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甘すぎる七日間

「ん……」


 わたしはのそのそと目を開いた。今何時だろう。窓の方を見ようと体を動かすと、体に巻きついた腕に引き寄せられる。そのまま背中から体全体を覆うように抱きしめられ、髪に顔をうずめられた。


 結婚式から四日目、自分でも信じられないが、雨月さまとわたしはずっと家に引きこもり、一歩も外に出ないでいた。寝室から出るのは湯浴みと食事の時だけ。食事も、二日前から寝室に持って来させたくらいだ。


『ね、雨月さま、さすがにそろそろ出ないとまずいんじゃない?』


 昨日そう言ったら、わたしの唇は塞がれてしまった。

 忙しい雨月さまにもらえたお休みは七日。本当は地方への小旅行も予定にあったけれど、結局わたしたちは旅行はやめて家で過ごしていた。


 わたしも旅行よりこの生活を選び楽しんではいたのだが、さすがに四日目になると外に出たくなってきたのである。


「おはよう、陽花」


 あ、起きた。


「おはよう。ねえ、今って、朝?それともお昼?」

「昼です」


 そうだったんだ。昼だと聞くと、家に篭りっぱなしでも少しお腹が空く気がする。


「……今日は外に食べにいきましょうか」


 え、ほんとに!? 思わず雨月さまを振り返ると、楽しそうに笑う彼がいた。


「外に出たいって顔に書いてありますから。それに、可愛い俺の新妻をみんなに見せびらかせたい気になってきたので」


 こうしてわたしたちは、三日ぶりに外に出た。



***



「んー!いい天気ねぇ、風が気持ちいい」


 最近若者に人気だという地区に来た。確かに、食べ物屋だけでなく若者向けの商品が並ぶ店が多い。

 

 わたしたちは店が居並ぶ通りを歩き、昼食の場所を探していた。


「あそこに、あわび粥が有名な店がありますよ」

「いいわね!朝食も食べてないから、今の気分にぴったりだわ」


 わたしたちが店に入ると、どよっとした騒めきに囲まれた。客たちの視線が集中し、なんとなくいたたまれない気分になる。すると、男の店員が現れて席に案内してくれた。


「あんたたち、恋人同士かい?」

「いえ、夫婦ですよ」


 雨月さまがにっこりと答えると、店員はひゅーっと口笛をならした。


「そりゃすごいな。奥さん、えらい別嬪さんだからみーんな見惚れちまったよ!旦那もかっこいいしさ」

「まあ、ありがとうございます」


 そう言うと店員は注文をとって席を離れた。すっと雨月さまの手がわたしに重なる。


「ふふ、美しい妻を自慢できて、俺はものすごく気分がいいですよ」

「何言ってるのよ。女性客はあなたのほうを見てるわ」

「そうですか?俺は陽花しか目に入らないから、気づかなかったな」


 まあ、わたしたちは身なりも良いし、そりゃあちょっと場違いに見えるわよね。


 評判のあわび粥はとても美味しかったが、火傷するといけないからと雨月さまがふうふうと冷ましてくれて、正直味に全く集中できなかった。



***   



 あわび粥の店を出て、また通りを歩き始めた。


 それにしても、雨月さまってば本当にもてるんだから。

 隣の彼をちらっと見ると、優しい瞳につかまった。


「どうしました?」

「う、ううん。雨月さまって本当にもてるんだなーと。道行く女の人たちが見てるから」


 わたしはそれが誇らしいような、「わたしの旦那様なんだからそんなにじろじろ見ないで」と言いたいような、複雑な気分だ。


「今まで女性に声をかけられるのも多かったでしょ?」

「まあなかったとは言いませんが、俺にはどうでもよいことだったので」

「でも雨月さまってば優しいから、きっと冷たくはできなかったんでしょうね……」


 なんとなくもやもやした気持ちでいると、隣を歩く彼が立ち止まった。そして信じられないようなものを見る目でわたしを見ていた。


「……もしかして、陽花は俺が女の人に親切にするのがいやなんですか?」


 しまった。そんな酷いことを言うつもりはない。


「そ、そんなわけないじゃない!ただその、なんとなくあなたが女の人に声をかけられるところ想像したら、ちょっと……」

「ちょっと?」

「い、嫌な気持ちになったというか。わ、わたしの旦那様なのにって。……しょうがないわよね、昔のことだし、わたしのこと覚えてなかったし」


 言ってしまってから、嫉妬深いと思われたかしら?と不安で見上げたら、雨月さまは固まっていた。


「雨月さま?」

「……陽花、可愛い」

「え?」


 雨月さまは、わたしの手を繋いで歩き始めた。


「別に親切になんかしてませんでしたよ。道聞かれたら答えるとか、それくらいです。たまにどこかに誘われたり、告白のようなことをする女性もいましたけど、きっぱり断っていました。あなたに会う前の自分は仕事一筋で、仕事のことしか頭になくて」

「そ、そうなんだ」

「ええ。……記憶になくても、あなたとの約束を果たすために早く立派になる必要がありましたからね」


 兄の受け売りですが、と雨月さまは笑った。


 それから店のいくつかを一緒にまわっていると、化粧品を売っているお店があった。西国の品も販売しているという宣伝に釣られて、わたしだけ入らせてもらうことにした。男性入店お断り、と張り紙があったのだ。


 富裕層向けの店のようで、紅やおしろい、珍しい花の香油や肌に直接塗る形状の香水などがあった。


 わたしが体に直接使うものは、周家がきちんと安全かどうか試験をしてから使うことになっているので、今度調べてもらおうと何も買わずに店を出ると、雨月さまが若い女性と話していた。


 女性は明らかに楽しげで、興奮している。対して雨月さまは。

 

 あ……。


 雨月さまが女性を見る顔は穏やかで、軽く微笑も浮かべているのだが、わたしからすれば他人行儀のほぼ無表情といった感じだった。女性に何かを言って、わたしに気づくと。


 ……!


 わたしは思わず顔が赤くなるのを感じた。わたしを見つけた彼の表情が、本当に嬉しそうで。そのまま女性を置いてこちらにやってくる。


「何か買えましたか」

「ううん、でも珍しい品がたくさんあった。肌に直接使うものだから、今度周家の人間に安全かどうか調べてもらうわ」

「そうですね、あなたの体に何かあっては大変です」


 そう言ってわたしの頬を撫でる。


「あちらの女性、よかったの?」


 ぽかんとした顔で突っ立ってるけど。


「ええ。お茶をどうかと言われたんですが、妻と買い物中だと言いましたから」


 女性はわたしと目が合うと、そそくさと去っていった。

 きっと雨月さまの対応はいつもこんな感じだったんだろう。


「ふふふ」

「陽花?」

「妻って響き、なんかいいわね」

 


***



「あれ、雨月殿ではありませんか」

 

 街歩きを再開していると、男性に呼び止められた。王静さんという、吏部の偉い人らしい。王静さんはわたしを見て、目を見開いた。


「あなたは」

「周陽花と申します。主人がお世話になっています」


 そう言ってわたしが微笑むと、王静さんは一瞬目を丸くしてから、慌てて雨月さまとわたしに向かって頭を下げた。


「この度はご結婚誠におめでとうございます。……その、私は先の園遊会にも参加しておりましたので、奥様のお姿だけは拝見しておりました」

「まあ、そうでしたか」


 皇后として、だ。


「はい。さすがは周家のご令嬢で、皇后として申し分のない方だと思っておりましたが、まさか一時的なお役目だったとは。……しかし、雨月殿のような素晴らしい殿方に捕まってしまえば、仕方のないことかもしれませんな」


 話を聞いて、なんとなく察した。おそらく王静さんは、わたしに皇后でいて欲しかった方なのだろう。吏部は人事を司る場所だし、何か思うところがあったのかもしれない。


「ええ、仕方がないですね。捕まったのは十年前ですし」

「え?十年?」


 わたしが雨月さまの腕に自分の腕を絡ませながら話すと、王静が首を傾げた。


「ええ。わたしたち十年前からの仲なんです。ずっと大好きだった人とようやく結婚できて、本当に幸せですわ」


 満面の笑みで答えると、王静さんはぽかんとしていた。やがて顔に赤みがさすと、こほんと咳払いをして、「で、ではこれで。お幸せに」と言ってぺこぺこしながら去っていく。

   

 わたしは思わずくすくすと笑ってしまった。


「なんか、わたしが死んだ初恋の人が好きだって初めて言った時の、主上とあなたの反応みたいだったわね」

「……」

「雨月さま?」


 今度はわたしがきょとんとする番で、雨月さまの顔を覗くと、彼は顔に手を当てて隠してしまった。


「今俺の顔を見ないでもらえますか」

「?なんで?」


 雨月さまは急にわたしの手を引いて人気のない道に入ると、くるりと振り向いて抱きしめてきた。


「……今さら、あなたを一時的にでも後宮に入れてしまったことを後悔してしまって」


 なるほどねぇ。わたしはぽんぽんと彼の背中を叩いた。


「今はあなたの奥さんなんだから、いいじゃない。みんなわたしが偽の皇后だったって知ってるわ」

「……」

「わたしがずっとあなたを忘れられなくて好きだったこと、知ってるでしょう?」

「ええ、でも当時の自分が許せませんよ。あなたの部屋に主上を通わせたりして。……あなたが主上のものにならなくて本当に良かった」


 雨月さまは、昔のどうしようもないことを思い出して傷ついている。わたしのことになると、ちょっとこういうところがあるから心配になるのだ。そしてかわいい。


 自分もさっきは雨月さまの過去が気になっていたので、人のこと言えないけれど。


「ね、雨月さま。食材を買ってうちに帰りましょうか。今日はわたしが料理するわ!」

「陽花」

「わたしの手料理、まだ食べてないでしょう?いつかあなたと結婚した時のためにってうちの料理長に習ってんだもん。せっかく結婚したんだから披露しなくちゃ!」


 その夜、わたしは渾身の鶏料理を作り、雨月さまにはとても喜んでもらえた。それから今後、週に何度かはわたしが食事の用意をすることにした。夫の胃袋を掴むってやつね!


 そしてまた遅い夜が来ると、雨月さまは貪るようにわたしを求めた。昼間のことがあったからか、少し余裕がなくて。


 心配しなくても、わたしはずーっとあなただけのものよ?


 残り三日のお休みは、もうどこにも出してもらえなかった。

 

 

 

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