終章 『さようなら、旧秩序』
旅路の物語を、我が第116アケラーレ『ルカニア』の『私たち』に捧げます。
いつか、向こうで語らうその日まで。
第116アケラーレ『ルカニア』
エルダー・ウィッチ
アナスタシア・スペレッセ
あれは、私が箒仲間に迎えられた日のことでしょうか?
渡されたマスケット銃は
あまりにも重すぎたからでしょうか。
杖と銃のどちらを持てばいいのかと。
途方に暮れていたこと。
なぜか、くっきりと覚えています。
杖とマスケット銃の二つも持てないのは当たり前。
冗談だったのかもしれません。
ある時期の『私たち』は
そういう悪戯が大好きでしたから。
あるいは、跨った箒の上があまりも怖かったからでしょうか?
『私たち』には笑われてしまいますが
あの瞬間、私もよくわからないのです。
訳もなく悲しくて、どうしようもなくなって
私は、めそめそと泣いてしまっていました。
あの日から、あの瞬間から
『私たち』の中で私の名前は
『泣き虫アーシャ』と呼ばれていましたね。
古風な呼び方をするならば
あの日、私は『魔法少女』でした。
泣き虫な魔法少女。
小さな魔女。
古風な言い方では、魔法少女。
今では、もう、そんな言い回しも聞きませんね。
本当ならば、『私たち』の全員が魔法少女でしょう。
乙女に齢の話題を持ち出すなど、と憤慨しないでくださいませ。
『私たち』は、小さな小さな魔女達だったのですから。
でも、『私たち』になった私は
魔女にならなければいけませんでした。
だからこそ、私のことを『魔法少女』として
『私たち』が翻弄してくれた
本当の心も理解できてしまいます。
きっと、本当のところでは。
泣きたいのは『私たち』だったんだろう、と。
だから、『私たち』は笑っていたんですね。
あの日。
『私たち』は。
笑ってくれたんですね。
箒仲間のエルダー・ドロテーア
我が敬愛すべき『私たち』の魔女。
彼女の箒仲間にして
私に飛び方を教えてくださった
エルダー・マクダレーネ。
24本も箒をそろえながら
お二人だけが、
お二人だけの『私たち』でした。
今だからこそ、
今になって、
分かってしまうのです。
『私たち』が、私を加えた『私たち』となって。
あなたが折れて溶けていった『私たち』となって。
私が『私たち』に新しい魔法少女を迎えるようになって。
『私たち』のエルダーが箒まで何度となく折れてしまい。
それでも、『私たち』はいつでも笑っていました。
あの、困ったような笑顔。
だからこそ、だからこそ、
どうか、もう笑わないでください。
私も、泣きません。
安心してください、『私たち』。
アナスタシアは、泣きません。
危なっかしい、と『私たち』が眉を優雅に顰めるとしても。
ちゃんと、二本の足で歩いて見せます。
アフアと、私は、歩けます。
四本と二本の脚で、大地を歩んでいけるのです。
『私たち』が忌み嫌っていた青い外套は脱ぎました。
捨てられないけれど、悲しい思いでの多すぎるそれ。
世間では、『綺麗な紺碧』などと嘘つきがほめあげていますね。
夕べの邪魔をするくせに
『私たち』のことを、知りもしないくせに。
でも、『善き大地の人々』も帝都にはたくさんいました。
『私たち』が憧れていた大地の温かな色合い。
アケラーレの『私たち』に感謝を。
箒仲間の誰かの縁で
『善き大地の紳士』たちとも出会えました。
『私たち』は驚くでしょうね。
アフアが、アケレーラで一番の淑女が
当世において、紳士の中の紳士だとほめちぎっていました。
あのアフアが、ですよ?
月光の下で戯れ交じりの
ささやかなお茶会で
名も存じ上げぬ『善き大地の紳士』にも助けられました。
心から、心から、御礼申し上げます。
『私たち』の墓前だったのですから。
旅立つご挨拶だったのです。
私が、『私たち』の前で
涙をこぼす真似なぞ
できようもないではありませんか。
『私たち』の知らなかった世界。
まだ見ぬ世界。
だから、私は、『私たち』が見れなかったものを
見に歩いてい行きます。
月明かりを頼りに
今宵、帝都を出発します。
さようなら、帝都。
さようなら、帝国軍。
さようなら、古い世界。
さようなら、さようなら。
また、会う日まで
ごきげんよう、『私たち』。
第116アケラーレ『ルカニア』の『私たち』よ
月明かりが、『私たち』の道を示してくれますように!
月明かりが、『私たち』の道を示してくれますように!