客人 (1)
カイたちは別棟の迎賓館に案内され、そこで旅装束を解いてから、食堂に案内された。
「そろそろ機嫌を直してはくださらぬか?」
案内された食堂で再び顔を合わせたシーザーは、横の席に座ったカイに、特に悪びれる様子もなく、そう話しかけてきた。
「出会ってから一ヶ月、騙されてたとは言いませんが、ずっと監視されていたかと思うと、そんなすぐには直せませんよ。」
そのカイの言葉を聞いて、シーザーは笑みを殺しきれずにいた。
「帝国中将の任をいただいている以上、皇帝陛下に謁見したいという者の真意を見定めずに案内はできんというのは嘘でない。そして、そのためなら、策も弄する。」
「で、その中将様の目には、俺たちはどう映ったんだい?」
シーザーの正面にはアインが、その横、カイの正面になる位置に座ったセロが、明らかに警戒心を露わにして問いかけた。
「安心しろ。もうこれ以上、タネはないし、そもそもシュガトーを発ったときからお前たちを疑ってもいない。だからこそ、お前たちと一緒にサズン殿の面前に立って、種明かしもしてもらったんだ。」
シーザーの言動に迷いは寸毫も見てとることはできなかった。
「では、そろそろ私たちが宿にこもっていた三日間、シーザー殿が何をしていらしたかの種明かしもお願いしたいですね。」
今度はそう問いかけたアインに、シーザーは目を向けて語り出した。
てっきりカムラン少将を迎えるつもりでいた帝都に、現在、常駐しているミラン少将が平静を取り戻すのを待って、すぐさま帝都の現状を聞き出し、さらなる情報収集を指示した。
不穏な企みを示唆する情報には、三日という短期間でたどり着くことはできなかったが、それでも不戦を表立って掲げる主に南部の諸侯らの皇帝への拝謁が、何ヶ月もの間、さまざまな理由を付けられて実現されていないことなどは掴むことができたという。
「その中には、サズン殿も含まれている。」
他はいざ知らず、実質、帝国のナンバー 2 の地位にいるサートン公爵も、この三ヶ月で三度、謁見を申し込み、三度目にやっと謁見できると、つい十日ほど前に帝都に出向いて、皇帝の体調が優れないという理由で実現しなかったばかりだった。
「やんわりと謁見が断れているということは、あの老将相手に、ことを荒げることに利はないと考えているに違いない。同時に、きな臭い相談をしている輩どもが、今、陛下のまわりにいるということも確実だ。そこに俺たちが現れたんだ。どちらが先手を奪うか……どちらにしても、そろそろ事が動く。」
悪びれるどころか、反省しているそぶりも見せず、これから始まることへの高揚感にシーザーは笑みさえ浮かべているように見えた。
「そこに俺の手の者がやってくることの意味を考えずに、招き入れたりは絶対にしない御仁だ。サズン殿は。ま、さすがに俺自身が来るとは思ってはいなかったようだがな。」
「まだ年寄り扱いされるほど老いてはおらん。」
そこまで話が進んだところで、サートン公爵が食堂に入ってきた。その侯爵に続いて、給仕が五人入ってきて、各人の前に食事を並べ始めた。
「その小僧の悪巧みを、先に聞かされると飯がまずくなるかもしれん。まずはうまいもんで腹ごしらえしてからじゃ!」
「私ももう小僧扱いされるほど若くはありませんが……腹ごしらえを怠るほど、急いても仕方ない話でもありませぬので、お言葉に甘えて、久々にサートン家自慢の料理に与らせていただきましょう。」
サートン公爵が再登場して、またカイたちを置き去りにして、シーザーとの掛け合いが始まったが、そんな話より目の前に置かれた料理の方に俄然、興味が湧いたルーナが、それにさっさと手を付けた。
「うまっ!」
「そうであろう。サズン殿は帝国でも有名な食通でな。そのサズン殿の胃袋を仕留めた奥方殿の料理の腕は我が国で屈指と言われている。俺もここに来る何よりの楽しみだ。」
「余計なことは言わんでいい。貴様もさっさと食え!」
もはやその話もルーナの耳には届いていなかった。そして、カイたちも口にしたが、確かに旨い……というか絶品だった。
今でこそ、戦がないことの恩恵で物流も安定し、さまざまな食材が手に入るものの、オーザムもある帝国南部と違い、北部は、特に帝都 リト近辺は要害の地、それは肥沃な土地が少ないことの裏返しでもあった。ひとたび動乱が起こるとすぐに食糧不足に見舞われてきた歴史がある。
そのため、同じ大陸内でも帝国では、エレーニアやキリルでは食材としないような動植物でも食材とし、空腹を満たしてきた。
「帝国人は魔物の肉すら食らう。」
実際、魔獣と呼ばれるワイルドボアやワイルドベアなどであれば、他国でも食材にする地方はいくつもあるので、ほぼ与太話ではあるのだが、そんなあらゆる食材を調理する帝国、特にこの北部地方では、その調理技術は著しく進歩し、調味料などは多岐多様を極めた。
ゆえにハンの料理は他国の人間にとって、複雑でありながら、芳醇な、食したことのない異国の味わいを醸し出すのである。
そして、なにより旨い料理は人の心を優しくする。
「この料理のレシピ、教えてもらえませんか?せめて、どんな食材を使っているかだけでも……」
「わははは。ルーナ殿、これらは我妻の秘伝でありましてな。一朝一夕では真似できませぬぞ。それでもよろしければ、教えて差し上げるよう伝えておこう。」
食事をする前は話に加わる気もなかったルーナの表情が一気に明るくなった。食事も終わり、食後のお茶が振る舞われる頃には、一番、サズン公爵に積極的に話しかけるようになっていた。
「さあて。腹も満たしたこともあるしの。気分がいいうちに、お主がのこのこ、このイーガンくんだりまでやって来た理由を聞いてやってもいいぞ?多少面倒な話でも、今なら聞いてやる。」
そこまで言って、サートン公爵はカイやセロの顔色をうかがってから言い直した。
「いや待て、まずはこの機会に、ルーナ殿たちに洗いざらい懺悔しておけ。今なら貴様の無礼も、水に流してくれるかもしれんぞ。」
そう振られたシーザーは、カイたちの表情を確認し、ひときわ強いセロの視線に面と向かい、ついに観念した。
「ま、懺悔と言われるのは不服ですが、これから事を構えたときに、後ろから刺されてもかないませぬしな。」
そう言って、やれやれと背負っていた物を下ろしたような表情をシーザーはしていた。
「とは言っても、先ほども言ったように、帝国中将として、陛下にお目通りさせて良い者かどうか見定めていたことに嘘はない。」
そんな前置きで始まった、カイたちの視線を一身に集めたシーザーの話を、サートン公爵は乾燥させた木の実を肴にし、葡萄酒を口にしながら黙って聞いていた。




