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わたしたちの落神様  作者: サカシタテツオ
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046 女神の戯れ


□女神の戯れ


昼食の時間、スイはまだぼんやりしていた。

俺のトレーニングの時間。里を歩き回っている間もスイはやっぱりぼんやりしていた。

トレーニングが終わり、お屋敷に帰ってから俺は思い切ってスイにひとつ提案をする。


「カラスさんに頼んでみてもいいんじゃない?」

疑問形な言葉を選んで少し自分を誤魔化すあたり、まだまだ自分の弱さを感じる。


「いや、それは、その、しかし…。」

けれどスイの返事もまた割り切れないもの。

スイはリアと違って鋼の心臓って訳ではないのかも知れない。


夕食の時は、さらにスイの表情が消えてしまっており、俺は余計な事を言ってしまったと少し後悔もしていた。



翌朝。

ミズトさんの背中から一際大きな音が聞こえて朝練が終了する。

縁側で見学していた俺とカラスさんが立ち上がろうとした時、スイが動いた。


「カラス様。私にも方術を教えて下さい。」

そう言って片膝を突き、こうべを垂れるスイ。

その様子を見た、リアやシギさんミズトさんも一緒になって片膝を突く。

カラスさんは驚いた様な顔をしたけれど、すぐにいつもの真顔に戻り言葉を紡ぐ。


「ワシの一存では決められん。姫様やサナ様と相談せねばならん。」

それだけ言うとカラスさんは自分の部屋へと戻って行く。

もちろん朝練メンバーも解散。



俺は調理場に向かいながら、側に居たミズトさんに質問をする。


「なんでサナさんやイオリさんと相談しなきゃいけないの?」

ミズトさんは「へっ?」と間抜けな声を漏らしたけれど、すぐに表情を引き締め直し、ちゃんと俺の質問に答えてくれた。


「方術は大きな攻撃技が使えるので、術者の養成には色々と制限や手続きがあります。明日香ではまず膨大な知識が求められ、あらゆる方面の専門家に学び、数々の試験に合格しないと方術を学ぶ事を許されません。」

方術を学ぶ為の第一歩は、東大受験よりも厳しい道のりのようだった。


「方術ってそんなに頭が良くないと使えないの?」

「いえ、決してそう言うわけではないのですが、悪用しようとする者を少しでも減らすため厳しい試験が設けられたと聞いています。それに勉学だけ出来てもダメなのです。体術や剣術、棒術等の武芸の道もそれなりにこなせなければなりません。」

なんか、日本全国の国立大学全てに合格しつつ、オリンピック選手並みのトレーニングを積まなきゃならない感じみたい。


-- ヤバイ、カラスさんって超絶エリートじゃん!

-- サナさんも爪を隠したタカだったのか!


「そんな難関試験を受けずに方術を学べるかもしれないなんて、私達にとっても凄い幸運なのです。なんとか姫様を説得できればいいのですけれどね。ハハハ…。」

と最後の乾いた感じの笑い声から、それは無理って諦めているのが伝わってくる。

俺もそんな事情を知らずに勢いだけでスイを焚き付けた事を心苦しく感じていた。



朝食の時間。

いつもより、ほんのチョッピリ空気が重めだけれど、嫌な空気感ではなかった。

カラスさんもいつも通り、怖い顔したまま食べている。俺の目にはそう見えた。

けれどイオリさんは違ったみたい。


「カラス、そんなに考え込みながら食べると良くないわよ。あっと言う間に抜け落ちちゃうわよ。残りの髪の毛。」

周囲の温度が急激に下がるのがわかる。


-- ヤバイ。なんて爆弾を投げるんだよ!!


凍り付いた空気をなんとかするべく、俺は勇気を振り絞ってカラスさんを擁護する。


「イオリさん、カラスさんも大変なのよ。毎日毎日みんなの要望に応えるために頑張ってるのよ。それに今朝はこちらから迷惑かけたしね。」

ここまで言ってスイを見る。見るけどスイは凍ったままだ。


「兄上がカラス様に無理なお願いをしたのです。」

リアのお言葉。


「無理なお願い?」

「そうです。それに私も便乗しカラス様を困らせてしまいました。申し訳ありません。」

素直に謝罪を口にするリア。

今日の天気は大荒れに違いない。


「スイ様やリアちゃんだけじゃありません。私達も一緒になって方術を教えて欲しいと頼んだんです!!」

いきなりシギさんが叫ぶように、参加して来た。


「方術を?あなた達が?」

「ハイ。調子に乗ってごめんなさい!」

シギさんは平謝り。

リアとスイを庇っているつもりなんだろう。


「いいんじゃない、別に。学べるなら学んでおきなさい。ここは明日香じゃないし。明日香のルールを守る必要もないのだし。それにあなた達なら信頼できるしね。」

と謝罪を受け入れるのではなくて、方術を学ぶ許可をあっさり出しちゃう素敵姫様のイオリさん。


サナさんは大きく溜息をついている。

カラスさんも同じく溜息をつく。


「決まりね。だからご飯はもっと美味しそうに食べなさい。カラス、聞いてる?」


こうしてカラスさんの仕事が増えた。

新しい弟子達四人はそれぞれ仕事持ちだから、みっちり教え込むなんて事は出来ないだろうけど。


事の成り行きを黙って見ていた森人達がニヤニヤしている。

きっとまた何か企んでいるに違いない。

けれど嫌な顔はしていないから、きっと今日の流れは良いものに仕上がっていくはず。


こうしてまた新しい変化の波が訪れる。



気温も下がり、随分過ごしやすくなり身体を動かすのには最適な季節になって来ていた。





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