38. 黒服の男たち
過去編、あと二話です。
翌日、わたしはいつもの時間に別宅に向かった。
昨日の刺繍はひどいものだった。鈴玉には「これは糸が布に刺されただけで、刺繍とは呼べませんね」と言われた。
でも刺繍だって頑張るんだ!大好きな雨にそう伝えたくて、別宅に着くと急いでいつもの勉強部屋に向かう。
今日は天気も良いから、あとで街に出るのはどうかとも提案するつもりだ。
『雨ー!あのね!』
『……っ、来るな陽花!』
びくりと体をこわばらせる。目の前には、整頓されて置いてあった本や机が荒らされ、雨は頭から血を流していた。
部屋には黒服を着た三人の男たちがいた。彼らの目の下からは布が被せられ、顔はわからない。
『雨!!!』
『これはこれは周家のお嬢さま。お待ちしてましたよ』
黒服の一人が振り返った。
『……陽花さま!』
そうだった。わたしにも家からここまでに護衛がついている。そう思って後ろにいた護衛を振り返ると、赤い鮮血が目の前を覆った。
護衛は、首を切られた。四人目の黒服が現れた。
『きゃああああああ!!!』
『この別宅の人間は皆殺しにしました。このガキを除いてはね。今あなたの護衛も死にましたよ、馬車に残ってた護衛もね』
『な、なんで……』
『どうしても、あなたのお父さまに飲んでいただきたい要求があるんですよ。あなたはそのための人質です。周浩然は娘を可愛がって外に出さないと聞いてたんですが、最近は違ったようですね』
男はくくく、と楽しそうに笑った。
『さてと。このガキも殺すつもりだったが、ガキのお守りはガキに任せたほうがいいな。こんな子供にどうせ何もできん。連れてけ』
そう言って、既にかなり痛めつけられていた雨とわたしは縛られて目隠しされ、馬車に押し込まれた。
移動中、何もしゃべるなと言われたが、わたしは先程見た人が殺される光景が忘れられず、わたしもあんな風に首が切られてしまうのか、これからどうなるのか、体の震えと涙が止まらなかった。これまでにも何度か襲われたことはあるが、いつもは護衛が対処できる程度のものだった。
すると、手に冷たいものが触れた。後ろ手に縛られているから悪い奴らには見えないが、隣にいる雨の小指が、わたしの小指を握ったのだとわかった。
目隠しをされているので何も見えないけど、右隣に雨がいるとわかった。少しだけ、右側に体を傾けてみる。
確かにそこに温かい体がある。寄りかかることができる。何も言われなかったけど、優しく受け止めてくれていることがわかる。すり、と頭に優しい重さが乗った。雨が、わたしの髪に頰を寄せたのかもしれない。
雨のぬくもりを感じて、涙は止まらなかったが、わたしの震えは少しずつ消えていった。
その後馬車から降ろされ、小屋のような場所に入れられる。男たちの会話から、この後わたしを人質に、お父さまと交渉するようだ。
紐で縛られたままだったが、目隠しは外された。小屋に鍵がかけられ、雨と二人きりになる。
『陽花、大丈夫!?怪我はない?』
『……っ、雨!』
雨は頭から血を流しており、綺麗な顔に傷もできていた。あまりに痛々しい姿。にも関わらず、雨は陽花を安心させるために「大丈夫だよ」といつもの優しい笑顔で笑った。
わたしのせいだ。わたしが周家の娘だから、雨を巻き込んだ。別宅の人たちも護衛も、わたしのせいで死んだ。
その事実に耐えられなくて、わたしはよろりと膝をついた。
『陽花!』
『わたしのせいだわ……。雨がこんな目にあってるのも、みんなが死んでしまったのも。わたしが、周家の娘だから』
お父さまと交渉したいと言っていた。ならお父さまのせい?
でもお父さまが国のことを誰よりも考えていて、家族のこともたくさん考えてくれている人だということをわたしは知っている。お父さまのせいだなんて、思いたくない。
それならやっぱり、わたしのせいだ。わたしが大人しく家にいて、別宅なんかに行かなければよかったのか。……雨に出会わなければよかったのか。
『ごめんね、雨』
『陽花』
『こんなことに巻き込んで。雨は、わたしと出会わないほうが、よかったね』
ごめんなさい。ごめんなさい。わたしと出会わなければ、雨は勉強はできなかったかもしれないけれど、こんな風に襲われることはなかった。親に殴られることもなかったかも。
しん、と小屋の中に静寂が満ちる。恐る恐る雨のほうを見上げたら、わたしは息がつまった。雨の顔から血の気が引き、優しい雨雲のような瞳は、何の色も映さない。
『雨……』
『陽花』
雨も膝をつくと、わたしの肩に顎を乗せてもたれかかってきた。手が縛られているから抱きしめられない。でも彼の温もりと匂いに、こんな状況なのに少しだけ安らいだ。
『陽花。絶対に、二度と、僕と出会わなければよかったなんて言わないで』
『……っ!でも、雨』
『陽花に会わなければ僕は死んでた。……死んでた、絶望してた。今も、陽花に何かあったら絶望するよ。きみに何かあるくらいなら、死んだほうがましだ』
『雨……』
『ありがとう。あの日、窓の外から僕に会いにきてくれて』
雨の想いに、胸がきゅっと締め付けられる。わたしも雨に寄りかかったまま何も言えなかった。
わたしだって本当は、雨と出会えてよかったと思ってるもの!
ざーっと微かな規則音がする。気温も下がってきた。朝は晴れていたのに、いつの間にか雨が降り始めていた。
『大丈夫だよ、きっと助かる』
しばらくして、雨が顔を上げた。
『あいつらがきみのお父さんと交渉するつもりなら、最後まできみは殺されない。それに、きみのお父さんがこういう事態に対処できないとは思わない。きっと助けてくれる』
確かにそうだ。あいつらにわたしをさらう理由があって、お父さまに連絡を取るなら、まだ望みはある。
お父さまの恐ろしさを知らないのよ!
そう思ったら、体の力が抜けた。
『……そうよ、それに雨は、わたしをお嫁にしてくれるって言ったわ』
わたしの拗ねたような可愛げのない言葉にも、雨は怪我をした痛々しい顔で、「そうだね」と優しく笑った。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
今日はまだまだ更新予定です!




