044-5 キラキラパワーとヨシオのノート
□キラキラパワーとヨシオのノート
「「「ジョン様!邪魔です!」」」
キラキラちゃん達のトリオヴォイスで起こされる。
-- 貴重な体験。
キラキラちゃん達は、その旺盛な好奇心で食べ物以外にも絵草紙ブームや衣服のデザイン等、次々と新しいアイデアを取り入れ実現していくのだけれど、現在の彼女達の流行は個人的はいただけなかった。
イオリさんが休日の時に着用している見た目はなんとなく学校指定のジャージのような印象の衣服。
暗い赤系の発色をする生地で作った少しダボっとしたパンツ。くるぶしの上で余った裾が団子になっている。
上も学校指定の体操着のような厚手の綿の半袖仕様。襟元や裾はパンツと言うかズボンと同系色の生地で補強してある。
こうして彼女達を下から見上げる姿勢でも、以前のようにスカートの中を気にする事は一切出来ないのだ。鉄壁ガード。
-- 超残念。
まだ重たい瞼を無理矢理こじ開け周りを見ると森人達の姿は何処にもなかった。
「森人達は?」
鉄壁ガードの三人組に聞いてみる。
「「「裏の畑に行ってます。」」」
綺麗にハモった。いつものキラキラちゃんズ。
「そんな事より、ジョン様邪魔。」
「自分の部屋で休んで下さい。」
「そろそろ皆さん帰ってきます。」
森人達みたいに、それぞれ思い思いの事を口にするキラキラちゃんズ。
リブート中の俺の頭が追いつかない。
「ハイハイ、さっさと起き上がって!」
「お部屋でゆっくり休んで下さい。」
「夕飯は私達に任せてください。」
そう言いながら三人で俺の体を持ち上げる。
-- なんだろう、またしても要介護認定された感じ?
「いやいや、自分で立てるから、自分で起きるから、邪魔してごめんね、すぐに移動するからね。だから今すぐその手を離して。俺を解放して下さい。」
若い女の子三人に体を支えられる喜びと屈辱感の天秤は屈辱感の方へと傾いた。
「だったらサッサと行って下さい。」
「夕食が出来たら呼びに行きます。」
「それまでしっかり休んで下さい。」
彼女達なりに俺を気遣ってくれているのは伝わって来たので、ここは素直に彼女達の言う事に従っておく。
中途半端な睡眠で頭がスッキリしないのは本当だったし。
-- かと言って一度起きたらどんなに体が疲れていても、なかなか寝付けないのが俺の体質。
なんて独り言を呟きながら、自分の寝床へ倒れこむ。
その瞬間に意識が途絶えた。
熟睡だった。
「「「ジョン様!起きて!起きて下さい!」」」
本日二度目。
キラキラちゃんズのトリオヴォイス目覚まし。
女の子のキラキラした声で呼び掛けられると、準備の出来ていない無防備な状態の俺の心臓は電気ショックを与えられたように大きく跳ね上がる。
本当に体が浮いたみたいになる。
「ご飯出来ましたよ。」
「みんな帰ってきてますよ。」
「全員ジョン様待ちです。」
そんなに長い時間を眠っていたわけじゃないのだろうけれど、全員俺待ちって事はそれなりの時刻。
全員俺待ちでご飯お預けとか想像すると面白い絵面だったので、もっとのんびり動こうかとも思ったのだけど、そんな事をしたら森人達がヒートアップしそうなのでやめておく。
きっとそれで正解。
顔を洗って口をすすぎ、手ぐしでなんとなく髪を整えてからテーブルへ向かう。
テーブルに近づくといい香りが漂ってくる。
森人達は「「「早く早く!」」」と言って俺を急かすけれど、その他のメンバーの様子に少し違和感を感じる。
席に着いて周りを見渡してみると、今日お屋敷に残った居残り組以外は全員なんだか深刻な表情をしている。
イオリさんまで難しい顔をしていた。
-- 似合わないな。
「遅くなってごめんなさい。」
そう言いながら席に着くと、それを合図に夕食開始。
「いただきます。」
キラキラちゃんズの習得能力や応用力は大したもので、お昼に出した冷製スープ、ビシソワーズが用意されている。
パスタはトマトソースがベースになったミートソース仕立て。
あと魚料理があるのだけど、こちらは俺の記憶にない。なんとなく西洋風な雰囲気を漂わせている。
俺はキラキラちゃん達の方を向き、ためらう事なく聞いてみた。
「このお魚はどういう料理?」
「「「明日香ノ里のお料理です。」」」
やっぱりキラキラちゃん達もハモってこそだよね!
最初にイオリさん達が滞在した時に、イオリさんにくっついていた付き人女子三人組に色々と教わっていたそうだ。さすがキラキラちゃんズ。
イオリさんに聞くと、元々のルーツは宮廷料理になるそうなのだけれど、今は普通に誰でも食べられる。
ただし手間がかかるので、一般家庭ではなかなか作らないそうだ。
白身の川魚を使うのが本家本元のやり方だけど今はそんなこだわりはなくて、淡白な味の魚ならなんでもいいらしい。
ただ海の魚は磯の香りが残るので、この調理との相性はあまり良くないとも言っていた。
ここからはキラキラちゃん達に聞いた調理手順。
まず魚を三枚に下ろして、丁寧に骨を取る。
取った後も念のために肋部分を骨切り。
処置の終わった魚の身をハーブで挟んで、芋酒に漬け込む。
しばらく漬け込んでから、魚の身を取り出しサッと水洗い。軽く水気を拭き取る。
次に衣。
粉なら小麦粉でもソバ粉でもなんでもいいけど、今夜はソバ粉と持ち粟粉のハーフ&ハーフ。
乾燥させたシソと山椒の実、それと胡椒を潰して入れる。
さらに唐辛子を漬け込んだ醤油を乾燥させた粉と一緒に混ぜて衣の完成。
これを魚の身にしっかり押し付ける。
油で揚げ焼きにするのだけど、火を入れる前に魚を挟んでいたハーブを油に入れてから火にかける。低温状態からじっくりと火にかけ香りを油に移しておく。
香りの付いた油で魚の身にしっかりと火を通す。
ソースはたまごとミルクを混ぜ合わせ、さらに少量の小麦粉とバターに塩胡椒を適量入れて火にかけ混ぜる。
ソースはこれで完成。
揚げ焼きした魚の身をお皿に盛り付け、サッとすだちの果汁を絞る。
その上にソースをかけて、油でカリッと揚がったハーブを砕いて振りかける。
最後は器に人参の酢漬けを添えたら完成。
なんとも手が込んでいる。
魚の味は良く分からないのだけど、当然磯臭さはないし、泥臭さもない。
ハーブの香りをつけたせいなのか、やや草と言うのか緑の香りが鼻に残る。
ソースは濃厚なホワイトソースみたいな感じ。
すだちの果汁のおかげなのか、くどくなり過ぎなくていい感じ。一言で言えば「旨い!」それしか出てこない。
こんな感じでキラキラちゃん達に感想を述べるとナカゴちんは耳まで真っ赤にしながらモジモジし出した。
-- なんとも可愛い一面があるんじゃないですか!
緑の香りについてはタマホメが口を開いた。
「この魚は元から緑の香りがする魚ですけど、夏から秋にかけては香りが一層強くなります。煮ても焼いて香りは飛びません。」
続けてトミテが補足してくれる。
「この香りから若草魚と言う名前が付いていますが、一般的にはわかばと言う呼び名で通っています。」
興味深いお話が聞けた。
ちなみにソースは本来ならほとんどタルタルソースみたいなモノらしいのだけど、お昼に色々なメニューのレクチャーを受けたキラキラちゃん達が卵黄をベースにしたソースを考案したらしい。
カラスさんが
「これは食べた事のない味だな。旨い。」
と珍しく料理の味を褒めたので間違いない様子。
これならきっと美味しいカルボナーラも期待できる。
本当に一度教えると吸収しちゃうんだね。
凄い才能。才能って言ったら失礼になるかな?
本人達の努力の結晶。
やや暗い表情で食べ始めたお屋敷メンバーも食べ終わる頃には、その表情に明るさが戻って来ていた。
-- 美味しい食事の力、侮れない。
食後、キラキラちゃん達は青年部の寮へと戻っていった。
片付けも終わってそろそろ何時もの読み聞かせの時間。
久しぶりに聴衆はリアだけとなった。
コレはコレで少々やりづらいのだけど、夕べの女子五人に比べるとハードルは随分と低い。
俺に度胸をつけさせるというサナさんの内緒プランは上手くいっているようね。
昨日中断したヨシオ日記の読み聞かせ。その中断したページまでパラパラ日記をめくっていると、珍しくリアが言葉を発する。
「昨日言ってた別ノート。ジョンはそのノートの中身を確認したの?」
ちょっと驚いた。
今まで別ノートについて言及した事なんてなかったからだ。
「ノートは見つけ出したけど、中身の確認はまだしてない。」
俺の返答。
ソレを聞いたリアはスッと立ち上がり、俺を見降ろしながらこう言った。
「行くわよ。」
という訳で、現在俺の部屋にリアが居る。
夜に自分の部屋に女の子が居るだなんて慣れているわけが無いので、なんだかドキドキしてるけれど、リアにそんな甘い空気はかけらもない。
解っているけど、心臓の制御は上手く出来ない。
「読んでもらえるかしら。」
いつもより少し高圧的な雰囲気を漂わせてリアは俺の椅子に座る。
俺はヨシオのノートを持ってベッドに腰掛ける。
-- あれ?こう言う時ってリアの方がベッドに腰掛けるのがお約束なのでは?
そんな事は微塵も気にしていないようなので、俺は言われた通り、ヨシオのノートを読み上げ始める。
内容はそんなに大したものではなかった。
古代遺跡を見た観光客の感想文。
そんな印象。
草原に突き出る直線的な構造物。
四角い柱のようなモノはその表面はそんなに風化は酷くない。
むしろ崩れた断面、鉄骨のような金属の芯のあたりの腐食が激しい。
崩れた瓦礫が本来の姿を見せたなら、きっとニューヨークのような摩天楼に違いない。
とか。
北の山脈を眺めると中腹辺りの山の一部に大きな断崖絶壁が確認できる。
その辺りが岩塩の採掘場跡で、大崩落事故の痕跡。塩の採掘をしていた層はその大部分が埋まってしまったらしい。
食べ物に飽きてきた話や、大きな木がないと言った描写、水の確保が難しいので賊が長居しないのではないかといった考察などなど。
そんな中に個人的にも興味をそそる記述があった。
大きな地下構造の存在。
地下へと続く入り口を見つけたけれど、ガスの可能性を考えて中に入るのは断念した様子。
ただ入り口付近で水の匂いを感じたようで、それについてもメモされていた。
そこまで読んだところでリアが立ち上がる。
「ジョン、今夜はもう寝なさい。明日はきっと忙しくなるわよ。」
そう言い残して、リアはサッサと部屋を出て行ってしまった。
-- なんだよ、その気になる台詞。
-- せめてヒントくらい出していけよ。
-- ノーヒントとか絶対無理。
-- 気になって眠れる気がしない。
ノートを投げ出し、ベッドに横になる。
俺はあっさり眠りに落ちた。
今日は一日ずっと電池切れだったみたい。