脱出
「戦士様ー!」
「戦士様待ってー!」
「戦士様、楽しいことしましょ!」
俺は、無数の女性達に追いかけられている。
大胆に胸が開いて谷間を見せつける女性。
パンツが見えそうっていうか、もう見えているミニスカートの女性。
腰の上までスリットが入っていて、スリットの定義を問いただしたくなるような服の女性。
中には、上半身裸の女性もいる。
俺の好みに合わせようとしたのか、スクール水着の女性もいるし、体操着にブルマをはいた女性もいる(それらは決して俺の好みではないのだけれど)。
年齢も、四十前後の妙齢な女性から、十代半ばの向こうの世界ならお巡りさんを呼ばれそうな年齢の女性まで様々だ。
この街に住む全女性が、俺を求めて殺到していた。
本当なら、男としてこれ以上の幸せはないのかもしれない。
けれど、この人数を相手にしたら俺の体がもたない。
そもそも俺は、ロネリ姫との結婚を許されるための、試練に立ち向かっている最中なのだ。
今頃姫は、メイドのリタさんと一緒に俺の帰りを待って、枕を涙で濡らしていると思うし、それを裏切ることは出来ない(いや、姫との結婚も、姫やリタさんを守るための方便なんだけど)。
俺はティートを小脇に抱えるようにして走った。
ティートは、「ほえ?」とか、謎の鳴き声を上げている。
通りから路地に入って、さらに細い路地を曲がり、目に付いた木製の大きなゴミ箱の影に隠れた。
そこで息を潜めて、追いかけてきた女性達をやり過ごす。
残飯の生臭い匂いがするけど、そんなこと気にしてる場合じゃなかった。
「戦士様どこに行った!」
「隠れても無駄ですよ!」
「草の根分けてもさがすのよ!」
女性達が殺気立っている。
昨日、この街に着いて、散策したとき見た女性達の笑顔とは全く違っていた。
みんな、覚醒したように目が爛々と輝いている。
捕まったら、食べられちゃうんじゃないかって勢いだ。
そのまま1㎜も動かずにじっとしていたら、俺の横に座るティートの足元に、小さな樽が転がっているのに気付いた。
それも、すぐにでもティートが蹴りそうな位置にだ。
なるほど、この樽をティートが蹴ってしまって、それが俺を探す女性達のところへコロコロ転がって見つかるパターンか。
このフラグ、分かりやすすぎる。
俺は、樽を手に取ってティートから離した。
よし、これで大丈夫と思っていたら、
「わーーーーーーーーー!」
樽からネズミが出てきて、思わず俺が大声を出してしまった。
「いたわ! あそこよ!」
俺はすぐに見つかる。
路地の袋小路に追い込まれて、数十人の女性に逃げ道を塞がれた。
周囲は煉瓦造りの高い建物で、到底登れそうにない。
「戦士様、お遊びはここまでにしましょう」
「よい準備運動になりましたね」
「お楽しみの時間ですよ」
「待って! 待ってください!」
俺は、彼女達に持ち上げられて、まるで御神輿のように担がれて、どこかに運ばれる。
担がれて街中を行くあいだに、女性達がさらに集まってきた。
公館の辺りに領主の女性が立っていて、俺と目が合ったけど、諦めなさいとでも言うように首を振った。
俺はそのまま一軒の宿に連れ込まれて、その一室の、キングサイズくらいある大きなベッドの上に投げ下ろされた。
ピンク色で、薔薇のような甘い香りがするふかふかのベッドだ。
「さあ、戦士様、自由な恋愛を致しましょう」
数十人の女性が迫ってくる。
ドレスの肩紐を落として、服を脱ぐ女性もいた。
ロネリ姫、申し訳ありません。これから、自由な恋愛をするようです。
俺が、覚悟を決めた、その時だった。
部屋の中を照らしてたランプが消えて、辺りが真っ暗になった。
突然のことに混乱して右往左往する女性達の気配を、暗闇の中で感じる。
「愚かなる人間よ、こっちだ!」
そのとき、ティートの声が聞こえた。
そういえば、ティートとは彼女達に捕まったとき別れて、離れ離れになっていた。
そうか、ティートは女性だし、一緒に逃げることもなかったんだ。
「さあ、愚かなる人間よ、我についてまいれ」
ティートがそう言って俺の手を引いた。
「誰か! 誰か灯りを!」
暗闇の中でリーダー格の女性が言っている。
どうせすぐに捕まるんだろうけど、万が一の確率で逃げられるかもしれないから、ティートに手を引かれるまま、ついていった。
宿は全館、灯りが消えていて暗闇だったけど、ティートは何もかも見えているように動く。
俺の手を引いたまま、女性達の間をすり抜けて、宿の裏口から外に出た。
裏通りに出ると、ティートは、なんの警戒もせずにどんどん道を進んだ。
外には他にも女性がいて、その辺を歩いているかもしれないのに、ティートは躊躇しなかった。
まるで、すべての女性の位置が分かっているとでもいうように道を選んで、俺を先導する。
そして、ぎりぎりのタイミングで女性達に見つかることなくすり抜けた。
街中にあれだけの女性がいるのに、奇跡的に誰とも会うことなく、街から抜け出すことが出来る。
俺とティートは、街から少し離れた、道沿いの農作業小屋に入って、そこに隠れた。
追っ手もなく、そこでやっと落ち着いた。
ここは街の外だし、もう、あの街の女性達が自由に恋愛をしていい範囲から外れている。
俺とティートは、農作業小屋の藁束の上に座った。
体操着にブルマのティートは少し寒そうで、俺に寄り添ってくる。
「ティートさん、どうしてここまで逃げられたんですか? なぜ、女性達がいない道が分かったんですか?」
当然、俺は訊いた。
あんなに見事に脱出した、種明かしが知りたかった。
「くくく、愚かなる人間よ。この崇高なるハイエルフの能力のなせる技だ」
いつもの調子でティートが言う。
「ですから、勿体振らないで教えてください」
「いいだろう、人間よ、我が持つ能力とはなんだ?」
ティートのほうから質問してきた。
「えっと、確か、精霊の声が聞けるんじゃないんでしたっけ?」
以前、ティートがそんなこと言ってた気がする。
このハイエルフは、そんな、まったく役に立たなそうな能力しか持ってなかった。
「その通り。我は、万物に宿る精霊の声が聞ける。故に、道端に生えている雑草、そう、あのぺんぺん草の精霊が、こっちには誰もいないと教えてくれて、それを頼りに道を探したのだ。ぺんぺん草の他にも、苔とか、たんぽぽとか、色んな精霊が、道を教えてくれたぞ。故に、あの女子達に会わずに無事、脱出できたのじゃ」
俺は、ぺんぺん草とか苔に助けられたのか……
「館でランプの火が消えたのも、火の精に少し静かにしてもらったおかげだ。どうじゃ、我が力、恐れおののいたであろう」
いや、感心したけど、恐れおののいてはいません。
「本当に危ないところを、ありがとうございました」
俺はティートに礼を言った。
猛々しい女性達からどうにか逃げられたのは確かだ。
「礼にはおよばぬ。我も、そなたには助けられてばかりだからな」
ティートは照れているのか、下を向いて言う。
「愚かなる人間よ、そなたは朝までここで眠るがよい。さすれば、あの女子達も静まるのであろう?」
あの街で、女性が自由に恋愛出来るのは、日が昇るまでだ。
「ですが、ここは街の外なので、モンスターとか、野犬とか、それはそれで、面倒な奴らがいそうですが」
俺達がいるのは、頼りない農作業小屋だった。
ゆっくりと眠ってはいられないかもしれない。
「安心するがよい。精霊のすべてが、この崇高なるハイエルフの味方だ。何か来ればすぐに教えてくれる。だからそなたは、ゆっくりと眠ればよかろう」
まずい、ティートのこと、カッコイイとか思ってしまった。
その整った横顔が、初めて頼もしく見える。
「さあ、我の太股を枕にするのじゃ」
ティートがそこをぽんぽんと叩いた。
「いいんですか?」
俺が訊くと、ティートはゆっくりと頷く。
俺は、朝までティートの太股を枕にして静かに眠った。
あの女性達には申し訳ないけど、あの薔薇の香りのベッドより、ここのほうが安らげる気がする。




