40.たとえ世界が空から落ちても ⑮
意識がふと現実に戻った時、私は自分が今どこにいるのかを確かめるために周囲を見渡した。
シエルは無言のまま、部屋の隅に置かれた武装に手を伸ばしていた。記憶で見た、あの冷たい金属の羽、足に取り付けるスラスター、そして手に収まる電磁ダガー。その全てが今ここにある。
「……まだ動作するかもしれない」
シエルの低い声が部屋に響く。
かつてシエルの体に取り付けられた戦闘兵器としての武装。それを再び体に取り付けるということは、つまり。
彼女が淡々と装備を取り付けていく。背中に羽が展開され、足にスラスターが固定される。その様子は、まるで感情を失った機械のようだった。金属が触れ合うガチャガチャという音が、静寂な部屋に響く。その音が、彼女の心を鋼で覆っていくような気がして、私は声をかけることさえ躊躇してしまった。
「シエル……」
震えるような声で彼女の名を呼んだが、彼女は振り返らなかった。ただ、冷静に、まるで何事もなかったかのように言葉を紡いだ。
「構わない。この力で、父を救うことができるのなら。それに……感じる。あの魔力の渦の中に、父がいる。私が、救わないと」
そこには感情の色は見えなかった。ただ、冷静さと、揺るぎない決意が込められていた。
だが、その静寂を破ったのはミカだった。彼女の低く抑えた声が、部屋の重い空気を切り裂く。
「……にしても、なんだか胸糞悪いな」
彼女は壁際に置かれていた小瓶を二つ、気にするそぶりもなく手に取っている。だが、その軽い動作とは裏腹に、言葉には怒りが込められていたような気がした。
私も同じ気持ちだから、わかる。思い返される記憶の断片――無数の非人道的な実験、研究者たちの無情な声。シエルが感じたであろう苦痛と絶望が、私の胸を重く押し潰していく。
「ここ、つぶしていいか?シエル」
ミカはシエルに向き直り、尋ねた。彼女の目には何の躊躇もなかった。まるでこの場所そのものがシエルを苦しめ続けた象徴であり、それを壊すことが唯一の正義であるかのように。
「いや、やっぱり答えなくていい。私が潰す」
ミカがそれに、と言い、続けた。
「ここなら、久々に全力で暴れられそうだからな」
そう言って、彼女は不敵に笑った。
♢ ♢ ♢
そうして、私たちはここにやってきたというわけだ。
あの研究施設が一望できる高台まで。
さて、練習も終わったのでいよいよ本番だ。でもその前に。
「そういえば、さっきの部屋で回収した小瓶は何だったの?」
そう聞くと、ミカは肩をすくめて答えた。
「いんや、わからん。なんか便利そうだったから持ってきた」
「ちょっと貸して」
受け取った怪しい色の液体が入った小瓶を改めて、じっくりと眺めてみた。
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エリクシール
HP/MP 全回復
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「あぁ!」
思わず声が出た。
「なんだ?」
いや、だって――このアイテムの凄さくらいは私でもわかる。今まで読んできた冒険小説とかで、最後のほうに主人公が結局使わないまま終わる『伝説の回復薬』みたいなやつ。
「あぁいや……その~、すごく……なんだか身体に効きそうな色をしているな~なんて……たはは」
「なんだ欲しいのか?まぁ焦るな。分け前はちゃんと半々にするから。一旦ポーチに空きがあるから私が持っておくだけだ。効能もまだわからんしな」
そうか、それならばよかった。さすがに私も一本くらいは欲しいからな。
「それじゃ、そろそろ始めるか」
ミカが私に向き直る。
それに合わせてゆっくりとうなずいた。
ミカがヴェルトアトラスを金づちほどの大きさに大きくし、構えた。
「よし、行くぞ!」
ミカが叫んだ。
私はそれを合図に剣の先にミカを乗せ、力の限り思いっきり上に打ち上げた。
「ぬぅああぁぁぁぁぁぁぁ!」
よし、角度と高さはOK。
完璧な高さでミカが空中に舞い上がり、そのままヴェルトアトラスを振りかざしながら、まるで流星のように空高く打ち上げられていく。
「いくぞ、ヴェルト!」
ヴェルトアトラスが蒸気を激しく噴き上げながら形態を変えていく。
ミカの身体はその蒸気に包まれ、まるで見えなくなってしまった。次に現れた時、ヴェルトアトラスは今までに見たことのない形態をしていた。まるで杖のように細く、鋭利になっている。
「重力解放!対象は私だ!」
ミカの叫びとともに、魔法による重力が彼女自身にかけられる。その瞬間、彼女の身体が一気に加速し始めた。
あのハンマー、巨大化したりドリルになったり、ただの物理兵器だと思っていたけど……まさか魔法までも操れるとは。
その光景は、まるで星が落ちてくるかのような壮観だった。ミカが本来の重力と魔法による強力な重力を掛け合わせ、圧倒的な速度で落下していく。彼女の周囲には再び蒸気が噴き上がり、ヴェルトアトラスがさらに巨大化していった。
「アトラス!」
ミカの声が高空から響き渡り、その一瞬、ハンマーは超巨大な形態に変わった。まるで空をも割らんばかりの勢いで、重力に従いながら猛烈な速度で落下するミカとハンマー。その一撃が振り下ろされる瞬間、私は思わず息を飲んだ。
「インパクト!」
ミカの声が発せられた瞬間、世界が震えるような轟音が響き渡った。地面が揺れ、目の前にあった施設が彼女の一撃で粉々に砕け散る。巨大な光と衝撃波が周囲を飲み込み、まるで核爆発のようにエネルギーが放出されていった。
私たちはその場に踏みとどまるのがやっとだった。地面が大きく揺れ、砂煙が立ち上る中、私はその凄まじさに圧倒されていた。
まさか、ミカの一撃がこれほどまでの威力を持つとは――。最初の施設でフェンが「暴れるな」と言っていた意味が今ようやくわかる。ミカが本気を出すと、こんなにも圧倒的な破壊力を発揮するのか……その光景に圧倒され、私はただ見つめるしかなかった。
「とんでもねぇ威力だな、こりゃ」
フェンが苦笑いしながら、崩壊した施設を眺める。
「す、すごい……」
エレシアも、息を整えながらその壮絶な光景を見つめている。
「ええ、本当に……」
本当に、すごい光景だ。崩壊した研究施設の瓦礫が、まだ煙を上げている。
私は胸元に触れ、ペンダントが強く反応しているのを感じた。魔力の残滓が取り込まれ、ペンダントの反応が以前よりもさらに強まっていることに気づく。
――ペンダントが、強く反応している。
ペンダントを握りしめたまま私は崩れゆく施設をじっと見つめ続けた。
目的地まで、寄り道しなければあと半日で着くだろう。
私たちの旅の終わりは、もう目の前まで迫っていた。
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