解放
「また会ったな戦士殿。それで、ソースはホットチリソースにしますか? それとも、マイルドヨーグルトソースにしますか?」
ケバブをピタパンに挟みながら、ハイエルフが訊く。
少し釣り上がった切れ長の目に、高い鼻、尖った顎。
水平に生えた長い耳で、金色の長い髪を今はポニーテールにしている。
間違いない。
森で見た、あのハイエルフだ。
確か名前はティート、とか言った。
自分でハイエルフって言ったんだし間違いないと思う。
そのハイエルフが、夜店の屋台でケバブを売っている。
俺に、ソースの種類を訊いていた。
いや、ハイエルフってあれじゃないのか?
森の中で生きる妖精みたいなやつで、魔法を使ったり、剣で戦ったり、とにかく人間の見方になって悪と戦う、正義のヒロインって感じじゃないのか?
少なくとも、俺が読んだ小説や見たアニメの中ではそうだった。
考え込んだ俺が答えないでいると、
「ホットチリソースと、マイルドヨーグルトソース、どっちですか?」
エルフがもう一度訊く。
「そ、それじゃあ、マイルドヨーグルトソースで」
慌てて俺が頼んだら、ハイエルフのティートは「かしこまりっ」って言って、白濁したソースをケバブにたっぷりとかけてくれた。
パンから肉がはみ出してるし、レタスっぽい野菜がシャキシャキで、ヨーグルトソースの香りが食欲をそそり、それはそれは、すごく旨そうなんだけど……
「あの、なんでハイエルフが屋台でケバブ売ってんですか?」
俺はケバブを受け取りながら訊く。
「なんでって、当たり前でしょ? 働かないと、ご飯食べさせてもらえないし」
ティートが、なに馬鹿なこと訊いてんの? みたいな感じで答えた。
「誰かに、雇われてるんですか?」
俺は硬貨で代金を払う。
「ああ、不覚にも森で昼寝の最中に人間の魔術師に襲われてな。術で縛られて、捉えられてしまった。そのまま商人に売られて、以後、こうして働かされている。だが忘れるな、本来であれば、お前達人間は、我らハイエルフなど、こうして拝むことさえ出来ない。我らは崇高な存在なのだぞ」
ティートがそう言いながらおつりをくれた。
「はあ」
言葉と行動のギャップが激しい。
俺とハイエルフがそんなふうに遣り取りしていると、
「戦士様、うちのエルフが、なにか失礼をいたしましたか?」
四十代の無精髭を生やした細身の男が、俺に声を掛けてきた。
この男、さっき他の屋台の店主数人に声を掛けているのを見たから、この辺りを仕切る親方的存在なのかもしれない。
「いえ、その……」
俺は、森で会ったエルフに、ここでまた再会した経緯を話した。
「お前、また森でなんか悪さをしてたのか!」
親方らしき男が、エルフを睨む。
エルフはびっくっと肩をすくめて縮こまった。
「いえ、あの森に行ったのは休憩の時間です。決まった時間はちゃんと働いてました。この人には何もしてません」
ハイエルフが、ペコペコと親方に頭を下げる。
「この人じゃない、戦士様だろ!」
「まあまあ」
俺は親方をなだめた。
「失礼があったら申し訳ありません。二度と悪戯しないように、よく言い聞かせておきますんで」
親方はエルフの頭を掴んで頭を下げさせる。
なんなんだこの扱い。
この世界でのエルフの扱いって、そんな感じなのか。
昼寝の最中に魔術師に襲われて売られたとか言ってたけど、魔術師ってそんなことするのか。
エルフに、人権ならぬエルフ権はないのか。
そう言えば、俺をこの世界に召喚したのも魔術師だった。
途端に、我慢できなくなる。
頭を下げさせられる彼女を、無性に救いたくなった。
「すみません、彼女を、エルフを自由にしては頂けないでしょうか?」
気がつくと俺は、そんなふうに口にしている。
「はい?」
親方が首を傾げた。
「あなたが商人から彼女を買った倍の値段で、私に引き取らせてはもらえないでしょうか?」
俺は提案した。
国王から旅の餞別はもらってるし、ドラゴンを倒した褒美の分もある。
俺も、多少の金は持っている。
突然の俺の提案に、親方は最初戸惑っていた。
俺が何を考えてるんだって、顎に手を当てて彼なりに考えている。
けれどやがて、はは~ん、みたいな顔をして俺を見た。
どうやら、俺がこのハイエルフに、エロいことしたいと思ってるって、勘ぐったらしい。
「戦士様、女だったら、戦士様にふさわしい、もっと上玉を紹介出来ますが」
親方は声を落として俺の耳元で言った。
どこまでもゲスな奴だ。
「いや、彼女がいいんです」
俺の言葉に、親方は物好きですねぇ、とでも言いたげな顔で嫌らしく笑った。
ムカついたけど、誤解するならさせておけばいい。
「戦士様のご要望とあらばお渡しします。こいつは全然売り上げも上がんねえし、早々に売り飛ばそうと思ってたんで」
俺は、親方の言い値をそのまま払った。
「こいつのことは、この首輪で縛ってますから、こいつの魔力もほとんど封じられています。こいつは自分で首輪を外すことが出来ません。もし、逆らったり、なにか悪さをしたら、『我に従え』と命令してください。魔術師様が人間の言葉には逆らえないよう、首輪に術を仕込んでますから」
確かに、エルフの首には黒い首輪が巻かれている。
なるほど、それでハイエルフは無力だったのか。
親方は俺から受け取った金を数えていて、もうハイエルフのことは見ていない。
目の前で自分が取引されるのを、ハイエルフのティートは呆然とした顔で見ていた。
ぽっかりと口を開けたまま、閉じようとしない。
「戦士様、どうも、まいどあり!」
俺は親方のそんな言葉を背にして、ハイエルフのティートを連れ、屋台がある広場を離れた。
ティートは、わけが分からないって感じで親方の方を振り返る。
俺は、その肩を抱いて早足で歩いた。
一秒でも早くその場を立ち去りたかった。
俺が肩に手を置くとき、ティートは一瞬、体を強張らせた。
俺に何かされるって思ったんだろう。
「お兄ちゃんを守る私としては、トラブルになりそうなことは避けてもらいたいんだけど」
夜道を歩きながらまりなが言う。
確かに、ムキになって、マズいことをしてしまったかもしれない。
俺は夜の徘徊を切り上げて、ハイエルフのティートを自分の部屋に連れ帰った。




