企み
ドラゴンの巣に一番近い街、「ノボレブノエ」は、たくさんのテントが集まって出来たような街だった。
一人か二人しか入れないような小さなテントから、数十人が入れるような大きなテントまで、それが無数に集まって街を成している。
火山に近くて噴火や地震が多いこともあるし、ドラゴンに襲われたりして、固定の建物は長く維持できないのかもしれない。
当然、他の街にあったような壁はなくて、竜戦塔というあのねぎ坊主みたいな塔も立っていない。
ケイレブのようなジリオン綱の商人や、採集の労働者が集まっていて、活気はあった。
街というよりも、どこかのロックフェスの会場って雰囲気だ。
王都から遠く離れたこの街にも俺達の噂は伝わっていて、夕闇が迫る中、この街を治める商人組合の長が迎えてくれた。
「ようこそ、おいでくださいました」
60代から70代の、白髪の老人が俺にハグをする。
老人は痩せていて、手が節くれ立っていた。
温厚そうな顔をしているけど、深い皺の間に覗く目は鋭く、ジリオン綱商人の有象無象を束ねている者の貫禄を感じる。
「試練に立ち向かわれる戦士様の勇気、感服しております」
老人は深々と頭を下げた。
「どうぞ、この試練に打ち勝って、ロネリ姫様と、幾久しく平穏におすごしください」
社交辞令だろうけど、温かい笑顔で言われると嫌な感じはしない。
少しだけ、田舎の祖父を思い出した。
「戦士様、ドラゴンの巣には、いつ、立たれる予定ですか?」
組合長が訊く。
「一両日中には」
俺は答えた。
もう、ここまで来たのだ。
ここに長居して、時間を無駄にするつもりはなかった。
迷っていても、ドラゴンが俺に優しくしてくれるわけではないだろうし。
「そうですか。分かりました。それでは、今宵はゆっくりとお休みください」
組合長は俺にテントの一つを提供してくれた。
何本もの頑丈な柱で立つ、10人くらい入れそうな大きなテントだ。
テントの中には柔らかそうなキングサイズのベッドがあって、一面に分厚いラグが敷いてある。
テーブルの上には新鮮なフルーツとか、柔らかそうなパン、生ハムの原木や、高そうなワインが用意されていた。
ここがテントの中だって忘れそうなくらい、行き届いた空間になっている。
豪華な様子を見ると、あのケイレブが言う通り、ジリオン鋼の商売は旨みがある商売なんだろう。
食いしんぼうのハイエルフがテーブルの上の物を食べ散らかして、俺がベッドで横になっていたら、
「戦士様、よろしいでしょうか?」
誰か、俺達のテントを訪れる者があった。
男の声で、数人がテントの外にいるようだ。
まりながスリープモードから復帰して、相手をスキャン、俺に対して大丈夫って頷いた。
「どうぞ」
俺が許可すると、男達は人目を忍ぶように、素早くテントの中に入る。
入って来たのは三人で、代表らしい一人の後ろに、一抱えある木箱を持った二人が付いていた。
三人とも、その辺にいそうな商人の服装をしていて、腰に短剣を差している。
特別怪しい様子はなかった。
「我らは、国王様より仰せつかってまいりました」
代表らしい30代の男が頭を下げる。
長い髪を後ろで縛った細身の男だった。
「これは戦士様へ、国王様からの贈り物です。どうぞ、お受け取りください」
代表の男が言うと、後ろで控えていた二人が、俺の目の前に木箱を置く。
「開けてもいいんですか?」
俺が訊くと、代表の男が頷いた。
俺は、恐る恐る木箱を開ける。
箱から出てきたのは、ラグビーボールを二回りくらい大きくしたような、楕円形の塊だった。
それが、敷き詰めたおがくずの上に、大事そうに置いてある。
その塊は黒くゴツゴツしていて、表面にうろこのような模様が浮かんでいた。
「これは、ドラゴンの卵でございます。もちろん、本物ではありません。それに似せて作られた石の彫刻ですが」
男が言って頭を下げる。
「どういうことでしょう?」
俺は訊いた。
「戦士様、これをドラゴンの卵として、王都にお持ち帰りください。明朝この街を出たら、ドラゴンの巣に向かって馬車を進め、周りに人がいない辺りでしばらく時間を潰して、この卵を箱から出して、のちに、巣で採ったと言ってまたここにお帰りくださればいいのです」
なるほど、そういうことか。
「なにも不名誉なことではありません。ドラゴンに対して、生身で立ち向かうなど、それ自体が無謀なのです。ここまで旅をされた、その事実だけで、戦士様は十分に試練に立ち向かったと言えます。ここまでのご活躍、王都はおろか、国中に響いております。あなたがこれ以上の試練に挑まれる理由はありません」
男は、頭を下げたまま、俺の目を見ずに言った。
ようは、試練に立ち向かったふりをすればいいってことか。
国王は俺を送り出しておいて、最初からこんなふうに仕組んでいたんだろう。
さすがはあの国王。
とぼけたふりして抜け目ない。
「ドラゴンの巣で戦士様に倒れられては、我らも困るのです。国中の魔術師を集め、莫大な費用をかけて戦士様を召喚しました。その戦士様には、相応の働きをして頂かなくてはなりません。あの巨人で、ドラゴンを倒して頂かなくてはなりません。身一つでドラゴンに挑んで破れたら、国家的損失です。そんなことは絶対に許されません」
男はそう言うと、地面に膝を着いて、残りの二人もそれに従った。
「どうか、よろしくお願い致します」
これはもう、絶対に断れないってことなんだろう。
異世界でもこういう企みごとからは逃げることが出来ないようだ。
「分かりました。これは、有り難く頂いて馬車に乗せます」
俺が言うと、男は黙って頷いた。
少しは俺が逆らって、説得するつもりだったかもしれないけれど、こっちは従順なサラリーマンだったのだ。
大人の事情に従うことには慣れている。
進んで危険に飛び込むことはないし。
「お気をつけて、成功をお祈りしています」
代表の男がそう言うと、三人はもう一度頭を下げてテントから出て行った。
「人間はズルいのう」
食べていたブドウの種を飛ばしながら、ティートが意地悪く言う。
まりなは何も言わずに、元のスリープモードに戻った。
ちょと引っかかるところはあるけど、これで、ロネリ姫やリタさんのところに、無事に帰れるだろう。




