異世界カレー
「ノボレブノエ」の街を立つときの見送りには、街中の人がいるんじゃないかってくらいの大人数が集まった。
女性がほとんどないから、野太い声援が飛ぶ。
皆、ジリオン鋼の採掘に挑む命知らずな連中だったけど、俺が挑む試練に対しては、心から応援してくれているようだった。
その証拠に、俺達が乗る馬車には、積みきれないほどの食料やワインの差し入れがあった。
馬車を取り囲んで、握手を求める手が無数に伸びてくる。
ゴツい手ばかりのそれに、俺はできるだけ答えて握手した。
みんな、俺が本当に素手でドラゴンに挑むって思って、半分呆れながら応援してくれるんだろう。
見送りの中には、昨晩、俺にドラゴンの卵の偽物を渡した三人もいた。
目が合うと、男達は軽く目礼する。
上手くやってください、男達の代表が、そんなふうに目で訴えていた。
「それでは、いってらっしゃいませ」
商人組合の長の老人が、頭を下げる。
「いってきます」
俺も礼を返して馬に鞭を入れた。
柄じゃないけど、大勢の声援には手を振って答える。
まりなは無表情で、ティートは俺より大きく手を振って観衆に答えた。
「このように、そなたに期待を寄せる人々を欺くのだから、罪なものよのう」
ティートが聞こえよがしに言う。
ティートが言うとおり、これから俺がするのは、ドラゴンの巣に向かったふりをして、偽物の卵を採ったといってみせる、簡単なお仕事だ。
街を出て、黒々とした荒野を馬車で進んだ。
風に運ばれてくる硫黄の匂いが、徐々に強くなった。
火山灰が降ってるんだろうか、辺りがフィルターを一枚挟んだように霞んでいる。
遠くには、今にも爆発しそうな火山が、壁のようにそそり立っていた。
植生もなくなってきて、わずかに生えている木々は枯れていたり、焼かれて炭になっている。
生き物がいない、死の大地だ。
馬車の上でまりなはスリープモードに入って、ティートは俺に寄りかかって昼寝を始めた。
途中まで、道には馬車の轍のような二本の線があったのだけれど、進むうちにそれも途切れて見えなくなった。
とうとう、誰も足を踏み入れてない土地に入ったらしい。
数時間走っても、対向する馬車は来ないし、後ろを追ってくる馬車もない。
周囲数十キロに渡って、俺達三人しかいないのだ。
その三人だって、一人はアンドロイドで、一人はハイエルフで、人間は俺だけだ。
「もう、この辺りでいいんじゃないか?」
ふと、居眠りから目を覚ましたティートが言う。
「誰も見てないし、折り返して街に戻ろうぞ」
大あくびをして涙を流すティート。
「いえ、少なくともあと一日二日は時間を潰さないと、ドラゴンの巣まで行ったにしては早すぎますし」
ドラゴンの巣がある山々は、まだ遠くに霞んでいる。
「そこはそれ、戦士様の圧倒的な能力で、馬も飛ぶように走ったのじゃ。そういうことにしておこう」
ティートがいい加減なことを言った。
帰ろうって何度もせかすティートをなだめながら、もうしばらく走る。
夕方、完全に日が暮れる前に、野営をするため馬車を停めた。
まだ明かりがあるうちに、まりなと二人でテントを立てる。
ティートは手伝わずに、遠く見える火山にの方に目を凝らしていた。
テントを立てたら、火を起こして夕食の支度をする。
「よし、今日はカレーを作りますよ」
俺は、火に鍋をかけた。
もらった差し入れには、肉と野菜、香辛料や小麦粉があるから、それっぽいモノは作れると思う。
「カレーとな?」
ティートが首を傾げた。
「私がいた世界での、国民食とも言っていい料理です」
「ふむふむ」
食いしん坊のティートは、興味を引かれたみたいだ。
温めた鍋にオリーブオイルを引いて、豚肉と野菜を炒めた。
水の代わりにワインを入れて、数種類の香辛料でカレーっぽい味にしたら、小麦粉とバターを入れて煮込んでいく。
「良い匂いじゃの! そなた、料理も出来るのか!」
鍋の匂いを嗅いで、ティートが目を輝かせた。
一人暮らしが長いし、これくらい朝飯前だ。
まあ、料理っていったら、これくらいしか出来ないんだけど。
二時間ほど煮込んで、木の椀にカレーをよそった。
早く食べさせろとうるさいティートに渡す。
日本人としては米が欲しいところだけれど、ここは我慢して、パンと一緒に食べた。
「うむ! これは美味い! そなたはこのカレーという料理を、こちらの世界の者にも教えるべきだ」
ティートがお代わりを要求しながら言う。
確かに、この世界にカレーはなかったから、広めたら流行るかもしれない。
だけど、スクール水着とか、ブルマとかセーラー服に、アイドル、ガチャ、そしてカレーって。
俺はこの世界をどうしようとしてるんだ……
「それにしても、そなたはやっぱりのんびりとしておるの」
カレーをがっつきながら、ティートが言う。
「ここはもう、いつドラゴンと出会ってもおかしくない場所。それなのにそなたは、カレーなど作っておる」
ティートに言われてその通りだと思った。
「私は安心しているのです」
俺はティートに言う。
「たとえ、今ドラゴンが現れたとしても、私は負けないと思うんです」
「すごい、自信だの。ドラゴンと戦って勝つつもりか」
「はい、でも私が強いわけではありません。一八式が強いのです。一八式という巨人です」
「巨人とな?」
「ええ、このすぐ近くにいる巨人です」
俺はまりなを向いた。
「な、まりな」
火のそばでスリープモードに入っているまりなに問いかける。
「一八式は、この近くにいるんだろ?」
俺が言っても、まりなは表情を変えなかった。
「この近くにいて、俺を守ってる筈だ」
俺が続けると、まりなの目が動いた。
スリープモードから復帰したらしい。
いや、まりなは元からスリープモードになんか、入ってなかったんだろうけど。
「お兄ちゃん、分かってたの?」
まりなが口を開いた。
「ああ」
俺は頷く。
「一八式はすぐ近くにいて、まりなに送電し続けてる筈だ」
今までの状況から推理すると、そうなると思う。
「我も分かっておったぞ。得体の知れないモノが、延々と我らについてくるのを」
ティートが言った。
「なら、しょうがないな」
まりなが言う。
すると突然、何もない夜空から、一八式の真っ白な機体が現れた。




