045-2 ヨシオからの手紙
□ヨシオからの手紙
朝食の後、俺はテーブルに突っ伏しダレている。
3号と一緒にダレている。
そんなダレきった姿を見て見ぬふりをしてくれる優しいサナさん。
勝手口の方を見ながらぼんやりしているのは、きっと畑の手入れのスケジュールなんかを頭の中で組み立ててる最中のはず。きっとそう。
視界の端に同じくテーブル席に着きながら、ぼんやりしているスイの姿。
18号に今朝の技を教えて欲しいと頼み込んだものの、キッパリ断られてしまったそうだ。
俺は正面でダレている3号に喋りかける。
「なぁ3号、なんで18号はスイのお願い聞かないの?」
「そんなの決まってる。俺達みたいな外気流の使い方、俺達以外に出来るわけないもん。」
それを聞いて少し俺の頭が働き始めた。
森人達の使う技とカラスさんの方術は外気流を利用するけれど、その在り方はまったく違うとかなんとか。
それに森人達は内気流を使う仙術は使えないとも言っていた記憶がある。
「でも今朝の18号は俺の中の内気流ってのを利用したんだよな?ならその応用は出来ないの?俺とスイ達って18号と同じように流路が繋がれているんだろ?」
「今朝のは特別、あんな使い方をするなんて驚いたよ。でもまぁ使ってるというより放出してただけっぽいけど。流石、神人との付き合いが長かった18号だね。それにあの使い方なら18号に教わらなくてもスイとリアなら出来るはず。」
こちらに落ちて来て半年以上になるけれど、この内気流だとか外気流、それに天気流ってのはいまいち掴めないでいた。理解出来ないってのと違って感覚的に把握出来ないって感じ。
なのでこの手の話になると、どうにも分が悪くて困るのだ。
せっかく3号の話してくれた内容についても、俺の返事は軽くて中身のないものになってしまう。
「ふーん。そっかあ。そういうモノなんだぁ。」
何が分からないのかが分からない。勉強と同じでそこを理解しないと次の段階に踏み込めない。
-- 誰か優しく噛み砕いて教えてくれるとありがいんだけどな…。
「そうそう。そんなモンなの。だから教えたところで真似は出来ない。だから18号の態度は正解。」
3号の言葉も中身が薄くなる。
この会話はコレで終了って事なんだろう。
そろそろ俺のお勉強タイム。
交代制だった俺専属講師三人のローテーションは、その機能をうまく果たせなくなっていた。
一言で言うと現在はスイ先生だけになっているのだ。
お屋敷のメンバーも増え、里の様子も賑やかになったせいもあり、サナさんやリアは普段から忙しくしているからなんだけれど…。
褒めて伸ばす甘々スイ先生は、今日は使えない。
まだぼんやりしている。
-- 今日は自習するしかないようね。
勉強道具を自室まで取りに帰ると、玄関から大きな声が聞こえてきた。
「ジョン!居るなら出てきて!!」
リアのお言葉。
いつもなら淡々と言葉を重ねていくリアが、感情に任せたような声を出す。
-- ただ事ではなそう。
ほんの少しだけビビりつつ、声のした方へと速足で歩く。
「はいはい、ただ今参ります。」
ビビってしまった事を隠すつもりだったのに、出てきた俺の声と言葉は完全に負け犬な感じ。
-- きゃうん、きゃうん。
調理場近くまで戻ってみると、リアの大きな声に驚いた森人達やカラスさん、サナさんまでも集合していた。
-- よりによって俺がビリッケツなのね。
今朝早くに塩沼の隊商が到着していた。
いつもの商品と一緒に今回は長門から船便で届いた荷物も多数あり、その中にヨシオからの手紙もあったのだ。
手紙は里の人達に向けた内容のモノと俺に宛てた日本語で書かれた二つがあり、リアはその日本語で書かれた紙切れを握りしめ、ダッシュでお屋敷まで戻って来ていた。
「差し支えない内容なら、読み上げてくれると嬉しいのだけど。」
いつもの落ち着いたトーンに戻ったリアのお言葉。
けれどリアの目の鋭さは普段の3倍増し。
有無を言わせず、読み上げさせる気まんまん。
俺は手紙全体にサッと目を通し、差し支えなど無いと悟る。
-- 本当、どうでもいい事しか書いてないな。
なのでオッカナイ目つきのリアの要求に応じて読み聞かせを開始する。
-- やっぱり気恥ずかしいな、コレ。
新しい落神様へ
先代のヨシオです。
私は現在、長門の外れの集落と西ノ大島とを行ったり来たりの日々を過ごしています。
蟻穴ノ里から随分と離れたこちらでも、新しい落神様の噂話を耳にします。
どうやら思ったよりも随分早く、こちらの世界に馴染んだようだね。感心です。
残した日記も役立っているみたいでなにより。
桜突堤の噂、聞きました。
凄いね、ジョン様。
ジョンって聞くと昔の泥棒映画の主人公を思い出すよ。
なぜそんなハイカラな呼び名にしたのか気になります。今度こっそり教えてね。
本来なら、一度は顔を突き合わせて話をするべきなのだろうけれど、生憎とコチラは今やるべき事が沢山あって蟻穴ノ里まで戻っている余裕はありません。
なのでそちらから西ノ大島まで遊びに来てくれると嬉しいな。
自給自足の生活ですら、まだまだ遠い道のりなので、コチラに遊びに来る時はお土産いっぱい持ってきてね!どんな物でも大歓迎!よろしくね。
お互い元気な顔で会える日が来る事を願っています。
ジョンは最後の晩餐ってわかる?
それじゃ。いつの日にか。
ヨシオ
読み終えると、森人達が
「ヨシオ元気そう。」
「ヨシオわがまま。」
「ヨシオなのにうんこ話がない!」
「ヨシオへのお土産はうんこに決まり!」
「で?いつ行くんや?」
それぞれ思い思いの事を口にする。
俺の聞き取り能力を上回るような事はやめていただきたい。
-- お土産にうんことか、持って行く方も嫌だからな、19号。
「最後の晩餐のエピソードって?」
リアのお言葉。その声に感情は乗せていないのに、本人からの重圧感がハンパない。
「えっと、古い時代の話。神の子と呼ばれた男とその弟子十二人が揃って食べた最後の食事のシーンだったかな?ごめん、あんまり詳しくないんだ。」
実際、その手の話は詳しくなくて、最後の晩餐って言われてもダビンチの有名な絵しか思い浮かばなかった。
「何故、最後の食事なの?」
詳しく知らない宣言をスルーして、なおも追求してくるリア。さっきより目付きが鋭くなってて怖い。
「なんでって言われても…。たしか十二人の弟子の中に一人裏切り者が居て、金で売り飛ばされたとか、そんな話だったかな?ごめん、それ以上は本当に分からない。」
それ以上は本当に何も思い出せなかった。
こんな状況になるなんて前もって知っていれば、もっと勉強していたかも知れないけれど、過去は変えられないし未来なんて知りようもない。
なので仕方のない事。
「そう。ありがとう。では私は戻るわね。あの子達を待たせているし。」
そんな言葉を言い残し、リアはあっさりと屋敷を出て行く。
なんだか微妙な空気になったテーブル席。
せめて、この空気を軽くしてから出て行って欲しかった。
気を使わない女。
鋼鉄の心臓の持ち主。
-- 俺もそんな強いメンタルが欲しい…。
「昼ごはんの準備をするよ。ジョン様手伝ってくれ。」
サナさんが立ち上がる。
それを合図にみんなは解散。
19号が
「トマト取ってきていい?」
とサナさんに許可を求める。
「好きなだけどうぞ。」
サナさんの寛大な返事を聞いて、一斉に勝手口へと走りだす森人達。
-- はぁ、またもや変な空気になっちゃった。
-- でも今回は俺のせいじゃないもんね。
-- ヨシオとリアのせいだもんね!!
自分は悪くないと自分に言い聞かせながら俺もゆっくり立ち上がる。
気持ちを切り替えるためにも、料理を作るのはいい事だ。それが俺のルーティンであるし。
サナさんって俺の事、すっごく理解してるんだね!ビックリだよ!!