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10. 雪麗妃

<雪麗妃との茶会>

 

『そなたは相変わらず美しいな』


 昨日、私の部屋を訪れた主上はそう言った。主上の事は嫌いではない。むしろ、人質として後宮に入った私を四夫人にも召し上げて、色々と細やかな気遣いをしてくれる善きお人だ。


 私はこの国のずっと北にある、豪雪地帯にある小国の姫だった。母国がこの国に戦をしかけ、鎮圧に訪れたのは当時まだ皇子だった主上。少年にしか見えなかった彼は驚くような強さで敵の兵をなぎ倒し、あっという間に打ち破ったと聞く。その後人質として私がこの国の後宮に送られた。


 私は先帝の後宮に入ったが、先帝が身罷られた後、まさかあの時の皇子が皇帝になるとは思わなかった。彼は私を国には返さず手元に置いた。……人質だったので仕方がなかったのだろう。十歳も年上の妃。こんな事、立派になった本人には口が裂けても言えないが、私には可愛い弟のように思える。


「ようこそおいで下さいました、雪麗妃(せつれいひ)


 今日私を呼んだのは、周陽花という名の若く美しい皇后だった。この国有数の名家出身で、非の打ち所のない女人だと聞く。主上にもようやく信頼のおける皇后ができたのだと思うと、姉のような気分の私も嬉しい。


「ご尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じます。皇后さま」

「ふふ、ありがとうございます。堅苦しい挨拶はそれまでにして、一緒にお茶を頂きましょう?」


 陽だまりのような笑顔でそう言った皇后は、私の手を取った。彼女はなんてあたたかい手をしているのだろう。誘われた席には色とりどりの菓子が並んでいた。そこで私はある菓子に目が留まる。


「これ、は」

「ふふ、早速お気づきになりました?雪麗さまの故郷のお菓子ですわ。今日のために取り寄せたのです」


 懐かしい。後宮に入って主上に欲しいものはないかと言われても、人質の立場を理解している私には頼めなかったものだ。


「ごめんなさい。さっきこっそりつまみ食いをしてしまったのだけど、とても美味しいですわね!」

「ええ、私も大好きでした。この菓子を私のために?」

「はい。少しでもこの会を楽しんで頂きたくて」


 なんて素晴らしい皇后なのだろう。勝手に気位の高い人物だと思っていたが、人質で側室の自分にもこのような気遣いを見せるとは。あの賢くお優しい主上が選んだ方。彼の隣に立つに値する人なのだろう。


「……皇后さま、どうぞ末永く宜しくお願い致します」


 主上のことを。そんな私の言葉に、皇后は驚いたようだった。


 私は主上の荷物でしかない。少し前も私の命を狙う輩がいた。小国出身の年増の妃がいつまでも四夫人の座に就いていることを快く思わない者は多い。主上が手配した護衛のおかげで事なきを得たが、それも以前から何度も命を狙われたからだった。


 茶会では話せば話すほど皇后のあたたかい人柄に触れ、私の心も和んだ。人質としてこの国に来てからもう十年以上経つが、これほど穏やかな時間を過ごしたことはないかもしれない。


「雪麗さまは、普段どんなことをして過ごされてますの?」

「これといって特に何もしておりませんね……。母や弟妹に手紙を書くくらいですか」


 そこまで言って慌てて口を噤む。実家との手紙のやり取りは、主上に許可され検閲された上で行われているが、人質の身分で褒められたことではない。


 私の父は敗戦の後処刑された。大国に敵うはずもない戦をしかけて負けた、愚かな人だった。今は叔父がこの国の監視下で政権を握っているが、母と弟妹は主上の厚意で割と自由のある軟禁生活をしている。


「国を離れても家族と連絡を取り合うというのは、大事なことですわね。我が家の父と兄たちも、頻繁にわたしに手紙を送ってきますのよ。さすがに毎日来てた時は鬱陶しかったですが……」


 ふふふと可愛らしく笑う皇后は、私の配慮を欠いた発言も気にしていないようだった。


「ところで、雪麗さまはお料理はされるんですか?」

「料理ですか。後宮に入ってからはしてませんが、国にいた頃はよく」


 母上は名家出身なのに料理好きという変わった人で、私や妹も幼い頃から手伝わされた。


「それなら今度ぜひわたしに、母国の料理を振る舞って頂けませんか?」

「母国の料理をですか?」

「ええ。ご了承頂けるなら、後宮にある調理場を使えるようにしておきますわ。調理中は一応監視をつけさせて頂く事にはなってしまうのですけれど、貴国でしか手に入らない材料もこちらで揃えます」


 この国の食事も十分に美味であるが、母国の料理はもう随分口にしていない。妃が自分で料理をするなどもってのほかだった。


「大層な料理でなくても良いのです。家庭料理とか、そんなものでもかまいません」


 目の前の若く可愛らしい皇后はにこにこと微笑む。

 皇后からの依頼。皇后が用意する監視付き。彼女は何を考えているのだろうか?

 ……どのみち断る事はできない。


 ただ久しぶりに料理ができると思うと、私の心は幾分か興奮していたのだった。


「かしこまりました。私の作るもので良ければ、喜んでご用意させて頂きます」

 




最後の四夫人でした。明日昼ごろに次話更新します!

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