わる気がしてならない。


 それがなんなのか。

 まだ、うまく言葉にできない。


 ――どうして、こうなった。


 あの日。

 彼が僕の寝室に、洗面用の水差しではなく、「ナイフ」を持って現れた、あの日から。


 そう、思っている。

 たぶんそれも、もしかすると、正確ではないのか。


 そういえば、この男は――いつから僕の、執事だった?

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