Ex.【たとえ世界が空から落ちても】 参
「くそっ!」
フェンが鋭く叫ぶと同時に瞬く間にオオカミの姿へと変貌し、鋭い動きで影の騎士へと突進する。
「ユリアーナ!」
その叫び声で意識が戻る。
「スクロールを!」
「でも……ミカが……!」
「早くしろ!!」
震える手で帰還のスクロールを取り出し、その場で展開した。
「ごめん、ミカ……」
これで全員がここから逃げられるはず――そう信じたかった。
私たちの周囲が淡い光で包まれたその瞬間。
光が、一瞬にして霧散した。
目の前に浮かび上がったメッセージに、目を疑った。
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使用不可。亀裂内で使用してください。
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全身を冷や汗が伝う。
「嘘でしょ……どういうこと……?」
何度もスクロールを掲げる。再度展開しようと、必死に何度も試す。それでも、結果は同じだった。
「なんで……なんで!?」
『亀裂の中じゃない』からって――、
亀裂の中でしょ!?ここは。
私たちは亀裂を通ってここに来た……
だったら、何なのよ。
「――だったら、ここは何処なのよっ!!」
叫び声が空間に虚しく響いた。
「……どうすれば……」
その瞬間だった。
ザンッ――。重い音が鳴り響き、影の騎士が放った槍が、フェンの心臓を正確に貫いた。
「フェン!」
目の前で、フェンの鮮血がまるで噴水のように飛び散った。体が宙に浮かび、そのまま無情にも地面に崩れ落ちた。戦場に響くのは、静寂と滴り落ちる血の音だけだった。
「うそでしょ、こんな簡単に……。なんで、こんなことが……」
フェンが……倒された。あんなに頼もしかった彼が、たった一瞬で。絶望が胸の奥で渦巻き、手足が痺れるような感覚に襲われた。理解が追いつかない。何が起こっているのか――。
影の騎士は再び槍を握り直し、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
その足音は、まるで死神が近づいてくるかのように重々しい。私たちはこの場所に閉じ込められた。逃げ道はどこにもない。
そして――
敵がシエルの方を視た。
シエルがすぐに右腕を掲げ迎撃しようとした瞬間、影の騎士の槍は空を切り裂き、シエルの機械の右腕を正確に狙っていた。
「――ッ!」
鋭い金属音が響き、シエルの右腕が宙を舞う。機械の部品が散らばり、火花が飛び散った。
影の騎士は一瞬も動きを止めることなく、次々と槍を振るい、シエルの身体を貫いていく。
左腕を穿ち――そして――。
「やめて……」
そして最後には――彼女の胸を穿ち抜いた。
「シエル……」
鮮血が飛び散った。
シエルの体は血に染まり、その場に崩れ落ちた。
「嘘だ……」
思考が――追いつかない。
皆が、血を流して動かない。
なにこれ……。
そうだ、夢だ。私は夢を見ているんだ。
だって、こんなことが――
こんなことが。起こるはずがない。
皆がこんなに簡単に死ぬわけがない。
皆は、私よりも遥かに強いのだから。シエルだって、やっと因縁から解放されて、これからって時なのに。これから私たちは皆で元の世界に帰るんだから。
――きっと、夢なんだ。
でも、だったら。
夢なら……。
――いつから夢を見ているんだろう。異世界に来てから? いや、元の世界での出来事だって、本当は全部――。
左目が、ズキズキと痛み出す。現実がどこから崩れ始めたのか、もうわからない。痛みが混じる中で、記憶の断片が浮かび上がってくる。
父さん、母さん……みんなが、そこにいる。彼らの顔が私の記憶の中で揺れている。でも――
痛みが現実だと告げている。この苦痛だけが、それを忘れさせてくれない。
「お嬢様、お気を確かに!」
エレシアの声が私を現実に引き戻した。
ぐちゃぐちゃに折れた指で、私を抱え込んで走り出した。
「エレシア……」
私が名前を呼ぶ間もなく、槍が空を切り裂き背後を追ってきた。シールドが瞬時に展開されその一撃を防いだが、その衝撃でエレシアの足がもつれ、私たちは地面に投げ出された。
「あうっ!」
転がりながら視界が激しく回転する。何とか起き上がろうとした瞬間、目の前に迫る影の騎士の姿が見えた。
圧倒的な力に、なすすべもなく立ち尽くすしかなかった――
そして、槍が振り下ろされた。
バキィ!
目の前に飛び出たエレシアとそのシールドが私を守り、一瞬で砕け散った。
容赦無く攻撃が降り注ぐ。その度に指の折れる音が聞こえる。
「お嬢様、逃げてください……きっと、どこかに勝機が……」
その言葉とともに、影の騎士の一撃で殴打されたエレシアの体が宙を舞い、壁に叩きつけられた。
影の騎士がゆっくりとこちらに向かってくる。その無感情な歩みを、私は一歩も動けないまま見つめていた。
震える身体を奮い立たせるかのように叫んだ。
「くそぉぉぉぉぉぉぉ!」
無我夢中で影の騎士に殴りかかる。技も戦い方も、そんなものはどうでもよかった。ただ、全力で拳を振り下ろす。しかし――槍がそのすべての攻撃を軽々と捌く。
刃が空を切り裂く音が耳をつんざく。次の瞬間、影の騎士の拳が私の胸を貫く勢いで打ち込まれた。
「がっ……は……っ!」
鋭い痛みが全身を駆け巡り、意識が遠のいていく。体が壁に叩きつけられ、その衝撃で息が詰まり、視界が暗転しかけた。
「私は……帰るんだ……」
影の騎士がとどめを刺そうとしているのが見えた。槍が、私に向かって振り下ろされた。
バキィン、
エレシアのシールドがその一撃を受け止め、私を守った。
「お嬢……様……」
影の騎士の冷たい視線が、エレシアに向かった。
かつん、かつん、と足音が冷たく響く。一歩一歩、確実に彼女の元へと迫っていく。
『――相棒!』
『――しっかりしろ相棒!』
ユウリの声が聞こえる。
『あきらめてる場合か!』
もう……無理だ……無理だよ……。
通用しない。何もかも……
バキィ、と。エレシアが殴られる音が、空間に響き渡る。
『元の世界に帰るんだろうが!』
無理だったんだ……元の世界なんて。
本当に帰れるかどうかもわからない。手がかりも見つからない。帰ったところで、きっとみんな……。
ドスン、バキィ、と嫌な音が鳴り響く。
『エレシアを守るんだろうが!このままじゃ……あの子が死ぬぞ!』
壁に叩きつけられたエレシアの体が崩れ落ち、影の騎士の槍が彼女の腕を無情に貫く。
「うあぁぁぁ!」
エレシアの悲鳴が、私の心を切り裂く。
影の騎士が、エレシアの首を掴み上げた。
今にも、槍の切っ先が彼女の心臓を貫こうとしている。
その光景が。
あの時と重なった。
「あぁ……!」
全身が震える。
「あぁ....あぁ...!」
思わず漏れた声が、過去の記憶を引きずり出す。
「――姉さん……!」
あの日、あの場所で――。
イアが、姉の胸を貫き、刺し殺したあの時と。
ずっと蓋をしていた、私の記憶。
思い出さないようにしていた凄惨な記憶。
母さんが、血を流して死んでいる。
父さんが、死んでいる。
姉さんも、家臣のみんなも。
ミカもフェンもシエルも――
エレシアも――
♢ ♢ ♢
「ユリアーナ?」
イアの声に、振り向いた。
「ユリアーナは、この国をどうしたいの?」
「私?私は……そうだなぁ」
「そういうのは全部、姉さんに任せちゃってるからなぁ――。……でも、もし願いがあるとしたら」
城下町を見渡しながら言った。
「みんなが豊かに暮らせるといいな――って。この国に生きる人はみんな、家族みたいな存在だからさ」
「ふふっ、ユリアーナらしいね」
「イアは?」
「私は――」
彼女はそう言って、優しく微笑んだ。
「私の願いは……争いのない平和な世の中にしたい。――ただ、それだけかな」
♢ ♢ ♢
ガンッ!と拳を地面に叩きつけた。
全身が軋むように痛む。歯を食いしばって必死に体を動かした。力を振り絞って膝を立て、立ち上がろうとする。唇から皮膚がちぎれ、血が滴り落ちる。
「よくも……」
よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくも。
ペンダントが、真っ赤な輝きを放ち宙で浮いていた。部屋全体を血のような赤い光で染め上げてゆく。
――――よくも……!!
激痛を無視して、体を押し上げる。足が震え、全身が軋む音が聞こえる。
敵が気づき、こちらを振り向いた。
真っ赤に輝くそれを掴み、何度も、何度も左目に突き刺した。
ぐちゃぐちゃと、何度も、何度も――。
血が滲み、視界が赤く染まる。
涙と混ざった血液が、顔中を流れる。ペンダントの魔力が、私の中にぐちゃぐちゃに混ざる。
真っ赤な輝きを渦のように吸収し、眩い閃光が部屋を包み込み、全てが光の中に消えた瞬間――
左目に、復讐の紅い焔が灯った。
「殺してやる....!」
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エンチャント成功。
『紅焔の加護』が次元介入します。
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コーーーン……コーーーン……コーーーン……
あの鐘の音が。
聞こえた気がした。
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『紅焔の加護』:
【魔素】が魔力に加護を付与。魔素量に応じて魔力の最大値が上昇。
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筋力:81 体力:75 敏捷:46 運:48 魔力:【14364】
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魔力総量が一定値を超えました。
魔力が実体化します。
『霊力強化』が『霊魂顕現』に変化します。
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