第16話 ……誰がハートマークを作れと言った?
エアラリスがヴォワの元で働き始めて五か月がすぎた。
その間これと言ってエアラリスを奪おうとする人間は現れなかったが、時折ヴォワはふらっと姿を消して口笛を吹きながら戻ってくることがあった。
これはまさか。
「ヴォワさまひょっとしてわたしを追って来る連中追っ払ってくれてます?」
「うん? それならキミに手伝わせているよ。別件別件」
そう言いながらパイプを口にする。その花の香りがエアラリスが好んで着だした何着かのスポーティーな衣服に染み込んでいて、エアラリスは暇になると匂いを嗅いでいた。もう変態だ。
「それより銃の使い方は覚えたかね?」
「はいバッチリ完了です」
エアラリスはパソコンを操作する手を止めて親指を立てる。
「得意顔になる前に見せてごらん」
「はいな」
二人は地下に降りて、一つ設えられてある射撃スペースへと回った。この地下は普段ヴォワの武器コレクションの保管室だが、それを扱うための修練スペースも横にある。その中に射撃スペースもあって、更に今、刀剣修練場も作られている。出来上がるのはもう一週間ほど必要だろう。今もヴォワの雇った男たちが作業をしている。
「むぅ……」
作業の手を止めてヴォワに挨拶をしてくる男たちにエアラリスは露骨に表情をゆがめた。
「キミ、自分より彼らの方が私との付き合いが永いからって拗ねない」
「いえ、汗の臭いがすっごいなって思いまして――⁉」
エアラリスの首筋に一つ汗が流れた。冷たい汗だ。なぜか? 男たちが一斉に、そして瞬時に動いて彼女の首筋にナイフや銃を突きつけたからである。
「……もう慣れましたけど、みなさん物騒ですねぇ」
「ケンカを売る相手を選ばないキミも悪いよ。さ、男衆は仕事に戻って」
男たちはヴォワに一礼をして作業に戻る。彼らはヴォワの護衛も兼ねていて遠出する時は勿論近所のコンビニに行く時でも街中に溶け込む形で彼女の護衛をつとめている。
「さ、撃ってごらん」
「はい」
ヴォワにプレゼントされた黒い銃を握って、エアラリスは五十メートル先にある的に向けて銃を構える。「視線で見ようとしてはダメだよ? プロは視線では嘘をつき、感覚で狙いをつけるものだ」――そう最初に言われた通りにじと~とねばつくような視線を男衆に向けながら、撃つ。
銃弾は中心から十センチほど離れた場所に当たり、もう一発、更にもう一発と撃つが一つも中心に当たらない。でも、エアラリス的にはこれでいいのだ。
「……誰がハートマークを作れと言った?」
「わたしの心が」
満足そうに胸に手を当てるエアラリス。豊かな胸が軽く凹んで。
ヴォワは深いため息を一つ吐く。
「まあいいか。ん?」
「どうかなさいました?」
「外に客がいるね」
ヴォワの眼には普通ではないものが映る。その眼には今、見慣れない心拍の波が映っていた。
ピンポンとチャイムの音がする。エアラリスは急ぎ一階に戻ってドアを開け――
「下がれエアラリス!」
「え――?」
遅れて階上したヴォワに叫ばれてエアラリスはドアノブを回していた手を止めた。けれどもうチェーンが伸びきるぎりぎりまでドアは開いていて、プシュッ、と空気が抜ける音がした。
「……っ!」
ド――、エアラリスが膝を着く音と、男たちが射撃主をナイフで貫く音が重なった。




