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第1話 ビジー

 眼前に広がるガラス張りの巨大都市を見下ろし、僕はフレンドの部屋を検索した。

 アドレスは770:401

 直接アクセスなら早いけど、僕はこの空間を駆け抜けたい。

 現在地は002:174

 とはいえ、迷うのはごめんだからオートガイドを起動した。

 ガラスのドアから飛び降りる。

 まっすぐな光の筋を追う。

 ビルの狭間を風を斬って駆け抜ける。

 高度をあげよう。


「クロ!」


 イカロスだ。


「また飛んでるの」


「イカロスだって」


「私は飛ぶのが目的だから」


「だったね」


 飛んでいるのは大体子どもだって聞いたことがある。

 イカロスもそうだろうか。


 僕はスピードを上げた。

 脳が熱くなった。


 ◇


 アオイの部屋は殺風景だ。

 何にもない。

 入室の上限人数は6。

 無課金管理人。

 僕のリア友でもある。


「おつかれ」


 ガラスのドアを潜りながらいうと、アオイが顔を上げた。


「おつかれ」


「宿題やった?」


「これからやる」


「自動書記《オートライト》はキツイんじゃなかった?」


「課金したから」


「何それ、いいな」


 アオイは目を閉じて黙った。

 多分宿題をしている。

 ログアウトしたところで部屋は消えないのに。


 ガラスの向こうから飛んでくるヤツがいる。

 その人、だんごまんはビタンッとガラスにぶつかった。

 体を離し、手を振ってくる。

 僕は呆れながら手を振りかえした。


「おつかれ」


 部屋に入ってきた彼はアオイを珍しげに眺めながら僕の隣に座った。


「アオイ、何してんの?」


「多分宿題」


 だんごまんは片方だけ眉を上げた。

 ニヤける。


「小学生〜」


「そうだよ」


「クロは何やってたの?」


「音楽聴いてた」


「何?」


 僕はイヤホンを右耳から取って彼に渡した。


「懐かしいの聴いてる」


「最近知ったんだけど」


 だんごまんはフヘっと笑った。


「オレが小学生の頃からあったよ」


 だんごまんが共有を切る。

 イヤホンを返してもらった。


「今日さ、試験があって」


「ふーん」


「解答欄一個ずつズレてて焦ったんだよ」


「おおごとじゃん」


 僕は笑った。


「矢印書いて切り抜けた」


「切り抜けられてるのそれ?」


「いけるでしょ」


「無理すぎる」


 ひとしきり笑った後、僕は立ち上がった。


「落ちるね」


「なんで?」


「アオイが固まってる」


「ビジーじゃん」


 だんごまんも立ち上がりアオイに触れている。


「課金したって言ってたのに」


「難しい宿題」


「ありえる」


「オレも落ちよう」


「じゃあね」


「じゃあね」


 ログアウト。


 暗闇。



 ◇



 次の日、学校に行くとアオイは休みだった。


「テレパシーからログアウトできなくてお休みした子がいます。

 皆さん、テレパシーの使い方は十分注意してくださいね」


 朝の会でそう呼びかける先生は内心ウンザリしていそうだった。


 アオイは宿題のせいでビジーになったのに。


 放課後、テレパシーにログイン。

 アオイの部屋に直接アクセスする。

 ガラス張りの部屋の中に、昨日と同じ姿のアオイがいた。

 頭上の表示はビジーだ。


 まさか、昨日から?


 僕はガラス戸を開けた。

 アオイに触る。

 ほのかに発熱している。


 やばそう。


 とはいえ、できることはなかった。


 何かが起こっている。


 直感がそう言っていた。

 僕はアオイに何があってもいいように部屋の隅に座って観察をした。

 アオイはビジー状態が続いている。

 そのうちに、だんごまんが来た。


「おつかれ。 アレ? もしかしてアオイって昨日のまま?」


 僕は頷いた。


「学校も休んだんだ」


「何それ。まずくない? 運営に連絡するよ」


 だんごまんがポケットからケータイ取り出し操作した。


「よし」


 画面をポンとタッチしてだんごまんは頷いた。


「思いつかなかった」


「年の功ってね」


 だんごまんは得意げに言ったが、その顔はどこか暗かった。


「アオイ、何やってるんだろ」


「宿題難しすぎたのかな」


「そんなことないでしょ」



 ◇



 三日後、アオイはようやく学校に来た。

 おとといまでは、テレパシーでビジーだった。

 休み時間にアオイのもとを訪れると、彼は目が座っていた。


「昨日は何してたの?」


「病院で検査してた。入院してたんだって」


 先生はそんなことは言っていなかった。


「点滴してたんだよ。 テレパシーにダイブするの禁止されちゃった」


 アオイは眉根を寄せた。


「そうなんだ」


「なんともないのに」


「ずっとビジーだったよ」


「そういうこともあるでしょ」


「ないよ」


 僕は呆れた。


「今日くる?」


 鼻を鳴らしてからアオイが言った。

 なんという切り替わりの早さだろう。


「ダイブ禁止でしょ?」


「スマホからログインする」


「あ、そっか」


「一緒に宿題しよう」


「懲りないね。それなら僕もスマホからログインするよ」



 ◇



 スマホで見るテレパシーは物足りなかった。

 夕飯前にテレビをザッピングしていると、気になるニュースが飛び込んできた。


「先日発生した脳端末利用者への不正アクセスについて、警察は今日、被害者が千人を超えることを明らかにしました。利用者に直接的な健康的被害は報告されていないとのことですがーー」


 脳端末利用者への不正アクセス?


 三日間ビジーだったアオイの表示を思い出した。

 そして、学校でのやつれた顔を。


 背筋に冷たいものが流れ落ちた。


 アオイ、無事でよかった。


 僕たちはしばらく、テレパシーへのダイブをやめた。


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