第73話 セント=エルモを奪還する!
「……」
王女の吸血の最中、平衡感覚を取り戻した付き人が体を起こした。身構えるエアラリス。しかし付き人は腰を下ろし、王女に冷たい視線を向けていた。
「……ふぅ」
ヴォワの吐息を聞いてエアラリスが視線を戻す。どうやら吸血が終わったらしい。
「キミ」
「……自分ですか?」
呼ばれたのは王女の付き人。
「そうだ。キミ、王女を嫌っているのかね?」
「……別に? ただ、そうですね、なにやってんだこの女、くらいには思っています」
「ひどっ」
急な告白に王女の方が驚き体を揺らす。
「ふむ、キミ、名は?」
「ジャフレイ=アリオト」
隠しておく必要もないのでつまらず答える。
「覚えておこう」
「エアラリス」
なぜか張り合って名を言葉にするエアラリス。
「しっているよ。
ところでそこの子、キミも出てきて自己紹介したまえ」
ヴォワの視線の先にあるのはこの部屋への大扉。いや、正確に言うならその向こうにいる人物。
「おいで」
ヴォワが手招きする。扉の向こうの人物は諦めたのか、潔く入ってきた。
肉感的な体をした女性だ。艶のある髪は黄系・クリーム色。青系・サマーシャワーの右目、黄系・サンシャインイエローの左目。オッドアイのその目は夜に見ると獲物を見る猫に見えたかもしれない。
「ドゥーエ=アルビレオと言います」
薄いピンクのロングスカートを軽くつかみ、綺麗に体を少し下げる。
「ふむ、こうして会うのは初めてだね?」
「ええ」
ドゥーエ=アルビレオ――
【元・聖人】
性別 女
年齢 十七
国籍 スイス
人種 白人
髪の色 クリーム
眼の色 サマーシャワーの右目、サンシャインイエローの左目
空を流れる雲クジラからメッセージを受け取る能力を持つ。通称『神託』。
魂は存在しない。ヴォワも賛同したこれは以前口にした言葉で彼女はそれが原因でバチカンを追放された。
「ドゥーエ、知り合いなの?」
「本当にちょっとした、ですけどね」
「子供はどうしたね?」
ドゥーエの表情が止まった。固まった。ヴォワは瞬時にその情報を視る。
「接することも出来ていないのかね?」
「……ドゥーエ」
王女が不安そうに、心配そうにドゥーエに駆け寄った。
ドゥーエは王女と会った頃にはもう身籠っていた。当時の恋人の子だ。それがわかった時には恋人はもう亡くなっていたが。
「……そうですね、王室付き政府顧問の手にほとんどあるのが日常です。ワタクシが会えるのは授乳時だけ」
「その子に雲クジラは?」
「視えていない、と思います。今は」
将来はわからない。視えなければいいと思っているが、はたして……。
「それは、一方でキミが利用されていると?」
「なるべく自分から協力するようにはしていますけど。ここでの暮らしが悪いと言うわけではありませんから」
ドゥーエは第一王子――つまり王女の兄の婚約者として招かれ、今は王女用に与えられたこの屋敷で居候中だ。
「友は?」
「わ、わたくしが!」
と言ったのは王女。
彼女はずっとドゥーエの手を握っていた。
「ふむ、王女とはうまくいっていると」
「ええ」
「クィーンはなにをしている?」
「気にかけてくれていますよ。あの子が政府顧問の手にあるうちはクィーンが面倒を見てくれているようですし」
「ふむ……クィーン自らが立っているのか。それなら最悪の展開にはならないだろうね」
ヴォワは懐からケースを取り出すと、蓋を開けてパイプを出し口に挟んだ。すかさず火を灯すエアラリス。
「では、本題に入ろう」
パイプを吸って、一度煙を吐き出す。
吐き出し、高らかに宣言だ。
「セント=エルモを奪還する!」




