表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/87

ドッグタグ

「俺は、ケイレブ」

 男がそう言って手を差し出してきて、握手する。


「私は、小野寺冬樹といいます。日本人です。残念ながら、アメフトは見ないので、2008年のスーパーボウルの勝者は分かりません」

 俺が言うと、ケイレブと名乗ったその男は天を仰いだ。


「フットボールを見ないなんて、人生の80%を無駄にしてるぞ」

 男が真顔で言った。

 スーパーボウルの勝敗って、それほど重要なことなんだろうか?



「それで、向こうの世界はどうなってる? 相変わらず、ごちゃごちゃして、くそったれた世界か」

 男が訊く。

「いえ、それよりもっと悪いです」

 俺は、彼に宇宙人の事を話した。


 ある日突然現れた宇宙人が、世界の主要都市上空を占拠して、都市を一つずつ破壊している今の状況を。


 話しているあいだ、男は表情を変えず、黙って聞いていた。


「信じられない話だが、あんたが乗ってる『巨人』が活躍した噂からすると、嘘じゃないんだろうな」

「ええ、残念ながら」


「そうか……」

 男はそう言って、カップを傾ける。

 宇宙人とかいう話を聞いても落ち着いているのは、ここがドラゴンとかエルフとかがいる世界で、そんなことに慣れているのかもしれない。


「俺がここに連れて来られたのは、9年前のことだ。俺は、ここで9年暮らしている」

 男は、遠くを見て言った。


「ここで商人として、まあまあ成功してるんだ。立派なもんだろ」

 男の身なりはきっちりしてて金持ちそうだし、使用人も連れているし、9年間でそこまで上り詰めたのはすごいと思う。

 この男には、まりながいない上に、俺みたいに翻訳装置で言葉も分からないんだから。


「あんたに見せたいものがあるんだが、その茶を飲んだら、ちょっとそこまでついてきてくれないか?」

 男が訊く。

「可愛いボディーガードさん。大丈夫だ。あんたの主人には何にもしない」

 まりなが口を開こうとするのを見て、先に男が言った。

 俺が頷いて、まりなが引き下がる。



 街道を逸れて、砂ばかりの荒涼とした風景の中を、馬車で一時間くらい走った。

 俺達は切り立った岩に囲まれた窪地くぼちに連れて行かれる。

 そこで馬車を降りた。

 岩の間に隠すようにして、黒い布に覆われた長細い塊がある。

 長さは20メートルくらいあるだろうか。


 男が布に掛けていたロープを外して、布をめくり、中を見せる。

 そこから見えたのは、ヘリコプターのキャノピーだった。


「俺が乗ってたアパッチだ。ソマリアで、これで飛んでるときに召喚された。気がついたらこっちの空を飛んでいて、ドラゴンと鉢合わせ、ヘルファイアで打ち落としたんだ。一瞬だけ、あんたのような英雄になったよ」

 ゲームとか、映画で見た攻撃ヘリコプターがそこにあった。

 群青色の機体の下に、機銃が付いているのが見える。

 回転翼を畳んで、ここに隠してあったみたいだ。


「軍人さんなんですか?」

「ああ、アメリカ陸軍のパイロットだ」

 男の体格が良くて強そうだったのは、そういうわけか。


「俺は城に招かれて召喚のこと説明された。9年前、俺もあんたみたいに戦士にされて、ドラゴンとも何回か戦ったよ。こいつでな」

 男はそう言ってヘリコプターの側面を叩いた。


「ところが、ドラゴンは次から次へと湧いてくるし、こっちの燃料と弾には限りがある。さらには、ドラゴンとの戦闘だけじゃなく、隣国との戦争に駆り出されそうになった。それで、逃げたんだ」

 俺の一八式は燃料の心配がないけど、攻撃ヘリコプターに補給する物資なんて、この世界には存在しないんだろう。

「ここにこいつを隠して、あとは必死にこっちの人間になりきった。ジリオン綱の鉱山で、奴隷みたいに働いたんだ。そこで言葉も覚えた。こんな地の果てだから、追っ手の目も届かず、なんとか暮らせた。そんなドン底からなんとか成り上がったってわけさ」

 男はそう言って溜息を吐いた。


「これ、今でも飛べるんですか?」

「燃料が殆どないし、しばらく整備されてないから飛べるのかは分からない。ロケット弾は使い果たした。機銃の弾も少ない。ヘルファイアミサイルもあと一発だ。まあ、今となってはガラクタだな」

 男がタイヤを蹴っ飛ばした。


「これ、復座ですけど、飛んでるときに召喚されたってことは」

「ああ、相棒も一緒に召喚された。相棒も一緒に逃げて、途中で別れた。今どこで何してるかは分からない。どうせ、女の尻を追いかけてるんだろうが」

 男はそう言って苦笑する。



「それで、あんたはあっちに戻るのか?」

 男の方から訊いてきた。


「国王は、役目を果たしたら返してくれると言ってますが、どうなるか分かりません。魔術師が帰らせると言ってますが、本当にそんなこと出来るかどうかわからないし、向こうの世界の状況が状況だけに、もう、地球はなくなってるかもしれません」

 俺は答える。


 そして、俺自身、帰りたいのか帰りたくないのか、まだ分からないのだ。


「そうか。そうだな」

 男が目をつぶって頷く。


「俺はもう、帰らない。こっちの世界に妻も子供もいる。愛人もな。商売で成功してるし、くそったれた世界には、もう興味がない。まあ、こっちにフットボールがないのだけは残念だが」

 愛人て……

「それで、帰るなら、親にこの手紙を渡して欲しくて、戦士様を呼び止めたんだ」

 男が懐から白い封筒を出した。

「フットボールと同じくらい、両親のことも気になる。もし帰ったら、突然消えた息子は、こっちで無事に暮らしてるって伝えてくれ。そこに、名前と住所が書いてある。中に俺のドッグタグが入ってるから、俺から渡されたっていう証拠にはなる。息子さんが異世界に行きましたなんて言われても、すぐには信じないだろうがな」

 男が封筒を渡す。

「分かりました。帰るとは約束できませんが」

 俺はそれを受け取った。

「ああ、帰ったらでいい。ありがとう」



 俺達は、そこからまた一時間かけて、元の街道に戻った。


「なんかあったら俺のところに来い。この辺で、わしの紋章の荷馬車を見掛けたら、それが俺が雇ってる馬車だ。面倒見られるくらいの稼ぎはある。故郷が同じ世界だった人間として、歓迎する」

「ありがとうございます」

 俺達は、固く握手する。


「じゃあ頑張ってな。戦士様」

 男が皮肉っぽく言った。


 すると別れ際、まりなが男にツカツカと歩み寄る。

「私のデータベースに入っている情報によると、2008年のスーパーボウルの勝者は、ニューヨークジャイアンツです」


「そうか、ありがとう」

 男が人懐こい笑顔で微笑んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ