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愛染  作者: 夏樹一
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はじめの一歩

 四畳一間のボロアパート。壁が薄すぎて、生活音が丸聞こえだ。だが文句は言っていられない。貧乏学生である俺——上原良太(うえはらりょうた)は、家賃の安さに飛び付いた。ただ俺にとっては幸いなことに、今は隣の住人はいない。

 ただ、恋人は呼べないと思う。まぁ、そんなものは生まれてこのかた出来たことなんてないけれど。

 今だって、隣でテレビを見てゲラゲラ笑っている田沼渉(たぬまわたる)は、ただの友人だ。

「ちょっ上原! 今の見た?」

「田沼。ちょっと声抑えろって」

 注意してみるが、田沼は聞く耳なんて持たない。ゲラゲラと笑っている。

 わかってたけどね。コイツはこういうヤツだ。

 高校の頃からそうだった。俺は高校から、私立の幼・中・高・大一貫のマンモス校に入学した。

 大袈裟に言ってしまうと、幼稚舎から通っているヤツらは皆幼馴染みなのに対し、俺のように途中から入学してくるヤツはよそ者みたいなもんだ。ある程度コミュニティが出来ていて、社交性の無いヤツは友達なんてものを作ることが出来ない。

 まぁ、なんだ。つまり、俺のことだ。そんな中「お前友達いないだろ?」 なんて話しかけて来たのが田沼だった。

 今だって流行りのアイドルが、お化け屋敷に入って泣き喚いているのをゲラゲラと笑っている。まあ、こんなヤツだから、友達になれたんだろうけど。

 ぼーっとテレビを眺めていると、アイドルが何も悪いことをしていないのに、ごめんなさいと繰り返しだした。

「何で恐怖を感じると謝るんだろうな?」

 ふとした疑問が、口から出た。ゲラゲラと笑っていた田沼がこちらに顔を向ける。さっきまで笑っていたのに、今は真顔になっていた。

「さあ。でもさ、自分で体験したらわかるんじゃね?」

 言った後、ニヤリと口角を上げた。嫌な予感しかしない。

「肝試し行こうか」

 軽いノリで田沼は言った。

「絶対行かない」


 *


 結局俺は田沼に引き摺られるように、近くの墓地に連れていかれた。心霊スポットではなかったのが、唯一の救いだ。

 いや、よくはない。普通に迷惑だ。

 夜の墓地は、不気味だと思う。昼間だって不気味だが、比じゃない。

「すげえ。雰囲気でてるな~」

 何がそんなに楽しいのか、目を輝かせて笑っている。

 罰当たりなヤツだ。マジで罰が当たらないだろうか、もちろん田沼にだけ。

 帰りたい。非常に帰りたい。いや、断じてビビっているわけではない。不謹慎だろ。たくさんの方が眠っているところで、肝試しなんてしたら駄目だ。

「さあ、行くか上原」

 言って、田沼は歩き出した。

 置いてかれるのもアレなので、田沼の後に続く。ビビっているわけではないが、頭の中で子供の頃に歌ったお化けなんてないさ~とBGMが流れる。

 風の音と木が揺れる音、少し離れたところからは、車の走る音が聞こえる。

 あまり見るのも失礼だろうと墓石を見ないように、田沼の腰の辺りをジッと見つめる。

 新月のため、懐中電灯の明かりだけを頼りに進む。暫く歩いたが、この墓地はこんなに広かっただろうか。外から見たら小さな墓地だった気がする。

「何か、広くないか?」

 問いかけ、顔を上げると思わず息が詰まった。田沼がこちらに笑みを向けていた。そこまでは良かった。どうみても首が一八〇度回っている。こちらを身体ごと向けているような顔の位置なのに、背中を向けている。

 なんだ、これ。

 ヒッと喉が絞まり、後退りすると田沼は更に笑みを濃くした。

「っ……た、ぬま?」

 無理矢理出した声は掠れていた。震える身体を叱咤し、何とかその場に立つ。

「ん、何?」

 言って体がこちらを向く。顔の向きは戻っていた。一定の距離を保ったままジッと見つめる俺を田沼は怪訝そうに見つめる。

「どうした、顔色悪いよ?」

「さっき、こっち見てた?」

 質問に質問で返すと「は?」と間抜けな顔をした。

「いや、だからこっち見て笑った?」

「いや。ずっと前見てた。てか何、この質問?」

 じゃあ、見間違いか? いや、確かに見た。今でも鮮明に思い出せる。じゃあ、さっきのは何だ?

 考えを巡らせていると田沼が近付いてきた。思わず距離をとる。

 田沼が不機嫌そうに顔を顰めた。

「何で下がるんだよ?」

「いや、つい」

 ふうん、と納得がいかないようだが、深くは聞いてこなかった。

「飽きたし帰ろ」

 田沼は言い、もと来た道を戻る。もう首は一八〇度回ることはなかった。

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