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31.たとえ世界が空から落ちても ⑥

 夕暮れ時、我々の足元を照らすのは、西に沈む太陽のみだった。周囲はすでに影に覆われつつあり、森の中の小道は次第に暗くなってきている。


「今日はここらで野宿するか」


「ええ、けっこう歩いてきたわね」


 フェンの言葉に、疲れながらも私は頷いた。

 荷物を下ろし、その日の夕食としてエレシアが入れてくれた紅茶と、携行していたお弁当を取り出した。今日がこの旅の中で最後のしっかりとした食事になるかもしれない。明日からは持ちきれる限りの非常食と、もし運が良ければ捕まえた野生生物が主食となる。

 万が一危険な状況に陥ったら、持ってきたスクロールで撤退も視野。というところか。とりあえずだが今のところ準備は万全だ。


「寄り道しないで進んだとして、だいたい三日ってところだな。このペースだったら」


「つってもさ、ある程度は探索してから行こうぜ。目的達成したら亀裂(ゲート)は徐々に閉まるし。そこから回収ってもキツいだろ」


「食糧、物資、あとは収穫の程度で三〜四日前後くらいがベストでしょうね」


「ええ、そうしましょう」


 予想外の事態もなく進行している。このすやすやと眠る機械の少女の存在を除いては。

 彼女をおぶって運んできたが、体は驚くほど軽く、時には本当に中身が詰まっているのかと疑いたくなる。

 外見的にはエレシアよりも少し小柄。年齢もおそらく、それくらいだろうか。

 いやそもそも年齢という概念が通用するのかどうかもわからないが通年的な考えだとそれくらいと思われた。


「にしてもユリアーナ、わかってたのか?」


「ん?」


 ミカの視線に疑問を感じながらも反応した。


「いやさ、ゴーレムがくる時にお前だけが部屋の奥をずっと見てたよな。何かに気づいているようだったし、壁が崩れた時もお前がこの女の子をいち早く助けた」


 確かに、彼女の疑問は当然のことだった。


「知ってないと、あれだけ素早い判断はできないだろうと思ってな」


 沈黙が流れる。言うべきか、このまま沈黙を保つべきか、私は深く考え込んだ。しかし、私たちは仲間だ。これ以上秘密を増やすべきではない。


「声が、聞こえたの」


「声?」


「ええ、私を呼ぶ声が。"ここにいる"、"連れてって"……ってね」


「それが、この子が発した声ってことか?」


「わからない。けど、少なくともそれに近しい存在が呼んでいた気がした」


 ミカは一瞬、考え込むように眉を寄せたが、やがて小さく頷いた。


「なるほどな……。まぁなんにしろ、眠ってるんじゃ聞きようがないな。この子のことも、この世界のことも」


「そうね……」


 パチパチと、焚き火の燃える音が優しく響く。その穏やかな音が、何とも言えぬ安心感を私たちに与えてくれた。


  「それじゃあ、今日のうちにやっとくか」


 そう言うと、ミカが持ってきた器に酒を注ぎ始めた。私とエレシアには飲めないので、代わりに水を用意された。

 ん。と、彼女は腕を突き出した。

 私たちが怪訝な顔をしているとミカが言った。


「誓いの杯だ。酒場ではゴタゴタしててできなかったからな。旅が始まる前にこうするのが伝統なんだ。何があっても私たちはこのクエストを達成させる。そういう決意の表明だ」


「なんだか……こっぱずかしいわね」


 ミカは、それでも大事なことだ。と鼻を鳴らし、続けた。


「私の目的は三つ。珍しい金品を探すこと。鍛冶の参考になるような技術を見つけること。そして、この重星螺旋の巨人槌(ヴェルトアトラス)の手がかりを探すこと」


 そういえば、前に酒場で話したときにそんなことを言っていた。ミカの家系は有名な鍛冶師の血を引いており、それなのにそのハンマーはその昔に別の謎の人物が製作したとか何とか。父とその人物を超える作品を作るため、常に新しい技術や知識を求めて勉強し続けている。――だったか。


 次に、フェンが静かに言葉を続けた。


「俺の目的は、金と、冒険者としての実績を積むことだな」


 彼は確固たる意志を込めて、腕を差し出した。

 その目にはどこか物憂げな表情が隠れているような気もした。


「わ、私は、お嬢様と一緒ならば、どこへでも」


 エレシアは少し照れながらも優しく笑みを浮かべて言った。

 最後に、私の番だ。


「私は……」


 一瞬だけ、言葉に詰まった。

 今までの冒険を思い出して感傷に浸っていたとかではなく、この異世界が私の古郷では無かったことに、言葉を詰まらせたのだ。

 私の目的は、元の世界への帰還。そして、奪われた故郷を取り戻すことだ。だというのに見当違いの世界に来てしまった。

 私の目的は別の世界にある。この世界では、ない――。


 ――とはいえ、だ。

 別に諦めたわけでもこの世界に失望したわけでもない。ここで故郷につながる発見があるかもしれないし、何よりも実力を磨くことの重要性だって痛感している。レベルアップして実力をつけて、今は少しでも強くなる。冒険者としての実績を積んで冒険者ランクを上げれば行動しやすくなるし、より多くの情報が手に入る。元の世界への帰還にだって大きく近づけるはずだ。

 そうだ。焦ることは、ない。


「この旅で、誰にも負けない力をつけるわ」


 私が力強く宣言すると、皆は一様に微笑んだ。

 そうして、私たちは未来への決意を新たに、杯を交わした。

最後まで読んで下さり、ありがとうございます!

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