39.たとえ世界が空から落ちても ⑭
魔力が世の中に浸透するにつれて、この国は急速に変わっていった。かつては穏やかな街並みが広がっていたこの場所も、今では冷たく、無機質なビルの群れが夜空に向かってそびえ立っている。
都市が技術力で栄え、魔力という新しいエネルギーは人々の生活を変え、富を生み出した。だが、その恩恵を受けたのは一部の富裕層だけだった。都市部に住む者たちが豊かさを享受する一方で、貧困層との格差は広がり続けた。
都市の心臓部には次々と研究施設が建設された。特に「エーテルコア研究施設」という巨大な魔力を扱う施設は、この国の技術の象徴だった。そこでは、大きな魔力炉を動力源とした魔力の運用が行われており、その技術は日々進化していた。
「シエル……」
父の声で、私は現実へと引き戻された。私はゆっくりと父の方を見上げるが、彼の視線は私を見ず、私の「体」を見つめていた。
「これではまるで戦闘ロボットだ……」
右手も左手も、そして脚も、もう私のものではなかった。精巧に作られた義肢は、一見すると本物の人間の手足のように見える。だが、触れればすぐにわかる。その冷たさ、その重み――これは、私の体ではない。無数の機械部品が私の体に埋め込まれ、私の四肢は完全に人間ではなくなってしまった。
「約束が違う!もうこれ以上、この娘に手出しはしないと言ったはずだ」
父の叫び声が研究室に響く。しかし、その必死の訴えに対して返ってくるのは、科学者たちの冷たい視線だけだった。
「フランツ君、君も理解しているはずだろう。君の娘は、今や国家にとって重要な存在だ。個人的な感情で事を動かすわけにはいかないんだよ」
冷たい声が父を追い詰める。彼らにとって私はただの道具、いや、戦争のための兵器――そう認識されていた。
魔力は単なるエネルギー源としてだけではなく、軍事力としても利用され始めていたのだ。魔力を武器に応用すれば、その威力は飛躍的に向上し、戦闘力を格段に高めることができる。
私の体はその研究の中核にあった。
「これは国家のための研究だ。君の感情など、国益の前では無意味だ」
他の科学者たちも次々と口を開く。その言葉には、共感も理解もない。ただ、私を「物」として扱う冷たい視線だけがそこにあった。
「我々国の命運と、君の娘一人の命、どちらが大事かわかるだろう?」
その問いに、父は言葉を失った。無情な言葉がさらに父を追い詰めていく。
「武器へのエネルギー転換は実現できたが、どうにもまだ出力が足りないのだ。君の娘のように適性のある肉体は存在しないのだよ。無機物は魔力適正が低いからね……」
私の体は、他の誰とも違う「特異な存在」だったからこそ、国家の戦争の道具にされようとしているのだ。
「だからこそ、君の娘には研究が集中する。そして……もしかしたら、実際に戦場に出てもらう必要があるかもしれない」
「ふざけるな……」
父の声が震えた。それでも、必死に理性を保とうとしているのが私にはわかった。
「ふざけているのはどっちだ!」
科学者たちがすぐに反論した。
「何千人の命がかかっていると思っているんだ!? 」
私も父も、その無情な言葉に何も返すことができなかった。父はきっと、もう限界だったのだろう。拳が震えているのが見えた。
「フランツさん、すみません……ですが、わかってください。これもこの国のためなんです」
かつての父の同僚で優しかったこの人も、いつの間にか変わってしまっていた。
その言葉は何の感情も伴わず、ただ儀礼的なものに過ぎなかった。彼もまた、この「国家」という巨大な歯車の一部となってしまったのだ。父が頼りにしていたその同僚でさえ、もう私たちの味方ではなかった。
父は言葉を失い、立ち尽くした。周りを取り囲むのは冷たい視線、そして無情な言葉ばかりが浴びせられた。
その日、父は久しぶりに家に帰る決意をした。車の中で父の顔は曇り、ハンドルを握る手が震えていた。私はその震えをじっと見つめながら、何も言わずに隣に座っていた。
「こんなことがしたかったのではない……」
父の呟きは車内にこもり、エンジン音にかき消されそうだった。
「シエル、私は……」
父の声が、再び震えた。でも、何を言おうとしていたのか、その続きは聞かなかった。私が無意識に口を開いたからだ。
「パパ、私またパパの役に立てたかな?」
父はその言葉を聞いて、すぐに私を抱きしめた。
「パパ?」
「あぁ……最高だ、シエル……は、はは……」
父は笑おうとしていた。でも、その笑い声は空虚で、かすれていた。
私は、どこで間違ったんだろう。いつから、こんなふうになってしまったのだろう。私はただ、父の役に立ちたかった。父を喜ばせたかった。それだけだったのに――。
♢ ♢ ♢
「どうかしてるんじゃないの!?」
母の声が家中に響いた。
「自分の娘が、こんな姿になってるのよ!?」
「わかってくれ、エリナ。これは人類発展のためなんだ……」
父の声はかすかで、弱々しかった。それはまるで、自分自身に言い聞かせるような響きだった。
「ふざけないで!!!」
母の叫び声が私の胸に刺さる。激しく首を振り、全てを拒絶するかのように言葉をぶつけ続けた。
「こんなの……こんな姿……もう、耐えられない……」
その言葉を最後に、母は私たちの前から姿を消した。
「パパ?」
父はじっと玄関を見つめていたが、やがて無理に笑顔を作って私の方を向いた。
「大丈夫だ、シエル。大丈夫だよ」
父は私を再び抱きしめた。
「うん……」
数日後、再び研究施設に戻った私は、さらなる改造を受けることになった。父が見守る中、私はただ無感情のまま手術台に横たわっていた。彼らの手が私の体に触れ戦闘用武装が次々と取り付けられていくのを薄れゆく意識の中で垣間見た。
「シエル……私がお前を守る……」
それを見ていた父の決意が、まるで言葉になって聞こえてくるかのようだった。
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