048-1 歩いて歩いて。
□歩いて歩いて。
「「「ジョン様遅い!遅すぎです!」」」
キラキラちゃんズの容赦ない言葉が飛んできた。
トレーニングの時と同じフレーズ。
「フヒー…。」
かれこれ三時間は歩き通し。
大きな招き猫達を背に意気揚々と歩き出したものの、行けども行けども景色が変わらない。
街道の北側には蟻穴ノ里を守るように古い時代の土塁の痕跡が呆れるくらい長く続いている。
南側は原っぱ。
招き猫達の周囲には出店が並び賑やかだった。けれど東向きに歩き始めると、ほんの数分で屋台の列は途切れてしまう。
賑やかなのは、里の玄関口から西側の桜突堤付近までのようだった。
「ホントに何も無いんだな。ハヒー。」
トレーニングの時にキラキラちゃん達に聞かされていたとおり、里の周囲には何もない。
「だから言ったじゃないですか。」
「草と石ころしかありませんって。」
「遺跡の周りもこんな感じですよ。」
バラバラに言葉を寄越すキラキラちゃんズ。
けれど何とか聞き取れる。森人達五人に鍛えられた成果のひとつ。三人までなら大丈夫。
リアは遥か前方の先頭集団に居る。森人達もその辺りに居るみたい。目視で確認するのは難しい。
スイは最後尾で隊商警護と脱落者の見張りと言う立派なお仕事。
俺はその最後尾集団の後方にいるので、きっとスイからは俺の頑張る姿が丸見えだろう。
俺の引っ張る屋台のすぐ後ろにはカラスさんとアサマさんが手ぶらで呑気にお喋りしながら歩いている。二人の荷物は前方の荷馬車にあるらしい。
-- 素敵おじ様ズは俺の体力をもっと心配するべきだと思うよ!
そんな愚痴をぶつぶつ呟いていると、先頭集団が動きを止めた。このあたりで一度休憩を挟む様子。
「助かる…。フヒー。」
とは言っても、先頭集団に追いつくまでは止まれない。
-- もう少しだけ踏ん張らないと。
「頑張れ!ジョン様!あと少しですよ!」
俺を励ます女性の声と共に少し屋台が軽くなる。
後ろから屋台を押してくれているのはシギさんだ。
一緒に行くとは聞いていたけれど、リアかスイにベッタリだろうと思っていたら意外な事にキラキラちゃん達と仲良くお喋りしながら歩いていた。
-- いつの間に仲良しさんになったんだろう?
-- いい事なんだけどね。
-- ハヒー。
休憩ポイントに到着すると、俺の元へリアがやって来た。
「お疲れ様。と言っても、まだ東端の集落を超えたばかりなのだけれどね。」
そう言いながら、今来た方向に顔を向ける。
俺も真似して西側の方を見ると、遠くの方に先程抜けた長い土塁が確認できた。
「随分遠くまで来たと思ったんだけどな…。」
俺は素直な感想を口にする。
本当にはるか遠くまで来たような気がしているからだ。
そんな俺の言葉を聞いて「フッ。」と短い笑い声。リアが笑った。
驚いた。
驚いたけれど、疲れが堆積している俺の身体は、目の前で起こった奇跡に対してカケラも反応しなかった。
-- 体力なさすぎて悲しくなるよね、ホント。
「今日はこの後まだ随分と歩くから、休める時にしっかり休んでおきない。」
それだけ言うとリアはキラキラちゃん達の方へと行ってしまう。
「「「ジョン、ジョン、ジョン!」」」
森人達のギザギザユニゾン。
「おー。ココにいるー。」
自分でも情けなくなるくらい、ゆるくて張りのない声しか出てこない。
「ジョン、くたびれてるね。」
「使い古した雑巾みたい。」
「まだまだこれからなのに、だらしない。」
「ジョン、お腹減った。」
「バッタがおったで!でっかいバッタ!」
それぞれ思い思いの言葉を口にする森人達。
聞き分ける気も起こらないので、全部スルーしてしまう。
「すまん、回復するまで待ってくれ。ほんのちょっとでいいからさ…。」
最後まで言葉を発し切れず、俺はその場で大の字になる。
-- 空、広いな。
「ダメだジョン!寝たら死ぬ!」
「目を瞑ったらダメ!死んじゃう!」
「俺達を置いて行くなんて許さない!」
「せめてお菓子を出してから死んで!」
「死んだらジョンの魂はうちらで飼うたるから安心しいな!」
死ぬ死ぬうるせーし、縁起でもねぇ。
それに魂を飼うってどういう事よ?
色々と問い質したいけれど、身体が鉛のように重くてダルい。森人達のはしゃぐ声が頭にキンキン響いてくる。
「お前らホントに元気だな…。」
俺はゆっくりと体を起こし、屋台の下の方にある小さな扉を開ける。その中には森人対策用の焼き菓子がしまってあるのだ。
「あんまり沢山ないからな、独り占めとかするなよ、19号。」
見た目通りの食いしん坊な19号に釘を刺しつつ、お菓子の入った包みを手渡す。
「「「おぉおおおお!!」」」
森人達がお菓子に夢中になるのを確認すると、俺は再び大の字になる。
休憩時間はそんなに長くは取らないと聞いているので、少しでも足腰の筋肉を緩めてやるつもりだった。
歩いて来た方角、蟻穴ノ里の方を見ると、ずっと続く原っぱに時々動く小さな白い点がある。
遥か向こうに居るソレは、間近でみたらそれなりの大きさの生き物だろうと推測する。
もっと手前に視線を向けると、赤い実をつけた植物が目に入る。見た感じは美味しそうに思えるけれど絶対に食べたりしない。
植物は、そのほとんどが有毒だと本で読んだ事がある。人には無害でも鳥や動物には毒だったり、その逆もあって動物が食べてるからと言って無毒だとも限らない。
だから口にできる物は詳しい人に聞くのが一番。
-- この遺跡調査の合間にカラスさんやアサマさんに野草について質問しないとな。
「ジョン様、お水を飲みませんか?」
頭の上から声が掛かる。
タマホメが水の入った竹筒を持ってきてくれていた。
「ありがとう。いただく。」
体を起こし、竹筒を受け取る。
周りを見ると森人達はトミテやナカゴ、シギさんの所でキャッキャと騒いでいるのが見える。
-- アイツらなりに俺を気遣ってくれたのか、目的のお菓子を手に入れたから俺は用無しになったのか判断が難しいぜ。
「飲まないんですか?」
森人達に気を取られて受け取った竹筒の存在を忘れていた。
少しずつ水分を口に含み、ゆっくりと飲み込む。そんな俺の動作の何が面白いのか、タマホメは俺の側から動こうとしない。
なんだか座っているお尻が落ち着かなくなる。
自分から喋りかけたら負けとか思ったりもしたのだけど、結局俺の方から口を開いた。
さっき見た白い点について聞いておくのは悪くないと判断したから。
-- 決して気まずい空気に負けた訳じゃないんだから!
「蟻穴ノ里の方、ずっと向こうに白くて小さいのが動いてるけど、アレってなんだか知ってる?」
俺からの唐突な質問に、ほんの一瞬戸惑うような様子を見せるタマホメ。
けれどすぐに質問の意味を理解して、歩いてきた方向、蟻穴ノ里の方を見つめてから返事を返してくれる。
「あれはヤギです。放牧してるんですよ。里の東側の集落では珍しくない光景です。」
「そっか。ヤギだったか。」
俺の返事がタマホメの言葉のおうむ返しになってしまったせいなのか、お互いその後の言葉が続かない。
タマホメの方を見てみると、遠くの白く小さな点にしか見えないヤギを見つめたまま。でもすぐに俺の視線に気付いてコチラを向いて言葉を紡ぐ。
「見た目は可愛いけれど、気性は荒いので自分から近づいたりしないで下さいね。大怪我しますよ。」
ニッコリと眩しい笑顔で教えてくれた。
可愛いものは危険で危ないと。
「「そろそろ出発ですよー!!」」
キラキラちゃんズのトミテとナカゴから声が掛かる。短い休憩時間の終わりの合図。
日が沈む前には到着しないと面倒らしいので、俺も頑張って行くしかない。
疲れ切った肉体とは裏腹に気持ちは高揚したままだ。
「では、また歩きますか!」
気合いを入れて立ち上がる。
「倒れないで下さいよ。」
「立ち止まったりしませんからね。」
「引きずって行くのもゴメンですからね。」
キラキラちゃん達なりの励ましのお言葉。
「もし倒れたらスイを呼んで!!スイに抱っこしてもらうから!!」
俺がそう叫ぶと笑い声が起こる。
「「「わかりましたー!!」」」
今度はハモったキラキラヴォイス。
-- うんうん、やっぱりこうでなくちゃね。
誰でもいいから花粉を除去してください。お願いします!!