僻地のティータイム
進むたびに、景色が黒々としてきた。
緑が少なくなって、地面は黒い砂と、溶岩が冷え固まったごつごつとした岩ばかりになる。
空気にも、微かに硫黄の匂いが混じるようになった。
街道を行き交う人も、気楽な旅人や商人などはなく、岩石のようなものを満載した荷馬車しか見えない。
俺達は、火山地帯のドラゴンの巣に確実に近付いていた。
「ティートさん、その歌を口ずさむのはやめてください」
俺は、ティートに頼んだ。
あの街を出て以来、ティートは馬車の上で時々「恋するミルタハウラ」歌っている。
「なぜじゃ、良い歌ではないか」
ティートは言うけど、丸パクリの歌詞が俺の歌ってことになって広まるのを見てると、辱められているような気がした。
「それにしても、やっぱりそなたはのんびりとしておるの」
歌を止めたティートがそんなことを言う。
「のんびりしているとは?」
「この荒涼とした風景を見よ。もうすぐドラゴンの巣に着くわけだが、そなたはどうやって戦うつもりじゃ?」
ティートが、今俺が一番訊かれたくないことを訊いた。
「確かに、その、そなたの妹と称しているバケモノの強さは分かった。しかし、それがドラゴンを仕留めるとも思えん。ドラゴンの巣とは、文字通りたくさんのドラゴンが巣くう場所だ。一匹ならまだしも、その妹が複数のドラゴンと戦って、そなたを守り、そこからその卵を盗み取るなど、どうやって成し遂げる?」
馬車に揺られながら、俺の顔を覗き込むティート。
ティートにバケモノと言われたまりなは、スリープモードのまま俺の隣に大人しく座っている。
「さあ、分かりません。どうやって成し遂げましょうか」
俺が言うと、ティートが笑った。
「やっぱり、のんびりしておる」
だけど、実際、どうしたらいいのかなんて分からない。
「まあ、いざとなったら、この崇高なハイエルフであるところのティートがなんとかしてみせるがの」
ティートがそう言って胸を張る。
世界一っていうか、異世界一頼りにならない言葉だ。
相変わらずスリープモードで半分眠っているまりなと、歌で陽気なティートの三人で馬車を進めていると、道に一人の男が出てきた。
俺は手綱を引いて馬車を止める。
一瞬にしてスリープモードから復帰して、静かに身構えるまりな。
ティートは鼻歌を続けている。
「あんたが戦士様なんだろ」
進路を塞いだ男が言った。
年齢は、40代前半だろうか。
金色の髪で、青い目をしている男だった。
背が高くて体格がいい。
上等な革の服を着て、ピカピカのブーツを履いていた。
「お兄ちゃん、周りには他に一人、馬車の影に女がいるだけ。武器を持ってるみたいだけど、私の方が速く撃てるから、倒せると思う」
まりなが言う。
男は道端に馬車を停めていて、確かに、その影に女性がいた。
20代前半で、エプロンを身に付けた女性だ。
「へえ、そのちっこいのが、あんたの妹のまりなっていう、強力なボディーガードか。噂はこんな僻地にまで届いてる。大丈夫だ。俺はあんたを襲ったりしない。そんな勇気も力もない」
男は両手を挙げる。
「なにか用事ですか?」
俺は訊いた。
これまで道行く人にプレゼントをもらったり、試練への励ましをもらうことがあったけど、この男の用事はそれとは違うようだ。
「試練に向かう戦士様に、お茶をご馳走したい。この辺で、一休みしていきませんか?」
男は道端の馬車を指した。
「お茶菓子はあるか?」
ティートが訊く。
「ああ、あるよ。エルフの好物がハチミツパイだったら、それが、たっぷりとある」
男はそう言って微笑んだ。
「よし、お茶にするぞ」
ティートはそう言うと、俺の意見なんか聞かずに、さっさと馬車を降りてしまう。
仕方なく、俺も馬車を道の端に寄せた。
まりなと一緒に馬車を降りる。
ちょうど疲れてきたところだし、ここで一休みするのもいいだろう。
男の馬車の脇には厚手の布が敷いてあって、連れの女性が焚き火をしてポットにお茶を沸かしていた。
布の上には、皿やカップが並べてあった。
「殺風景なピクニックだけど、まあ、そこは許してくれ」
男が言う。
俺と男が対面に座った。
まりなとティートは俺の両側に座る。
男が連れている女性は使用人みたいで、俺達にお茶を入れてくれたり、ハチミツパイを切り分けてくれたり、世話を焼いてくれた。
「うん、旨いぞ、我は気に入った」
なんの疑いもなく、出されたパイをがっついて食べるティート(俺がなにも食わせてないみたいだから止めてほしい)。
「お兄ちゃん、食べてもいいよ」
ティートの様子を見ていたまりなが言う。
ってか、まりな、ティートを俺の毒見役にするな。
「あなたは、なにをしてる人なんですか?」
俺は訊いた。
「ああ、俺は、ジリオン鋼の商人をしている」
男が答えた。
「ジリオン鋼?」
「知らないかい? 騎士が持つような上等な剣に使う金属さ。あんたが国王からもらったその剣も、ジリオン鋼で作られてる。ジリオン鋼はドラゴンの巣の近くでよく取れるんだ。俺はそれで商売をしている」
岩石のようなものを運ぶ馬車が頻繁に行き来してたけど、それがジリオン鋼の元になるらしい。
「ジリオン鋼は固くて軽い、最高の金属だ。ところがそれはドラゴンの巣の近くでしか取れなくて、ドラゴンの巣にはドラゴンがうじゃうじゃいる。その危険を冒して商売するのが俺さ。戦士のあんたがドラゴンを全部倒してくれれば、もっと楽にジリオン鋼が取れて、俺も楽に儲かるんだがな。ああいや、楽に取れるようになったら、もう、儲からないか」
男はそんなふうに言って大笑いした。
「今度はこっちから質問していいかい?」
男はそう言って俺の目を覗き込む。
その目の奥には、一筋縄ではいかないような鋭い輝きがあった。
「ええ、いいですよ」
「あんた、他の世界から召喚されてここに来たんだろう?」
「はい、そうです」
「それじゃあ訊くが、2008年のスーパーボウルは、ペイトリオッツとジャイアンツどっちが勝った? 俺はそれが知りたい」
男が訊く。
「あなたは……」
スーパーボウルとか知ってるってことは、もしかして。
「ああ、俺もあんたと同じ、この世界に召喚された人間なんだよ。アメリカ人さ」
男がそう言って肩をすくめた。




