少女の視点から
雨の日、最低、傘忘れた。とりあえず走る。バス停が見える。傘ないなら、バス停で待つのがいいか。でも、バスは、いつ来るか分からないし。
あっ、隣のクラスの…名前は知らない。錆びたベンチに座ってる。靴下脱いでる。濡れた、黒い厚手の靴下がベンチにかけられている。男子は、これだから嫌だ。
髪が雨に濡れてる。別にいいけど、一応拭いとくか。何か後ろから視線を感じる。髪を拭く姿って、魅力的なのかなあ…。分からないけど、変に意識しちゃう。やめよう。
「ねえ。」
ああ、びっくりした!
「何!?」
「ハンカチ。」
うん?ああ、私のか。落としたんだ。でも、砂利が…。というか、この人、裸足だ!
湿ったコンクリート。裸足で踏んだら、冷たくて気持ちいいだろう。男子はこれだから、いいな。試しに、
「足。」「裸足。」
と指摘してみる。
「そうだよ。靴下濡れたから。」
ずるい。靴下どころか、私はシャツまで濡れている。でも、何も脱がない。何も脱げない。でも、裸足は、やっぱり、
「汚いよ。」
「雨で洗う。」
雨で?洗う?
「あげる。」
私は、拾ってもらったハンカチを彼に返した。砂利がついてたからじゃない。彼が触ったものは、全て彼のものになる。そんな気がした。
バスは、なかなか来ない。彼は、ハンカチを渡すために…、私のために、砂利に塗れた足を、片足ずつ、屋根から出して、雨で洗っている。雨で洗っているのだ。そして、さっきまで私の髪を拭いていたハンカチで、その洗った足を覆う。
私のハンカチ。かわいそうなハンカチ。
「寒い。」
私は、心細くて言った。彼は、足を洗い続けた。ついに両方の足を洗った。洗い終わると、彼は、学ランを脱いだ。足を拭いた手で、学ランの金ボタンを触るなんて…。
「あげる。」
彼は、私に学ランを折って差し出した。
「いらない。」
私は、彼が私をハンカチのように扱っているように感じた。
しかし、彼は、ハンカチを粗末にはしなかった。腕を出して、肩が濡れるのも厭わずに、ハンカチを雨で洗った。白いハンカチが、濡れて、重たそうな色になった。
「家でしっかり洗ってね。」
私は、彼の気持ちに、それしか答え得なかった。
「うん。」彼は、存外そっけなく答えた。
少女は、急に思い立って、カバンを探した。折り畳み傘!雨が降りそうで、傘持って行くか悩んだ新学期、入れたはず。
あった!これで、私は帰れる。そうだ、まずはお風呂に入って着替えよう…。開くか不安だったけど、小さくてしわしわな傘を開く。変な匂いがする。金属が落ち込んでいるみたいな匂い。
「じゃあね。」
私は、屋根を飛び出した。
まだ、後ろに彼の視線を感じたが、帰りを急いだ。
風呂から上がると、足の指がふやけていて、ずっと濡れていたからだ、と、何だか海の底で、溺れ彷徨い戻ってきたような気持ちになった。
玄関に広げてある折り畳み傘は、雨の匂いがした。




