探し物は何ですか③
姿、声色、目力、そして美しさ、何一つ変わっていない。夢を見ているのかのようだ。
『君の希望、叶えてさしあげる。朴将軍に会わせてあげるわ。』
俺の今回の作戦はこうだ。敵の城に忍び込んだり、あるいは外出先を狙い襲撃するなど、裏社会の正攻法を使うつもりはない。朴正恩とその側近だけなら、何とでもなる。しかし、宋彩聖がいる。そんな攻め方は全くの無駄だ。俺は、正々堂々と宋彩聖、つまり高梨彩に、『お願い』をすることにしたのだ。
『ひとつだけ条件があるわ。聞いてくれるわよね。』
彩はそう言うと、俺に近づいてきた。そして、俺の服を脱がし始めた。俺は、微動だにせず、完全に身を任せた。
『ヒロ君、あなたは、わたくしの唯一の弟子。でも、あなたに教えてないこともあるの。今日は、わたくしの全てを教えてあげるわ。』
そう言うと、自らも服を脱ぎ始めた。彩は俺の体を優しく撫で始めた。俺も彩の背中に掌を回した。そして、彼女の心を読み取った。俺は涙が止まらなくなった。大きな勘違いをしていた。何人も寄せ付けないオーラ。恐ろしい女。そんなレッテルを貼られているが、彼女は自分の使命のために生きる優しい女であった。悪魔と呼ばれることもあったが、それは間違いであった。高梨彩もまた、天使のひとりなのだ。
彩の正体、それはフリーのスパイであった。今はCIAと契約をしている。そして、潜入するために北朝鮮に渡ったのだ。何のために?世界の治安を維持するためにだ。実際、彼女一人で、朴正日、そして息子の朴正恩の暴走を食い止めていた。表では朴王朝の警備として、雇われているが、暴挙に出るのを防いでいる。例え、彩が怪しいと思われたとしても、彼女を排除することは出来ない。近づくことさえ出来ないのだから。だったら、朴正恩を抹殺すれば良いだろうと思うかもしれないが、CIA、つまりアメリカの意向で現状を維持させているらしい。敢えて、緊張をもたらすことがアメリカの利益に繋がるようだ。殺ろうと思えば、いつでも出来る。朴正恩もそれは理解しているはずだ。
俺は、裏世界対抗大運動会の競技の為、朴正恩に接触したいと思っていた。Mr.Tの情報により宗彩聖、つまり高梨彩がボディーガードであることが分かり、彼女に会うことが最善の策だと考えた。そして、彼女を呼び出した。さっきまでは、そう思っていた。いや、そう思わされていたのだ。よくよく考えてみると、話が上手く行き過ぎている。
呼び出したのではない。呼び出されたのだ。
裏世界対抗大運動会は、CIAも主催組織の一つである。彩は、借り物競争のお題に『朴正恩』と示せば、俺が接触してくると初めから分かっていたのだ。彩は、その任務から、朴正恩の側を離れることが出来ない。だから、俺を呼びよせた。Mr.Tが得た情報も、彩から意図的に出されたものだ。俺は、彩の手のひらの上で踊らされている。今、彩が北京にいるということは、朴正恩も北京にいるということた。
なぜ、こんな手の込んだことをして俺を呼んだのか。テレパシーを使えば、簡単だと思うかもしれない。俺が24時間、ずっと瞑想状態に入っていればそれも可能だ。しかし、俺の今の力では、無理である。他の組織、他の暗殺者に悟られずに、俺を呼び寄せる方法として、裏世界対抗大運動会を利用したのだ。
今、彩は俺に抱かれている。そして、体全体が熱くなる。彼女のエネルギーがとてつもないもだということが、文字通り肌で感じられた。
彩は俺に抱かれている。俺は彼女の思いを、彼女の意志を受け取った。俺を呼んだ理由。それは、彼女の使命を引き継がせること。彩は、俺に能力の全てを伝承させるつもりだ。
激しい抱擁。彼女の喘ぐ声。二人の息遣いが部屋を包んでいる。俺は、時間が止まっているような不思議な感覚に陥った。空間が歪んでいる。何が起きているのか、現実なのか、夢なのか。急に頭が痛くなった。痛みは徐々に全身に広がっていく。体が自由にならない。意識が遠のいていく。ダメだ。俺は気を失った。
『ヒロ君、ヒロ君、、、』どこかで、俺の名を呼ぶ声が聞こえる。はっとして、目を開けた。ここは、ホテルの一室。彩を抱いていた部屋だ。目の前には、初老の女性が椅子に座っている。
『彩先生。』
俺は泣きながらつぶやいた。凛とした雰囲気は変わらない。美しさも変わらない。しかし、さきほどまでとは、全く違うのだ。あの若々しさが消えてしましい、そう、そこにいるのは60歳を超えているだろうと思われる女性なのだ。
『ヒロ君、もう、お分かりだと思うけど、わたくしの全てを、君におゆずりしましたことよ。わたくしは、歳をとりました。わたくしが何を思い、何を考え、そして何を行ってきたのかは、ご理解頂けましたか。わたくしの意志を引き継いで。わたくしのためではなく、世界のために。心配はいらないは、若さはなくなりましたが、わたくしを倒せる人はおりませんから。そう、ヒロ君、あなた以外にはね。私の能力も、お教えしましたのよ。鍛えなさい。そして、輝きなさい。あなたは誰よりも大きな力を得たのよ。その力を花咲かせなさい。わたくしは残りの命にかけて、朴正恩を守り、そして、暴走を食い止めますわ。ヒロ君、いえ、赤崎さんと呼びましょう。赤崎さん、この世界、任せたわ。』
なんという女だ。なんて強い女だ。
『彩先生、一緒に日本に帰りましょう。』
『赤崎さん、甘いはね。あなたの弱点。それは優しいこと。優しすぎること。もっと、非情になりなさい。』
『先生。』
俺は泣いている。
『赤崎さん、お別れです。もう会うことはないでしょう。』
彩は、椅子から立ち上がった。そして、呼んだ。
『正恩‼️』
ドアが開き、男が入ってきた。朴正恩であった。