045-1 漢カラスと乙女モード18号
□漢カラスと乙女モード18号
朝練の見学中。
見学者は俺と18号。それにカラスさんの三人。
今朝はやけに涼しく感じる。
気温が低いというより、湿度が低い。
そんな話をカラスさんに振ってみる。
「夏の終わりだな。これから少しずつ冷えてくるだろう。」
長いようで、あっという間の夏が終わる。
組手を続行中のメンバーへと意識を向けると、相変わらずペチンパチンといい音が響いていた。
最初の頃に比べるとミズトさんの動きは随分と早くなっているようだけれど、森人達の張り手からは逃がれられずにいる。
時々ほっぺにペチンと決まる事もあって、その度に顔に残るかわいいモミジをイオリさんにいじられるのが定番の流れにもなっていた。
「なぁ、カラス。うちと一勝負せえへんか?」
唐突に18号がカラスさんに勝負を申し込む。
「うちは知っとるで。カラスが毎晩稽古をしとんのを。」
ニヤリとしながらカラスさんを見つめる18号。
「体が鈍ったらいかんからな。少しほぐしているだけだ。」
そう言って18号からの申し込みを退けるカラスさん。けれど、なんだか周りの期待の目が凄い。
「なんなら得意の方術仕込んでもええで。うちも本気出したるから。」
と、さらに挑発の言葉並べる18号。カラスさんの意思とは正反対に周囲の期待感が高まっていくのが伝わる。
「では、お言葉に甘えて、一手お相手して頂こう。」
結局、周囲の期待に応える事を選んだカラスさん。
18号は得意顔だった。
18号とカラスさんが庭先で睨み合う。
「遠慮なく方術仕込んでええで。うちも遠慮せえへんから。」
「了解した。」
カラスさんの返答は短く簡潔。
なんとなく空気の感じ方に違和感を覚える。
「ジョン!ジョンの流れ、ちょっと借りるで!」
18号がそう叫んだ瞬間、視界から18号の姿が消えた。
カラスさんは軸足の左足に大きく重心を移し、浮いた右足の先でほんの少し弧を描く。
「そこっ!」
カラスさんが叫びながら、拳を空に突き出すと
パァアアアン!
大きな破裂音と共に18号の姿が現れ、そのまま地面に落下する。
「フフン。」
18号は楽しそうに笑っている。
身体にダメージはないみたい。
カラスさんが18号に向かって、コイコイと指先を使って挑発。
「行くで!」
18号の気合いの入った言葉が聞こえた途端、二人の姿が見えなくなった。
ただ庭のあちこちから、何かがぶつかり合う音が聞こえてくる。
ガシッ!ドスッ!バシッ!と音がするたび、音の発生源が大きく動く。
俺はただ音のする方に右へ左へ、上へ正面へと首を動かし続けるだけ。
何が起きているのか、まったく分からない。
分かるのは凄いって事だけ。
「ちょ、マジで凄いな二人共。俺の目には二人の姿がまったく見えないわ。」
誰に言った訳ではなかったけれど、森人達が律儀に返事をしてくれる。
「あれでも随分手を抜いてるんだよ、カラスも18号も。」
「本気を出したら吹き飛ぶもんね、この辺り全部。」
と1号2号。
「それに、ね。」
「うん。18号は優しい。」
と3号19号。
「優しいってなんだよ?分かるように教えてくれよ。」
俺は拗ねたような口調になって、森人達に説明を求める。
その間も庭先では突風が吹いたり、破裂音が響いたりと大変な事になっているけど、その原因の二人の姿はまったく視認出来ないまま。
「18号はね、外気流を使ってない。」
「だから本気の力を出せてない。」
「出したくても出せない。」
「カラスもきっと分かってる。」
さらに混乱する答えが飛んできた。
俺の理解が追いついてない事を察知したのか、2号がさらに説明を追加してくれる。
「18号は今、ジョンの荒れた内気流の調整をしてる。ジョンと繋げた流路を通してジョンの内気流を放出してるんだよ。だから本気は出せない。というか外気流のように上手く扱えない。」
「なんでそんな事を…。」
いまいち理解は出来ていないけれど、18号が俺の事を気遣って行動しているってのは分かった。
「そのまま放って置いてもいいんだけどね。」
「どんどん神人臭くなるからね。」
「18号は特に苦手だもんね。神人臭いの。」
1号3号19号から補足情報が提供される。
そんな説明を聞いて、なんとなく森人達の方に顔を向けた瞬間
バチン!!
と大きな破裂音。
ミズトさんの背中に張り手が決まった時よりも派手で大きな音と共にカラスさんが庭の真ん中に転がり出てきた。
「参った。」
カラスさんの白旗宣言。
「ふぅ、なんとか一本取ったった!」
得意顔の18号の姿も現れる。
「一体何がどうなったのん?」
さっきの18号の行動についての説明は、再び目の前に現れた二人の姿によってキレイさっぱり流れ去ってしまっていた。
「なんや、ジョンにはうちの活躍は見えへんかったんか?」
と言いながらケラケラ笑う18号。
その横で、服に付いた土を払いながら起き上がってくるカラスさん。
「全然衰えへんのやな。カラス凄いな!」
18号からカラスさんに賞賛の言葉が投げられる。
「いやいや、歳には勝てん。随分と動きが悪くなってしまった。手加減して貰わねば、大怪我していただろうな。」
本気なのか謙遜なのか判断しかねるカラスさんの返答。
「手加減はお互い様やろ?カラスも全然本気やなかったやん!」
18号はそう言ったあと、カラスさんの返答を待たずにコチラに向かって駆けてくる。
「どないやジョン、うちの事見直したか?」
満面の笑みで迫られる。
「近い、近い、顔が近いって!!見直すも何も、お前たちはいつだって凄いじゃん!俺なんかお前たちと並んで歩くのが恥ずかしくなるくらい無力だって再確認したよ!」
俺は思ったままを口にするけれど、18号は納得いかない様子。
プーっとほっぺを膨らませ
「行こう3号、ジョンあかんわ、鈍感すぎるわ!」
そう言い残し屋敷の中へと入って行った。
他の森人達もそれに続く。
「また後でね、ジョン。」
「ごはん迄には機嫌も直るよ。」
1号2号から慰めのような言葉を頂いた。
-- 俺、またまたやらかしたんだね。
-- 何をやらかしたのか理解してないのが辛い。
-- 俺ってマジ鈍感。
18号に投げられた言葉に落ち込みつつ反省していると、庭先から声が聞こえた。
「いままでの無礼、大変申し訳ありませんでした!」
シギさんがカラスさんに土下座している真っ最中。
ミズトさんはシギさんに頭を押さえつけられているから、きっと巻き添え。
「気にせんでいい。」
またまた簡潔に一言だけで済ませてしまうカラスさん。
-- 超カッコいい!!
-- 俺もあんなオトコになりたい!!
カラスさんのカッコよさに見惚れてしまう。
「ふーん、流石ね。」
リアからもカラスさんへの賛辞の言葉が向けられる。本人には届かない声量だけれど。
スイの姿が見当たらない。
「スイは?」
まだ縁側に腰掛けたままのリアに聞いてみると
「森人様達の後を追っかけて行ったわよ。」
と素直に教えてくれた。
-- 素直さが返って怖い。
スイが何を思って森人達を追っかけたのか、なんとなく理解出来るけど、きっとその願いは叶わない。どうせならカラスさんに教えを請うべきだと俺は思うのだけどね。
後で、そう助言してみようかな。
珍しくそんな事を思った。
いつもなら言わずに黙っているはずなんだけど。
なんで、そんな面倒な事を考えてしまったんだろ?
自分の事は自分が一番分からない。
変化の訪れは季節だけではなかったみたいだった。