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同居人は異世界人  作者: 紫芋
2章

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17話 目指すは災地

 夕焼けの空は、ポツポツと黒色斑点が目立ち始めた。

 それは大きく広がって、やがて上空一面は黒に染まると、ある者が呟きだした。


「あれ、人じゃないか?」


 人型の何か、それが突如として現れた。

 その物体はやがて輪郭を鮮明にしていきながら、目を見開き、驚愕する。


 降り注がれる存在は『魔物』であり、数は未知数。

 空に浮かぶ斑点模様に溢れ返った正体を目にした時、開幕の狼煙は大きな地響きと共に上げられた。


 騒然たる悲鳴と鳴き声、呻きを上げて、ようやく事の事態を僅かばかり知った者は撮影していたスマホを手に持ちながら、駆け出すものの、たった一口で平らげられた。

 骨はない、肉も残らずの捕食者──全長六十メートル級の怪物がやって来た事で、更に事態を逼迫させる。

 ラフレシアのような花弁型の頭部、飛蝗のような胴体と僅かに空いた小さな噴出口が赤い液体を撒き散らしていく。


『ナァァァァァァァァァァァァァア』


 六本の脚部を使って大きく跳んだその胴体は逃げ惑う者の背へと跨り、頭から食らいつき、喉元をボリッと音を鳴らして、身体のみが落ちた。


 それを見た女性は助けを叫びながら、全力疾走で前へ前へと進み建物と建物の間を差し掛かった頃──パクッと丸呑みされる。

 膝元にベタついた唾液が付いたまま、その大きさ三十メートル程度の透明色な蛙によって赤い毒が付着した舌を巻き付かれ、そのまま為す術もなく、僅か三秒で腹へと収納。

 そして、グウッと堪える素振りを見せると、ぺっと吐き出す。

 呑み込んだ女性の溶け掛けた衣服と靴が要らないと街へと吐き捨てたのだ。


 緑色の体色、黄色く光る鋭い目付きをした小さな怪物、ゴブリン──約三十匹につき一団体を結成し、持っていた石と木材で作製したお手製の槍を用いて、逃げる人間の口元に突き刺し、逃げられないように近くに留まった薄暗い影ある細い路地裏へ連れて行き、壁を用いて磔の刑。

 そして、内蔵を槍を使って抉り出すと、それを腹巻のように巻き付けて、自分の装備のように仲間内で自慢しだす。


 黒く艶のあるトサカを風で感じさせている五メートルもある鷲の強靭な爪に掴まれた男性は建物の屋上へと急降下させられて、擦り付けるようにして皮膚を剥がされていき、頭部が砕ける音を鋭敏に聞き取ると、啄んで、今日の夕食へとありついた。


 ある者は小さな羽虫を身体に纏わり付かれて、血を全て吸い取られると、三メートル級の巨大な蚊を集合体として作り上げて、獲物を求めて羽音を鳴らして飛び回る。


 激震を大地に鳴らして、建物が倒壊させるモノが一つ。

 それを感じ、見て、聞くと近場にいた魔物がは一目散に人間エサを棄てて、散り散りに去っていく。

 焦り出して土砂のように流れてきた瓦礫と土の山に埋もれる魔物もいれば、悠々自適に空から眺めるに留まる魔物もいて、ある魔物は手を大きく振ってファンファーレ。


 ビル群はたった一つの存在により、建物をドミノ倒しの要領で横へ寝かせ、窓ガラスを粉々に、骨組みが曲がって、倒されていく。

 当然、その中にいた者も下にいた者も全てを巻き込んだ。


 曲がった窓枠から物が落ち、人は叫びながら落下、それを助けようと手を伸ばす者も居たが、勢い任せの急斜面に脚は取られてしまい、共に落ちていくばかり。


 それを引き起こした巨人は立ち上がる。

 頑強で決して砕ける事を知らない岩の塊であった。

 三つの岩が上から重ねられたようなフォルムした上半身と、接着剤でも付いてるように二段目の岩の両側面にくっ付いた岩の剛腕。

 八メートル程の岩がポロポロと地面へと落下する中、姿勢を変えるべく曲がった膝を真っ直ぐに伸ばして立ち上がろうとする岩の巨人。

 緑色の一眼が一番上に重ねられた岩の中央で光り、ゆっくりと歩く。


 地響きは建物を大きく揺らし、下に建設された建物を小さな石を意識外で蹴ってしまうように蹴り、蹴られた建物は五十メートル先の地点に落下して、更なる死傷者を発生させた。

 その全長百メートル越えの巨人。


 焼け野原に近い状態となる中、魔物は愉快爽快痛快に雄叫びを上げていく。


 ある者はそれらを撮影して、唖然とした様子で居ると、背後から泥に呑まれて体内に侵入。

 水中で溺れたように藻掻くも体内から泥の針が皮膚を貫通して絶命。

 ライブ配信していたスマホはその光景を目撃し、事態の危険性を視聴者のみが知るも、半信半疑がほぼ多数。


 そして、地上に影が走る。


 大きく広げられた翼ははばたかせる事もせず、飛翔し、滑空して空を縦横無尽に駆け抜けた。


 それを眺めていた者は唖然とした様子で声を上げる。


「ドラゴンだ⋯⋯」


 もはや、地獄絵図と化した街に魔物は溢れ返り、人々はこの世の終わりを悟った。


 ━ ━ ━


 小さな地震は不審感を誘い、遠くから鳴った小さな爆発音によってそれは確信的となって、膝元に寝かせていたシルティアを起こし、肩に頭を乗っけてのんびりしていたリディナは、僕が手で触れる前に立ち上がって窓を覗きに向かう。

 そんな彼女の背後を着いて、窓を覗き込んだ。


「何か、変」


「へんな爆発音したし⋯⋯何かあったのか?」


「⋯⋯ちょっと、様子見てくる」


 僕の隣をリディナが通り過ぎようとする。

 僕もそれで良いと思っていた。


 だが、光景を見た──何故か、僕の視界はリビングではなく、全く別の場所を映していた。


 陽炎が出来る程の気温、肌を濡らす汗が額から鼻を通り、唇へと向かっていく中、僕の眼前でリディナが佇んでいる。

 ほんの少し微笑んだ彼女の口元は鮮血が垂れていて、吐血すると、僕の顔を赤黒く染め上げた。


 生暖かい血の匂いと、自分の意思とは違い、リディナの苦悶の表情を見上げていた僕の視線は下へと流れて腹部を見つめる。

 穴が空いていた。拳二つ分の大きな穴がリディナの上半身に形成されていて、それが嫌で手を伸ばす。

 やがて、リディナは徐々に姿を変化していき、僕はそれを拒絶したくて、抱き締めながら無理矢理押さえ込もうとするが、それは叶わず、僕の全身は影が広がっていき、最後には呑み込んだ。


 流れる情報、リアリティの宝庫のような肌感と、急速に流れ出る汗、嘘を吐かない心拍数に荒れ始める呼吸。

 気付けばその光景は終わって、元のリビングへと戻っていた僕は既に背後まで行っていたリディナの腕を掴む。


「っ!⋯⋯コージ?どうしたの?離してくれないと行けない」


「⋯⋯コージ?」


 全く持って自分でもどうかしている。

 そんなのは分かっていたが、それでもあまりにも鮮烈に映り込んだ光景は、僕が想像していなかったもので、恐怖心にも近い感情が行く手を阻むように腕を掴んでしまっていた。


「⋯⋯どうしたの?コージ、なんだか様子が変だよ?」


「⋯⋯コージ、どうした?何かあったのか?」


 僕の顔を覗き込むように眼前に映り込むシルティアを見て、ようやく我に返った僕の呼吸は既に安定していて、あれほど暑く感じた熱気と鼻を纏わり付いた血の匂いは嘘のように消えていた。


「⋯⋯あ、シ、シルティアも一緒に連れて行ってやってくれないか?」


「え?大丈夫だよ?私一人でも」


「何かあってからじゃ遅いだろ?」


「それを言い出したら、シルティアが怪我をしたらコージの身体を影響が出るんだよ?ここに待機させた方が良いと思うけど⋯⋯」


 一抹の不安というのが彼女にもあるのだろう。

 そもそもの話、『生命の繋がり(ライフ・ライン)』によって、僕とシルティアの感覚が繋がっているというのは、シルティアにとってもリディナにとっても弱点でしかない。


 急所が自分の予期せぬ場所に彼方此方に移動しているようなもの。


 分かっている。でも不安感に呼応した胸騒ぎは一向に収まるところを知らず、何時までも拭えないでいて、何かしらの事はしたい、そう思ってしまった。


「シルティア、頼めるか?」


「私は構わないが⋯⋯」


「コージ。取り敢えず、離して」


 何時までも掴んだままの腕。振り払おうと思えば簡単に出来てしまえるのを、わざわざ僕自身の意思で離すのを待ってくれていたのだ。


「あ、あぁ。ごめん」


 ゆっくりと肌触りの良い腕から指は離していき、それに合わせるように腕を自分の胸元に持っていくリディナはチラチラと僕の方を見てくる。


 それに対してのリアクションが出来る程の心のゆとりはなく、僕はリディナに言い放った。


「じゃ、じゃあ。僕も行く」


「え?」


 シルティアが怪我をしたら見えない所で怪我をしたようになる僕が心配なら、いっその事、視界に収めていたら良いではないかという半ば強引な考え方。

 ただ、こちらとしても怪我をするシルティアを目視で見たか、見ていないかで、こちらに感覚がやってくる際の心構えのようなものに違いは出てくる。


 注射を打たれる時、見ていない方が怖くないというものがあるが、あれと真反対という訳だ。


「調べるだけなんだろ?だったら、僕が言っても問題ないだろ?戦う訳ではないのかもしれないし」


「無理矢理着いて行こうとする口実を探してない?」


 リディナの言葉通り、図星もいいところだった。

 一人で行動させて、仮に⋯⋯もし仮に死んだりしたら。

 そんなあって欲しくない『もしも』を、ほんの1パーセントでも無くす為に、着いて行きたかった。


「⋯⋯⋯⋯コージ。ならば三人行動を厳守にしよう。あくまでも一人で動かない、これを守れるか?」


 僕の気持ちを意図せず汲み取ってくれたシルティアの言葉に僕は彼女の方へと視線を向けた。

 顔付きは険しく、決してふざけた態度ではないが、僕は少し嬉しい気持ちになった。


「よし、それならいいだろう?リディナ」


 圧倒的なまでの便乗。投げ掛けた言葉にリディナは少し考える素振りをみせると、小さく頷く。


「シルティアの分まで守るよ。仕方なく、だけど」


「二人共、頼んだ」


「うん」


「あぁ」


 意気込む気持ちは高鳴りを忘れて、不安感は隣の二人とお裾分け──とはならなかった。


 リディナも着替えてきたようで、白いタンクトップのようなものに、肩にある留め具の先にある緑色のマント。

 緑色のスカーフに茶色の短パン、紐付きのブーツに腰には斜めに掛かったベルトがあり、小さなポーチが備え付けられている。


 シルティアもロケットペンダントを握り、光が彼女を包むと、白の衣、赤のインナーが僅かに見えて、黒のスカートと黒のタイツにブーツ。


 二人の戦闘武装じゅんびが整った。


 不安感も不審感も募っていく。

 あくまでも、僕は非力な存在だということを切に忘れず、夕焼けに照らされた屋外へ向けて、玄関の扉を勢いよく開ける。


 ━ ━ ━


 開いた瞼に映った最初の光景は、つい先程まで自宅()()()瓦礫の山と立ち上る土煙。

 その家の一人娘である高校生の少女はその一切の光景を否定するように、膝を地に着けたまま脱力するのみ。


 二階にあった筈の自室も既に影も形もなく押し潰され、十数秒前には確かにあった自身の安らぎの地は完全に姿を消した。


 指輪がはめられた腕が瓦礫の中からはみ出していた。

 女性の手。彼女がまだ生きていて、女性が身体を含めて瓦礫に押し潰されてしまっている理由は何か⋯⋯。


 突然、暴挙に出たように隣を歩いていた女性に押された。

 たったそれだけの事で、文句の一つでも口にする準備は既に整っていた。


 だが、それはもう叶わない。


「お、ぉぉ、ぉかあさん⋯⋯⋯⋯っ!お母さんッ!何処!何処ぉぉぉぉッッ!!」


 挟まれた腕を凝視しながら、拒絶を募らせ、認識の誤りを正すように機械人形の如くただひたすらに叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。


 声が枯れる事を厭わず、ただひたすらに──。


 揺らめく炎が眼前に灯りだす。灼熱と化す空気と肌を焼く豪快な温度は彼女を取り込もうと周囲を疾りだす。


 しかし、彼女は逃げられない。逃げる力も意思も強引に剥奪されたように、今尚、身体は脱力しきっている。


 否定の意を示す金切り声は業火を僅かばかり震わせるが、鎮火にはならず、躍起になったように更に勢いが増していくばかり。


 埒外な事態。予想不可の突然の死。理解不能の喪失が炎となって彼女の周りを揺らめかせる。


 昨日の自分が予期していない現状は迫っていく。


「【さざめくお前よ、文明原初の焔之墓カウディの名を進ずる。──炎轍の剥奪(ラウ・カーラウン)】」


 騒めく炎の侵略音はピタッと止まる。

 レールで引かれているように容赦なく彼女を包み込もうとする炎の魔の手は揺らめく事を忘れて、元いた場所へと意思を持ったように戻り始め、業火は鎮火された。


「君、大丈夫かい?」


 着衣している白のシャツのボタンは全開、茶色の長ズボンにサンダル。

 先端が尖った勾玉のような形をした骨を一本の紐に通して、首に掛けている青年がそこに居る。


 細く閉じているのか開いているのか分かりづらいまぶたの奥にある色素の薄い瞳は彼女を映す。


「おかぁさん⋯⋯。っおかあさん⋯⋯」


()()は君の母親かい?もう、死んでいる。諦めなさい」


 既に自宅だった筈の瓦礫の山は母親を呑み込み、唯一呑まれなかった腕は血が流れて指先から垂れだしていた。


「死んでません!」


 青年へ一瞥もしない。してしまえば認めてしまう、そう彼女が思ってしまったからだ。


 だが、青年はそんな彼女の強くまった言葉を軽く流し、瓦礫の方へと歩いて行く。


 そして、彼女の視界にも青年が映り込んだと同時に、母親の腕が挟まった瓦礫の上へと手をつけて、体重を掛け始めた。


「死んでいないと思うのならば、何故蹲ったままなのかな?それは、君自身が一番、諦めているという、いい理由しょうこだ」


 青年の一括りに編み込んだ黒い後ろ髪は瓦礫を撫でる。

 それが気に入らない様子で首を動かして肩に乗せると、何事も無かったように笑って見せた。


「なんなんですか?あなたは⋯⋯」


 頭のおかしい男──それが彼女の第一印象である。

 瓦礫の上には手を付けて、まるでサンドウィッチの具材のように母親を押し込めていくその様は、鬼か化け物とも思えてしまい、距離を空けようとするものの身体は一向に動かない。


「僕はこの世界とは違う世界から来た⋯⋯。うん、そうだね。リコルト。リコルト・リックと言う。宜しくね、非力で無力なこの世界の人」


 敵ではないと示すように朗らかな笑みを浮かべたリコルトだが、その笑みは何処か歪であると、彼女は見逃す事はなかった。


 遥か遠くから爆発音が鳴り響く。

 未だに魔物の侵略が進み、街を、日本を壊滅させるかのように勢い付く化け物達を他所に、彼女は出会ってしまった。


 本物の怪物に──。


 ━ ━ ━


 僕はシルティアの腰に添えられるように抱えられながら、建物と建物を飛び越えて行く。


 向かい風が頭を強く刺激して、後方に靡いていく感覚は、さながらジェットコースターのようで、瞼を開けていてもすぐに乾燥してしまう。

 それを怖がっていると勘違いしたリディナはまるで挑発のような言葉を投げ掛けてきた。


「コージ、怖いなら帰る?手を繋いで」


「ち、違う。怖いんじゃない。目が乾くんだよ」


「でも、涙出てる」


「乾いてるって言ったんだが?」


 ドライアイにありがちな涙なのだが、どうも分かってくれない。

 泣いている事と怖がっている事が必ずしも結び付いてる事柄だと思わないで頂きたいものだ。


「大丈夫。私にはちゃんと分かってるから」


 駄目だ、手遅れだ。そう感じた僕は泣き付くように斜め上へと顔を動かして、担いでくれている彼女に助けを求める事にする。


「シルティア、この子ちゃんと聞いてくれないんですぎゃぁ〜ッ!!」


 喋っている最中、僕の身体は一気にグラついて、上下に大きく揺れ動く。

 正面を見ると、屋上のタイルが顔面スレスレな距離に敷き詰められており、所々に亀裂やシミ、小さな砂利が見える。

 そして、一気に身体が上がり、近くに映り込んだシミや亀裂が見えなくなっていき、自分が情けない声を上げた事を思い出した。


「すまない!足場が不安定で、少し雑な踏み方をしてしまった」


 焦ったように僕へ陳謝するシルティアは後方を見つめていた。

 流れるようにその視線を辿る。


 分かりやすく、屋上の一部が砕けており、ある程度四角形に纏まっていた建物が、歪な形になってしまっており、設置されていたフェンスも途中で敗れてしまって、下に垂れ下がっている状態となり、複数機ある室外機は脚を挫いて寝転がっている。


 誰かが荒らした⋯⋯そう考えるには、少し豪快に過ぎていて、室外機を屋上から引き剥がして、寝かせて壊すという行為だけでかなりの重労働。

 オマケにフェンスはあの様で下を通る通行人が気付かなかない筈もない。


 つまり、最近なったばかりという事も考えられるし、一部粉砕と化している屋上の様子から建設事態にミスがあったと考えるには少し乱暴が過ぎて、いずれにしてもかなり危険な何かがいる可能性がしてならなかった。


「⋯⋯⋯⋯これ、人がやったって訳ないよな?」


「急ごう」


 険しい表情と神妙な顔を浮かべる二人。

 何かを言い出す雰囲気にはとても感じられなかった。

 だが、それでも言わなければ、多分⋯⋯自分が持たないと分かっていたから、場を崩すようにシルティアへと声を掛けた。


「あ⋯⋯あの、大変厚かましい事、この上ないのですが、お背中をお借りしても宜しいでしょうか?」


 腰に手を回されて、女性と密着。

 その結果、腕と脚は宙ぶらりんで僕の上半身は華奢な女性の腕一本頼みという、かなり深刻な状況下。

 決して、シルティアが僕を落とすとは思えないが、それでもやっぱり怖い。


 ジェットコースターに備わっている安全レバーが細い物だと思ってくれれば、多分伝わると思う。

 大丈夫だとは分かっていても、揺れるように動く身体と預けている物の細さがどうしても不安感を拭えずにいた。


「ほら、コージ。乗れ」


 下ろされ、そして背を見せるシルティア。

 何時も彼女が戦闘中に背を見せる事は多くあったが、これほど『無防備』に近い状態も中々見られない。

 服装の違いというのもあってシルティアの装備している武装は現代だとコスプレの域にも感じられるが、やはりなんというか似合っていた。


 そんな彼女の首元に腕を回して、身体を預ける僕は不意にリディナの方へと振り返る。

 リディナは少し不服そうにしつつも、最後は北叟笑んでいた。


「なんだよ?」


「怖いんだ」


「⋯⋯⋯」


 違ぇし⋯⋯。だが、口には出来ない。何故かボロが出る気もして、口を閉ざして、隠すように正面へと顔の向きを変える。


「よし、行くぞ。コージ、しっかり掴まっていてくれ」


 不思議な事にこんな状況の中、いい匂いがして、それに反射するように顔は後ろへといく。

 そして、女性に高校二年生の僕は背負われながら、屋上を一跳び。

 シルティアの背中に固定されている為、身体が浮いているような感覚はなく、『異世界人』のスピード感を目の当たりにする。


 速かった。ただただ速く、俊敏で、自分の庭ですとばかりに次から次へと足場とする建物を即座に決めているようで、肌一面に通り過ぎていく風は彼女の速度によって齎されているのだと、改めて実感して、自然と胸が高鳴った。


 ジェットコースター並の急加速はなく、殆ど揺れる事もない身体は街の空を駆けていき、踏み通る建物は僅か一秒から三秒そこらでおさらば。


 正面を真っ直ぐ見ると、黒煙が辺り一面に立ち上っており、悲惨の一途を辿っていると、分かってしまう。

 そんな状況の中へと飛び込もうとする僕はきっと、血迷っているのだ。


「──っ!シルティア!止まって!」


 突然の叫声はシルティア並びに僕の移動速度を急激に落として、一軒家の屋根で停止。

 そして、リディナの方へと振り返ろうとする僕とシルティアは急に空が暗くなったのを視界に捉えた。


「え?」


「ッ!すまないコージ!」


 突然、身体が落ちた。シルティアが僕に謝罪した途端、訳や理由を聞く前に身体は彼女の元を離れて、屋根へと落とされる。


 そして、シルティアの頭上に『バケモノ』が一羽、鋭く伸びた脚の爪で引っ掻こうとする光景を目の当たりにしてしまう。


「シルテ──」


「はぁぁぁぁッッ!!」


 閃の哭いた──。


 身体を捻って、その勢いを余す事なく使い、彼女が愛用している『赤と金の剣』が瞬間的な捷さでバケモノを紅の一線にて葬り去らす。

 屋根に身体が着いた頃には既に塵と化しており、空へと向かって紅の残滓だけが、眩く散っていて、それを真っ向から浴びている彼女の背中は逞しくもあり、綺麗だと思ってしまった。


「無事か?」


「あ、あぁ。ありがとう」


 差し伸ばされた手を掴み、立ち上がる。

 その手で握った剣は紅の光が宿り、今尚満ちていて、少し怖くも感じてしまう。


「リディナ、今の⋯⋯」


「『コルファルト・イーグル』だね」


「鷹?⋯⋯⋯⋯もしかして、今のって『魔物』って奴なのか?」


 ショッピングモールで起きたあの事件が否応ながらに(よみがえ)る。

 たった一吹きの火炎が人をあっという間に黒色の煤へと変えたあの光景は再度、僕の記憶を支配していく。


「うん。でもどうして⋯⋯」


「ショッピングモールの時は空間にヒビのようなものが入って、ワイバーンが出現した。もしかしたら、今回もそのケースかもしれない」


「じゃあ、アレも空間割って来たってこと?」


 リディナが指し示した方向は僕達の左側で、隣街の更に隣の街であり、電車で一時間以上掛けて行けるような箇所。


 だから、何かあるとしても本当に豆粒程度、仮に僕達が居る街だとしたら、流石に通りかかった段階で気付けるから、余計にそう思っていた。


「な、な、なんじゃありゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」


 デカかった。いや本当に、豆粒というか、既にボヤけた輪郭ながらに茶色何かが見える。

 もはや見えてしまうという表現が正しいそれのデカさが測れない。


「で、デカっ!いや、え?⋯⋯何メートルあるんだよ」


 本当にその巨大で茶色い物体は、お隣にある高層ビルも霞む大きさ。


 僕達、人はそこらに居る蟻と同然で、蟻の気持ちが少し分かった気がしてしまう。


 だが、驚いていたのは僕だけに留まらない。


「『ヴァハート・ゴーレム』だと?!な、なんであんな魔物が居るんだ?⋯⋯」


 シルティアの驚愕の表情でおおよその察しがついてしまった。


「一応聞くけど、あれってヤバい?」


「ゴーレムは魔法が効かない。だから、彼女の無駄にでかい光線も効かないし、私に至っては論外。しかし硬い、重い、しぶといの三つが冒険者や近衛兵、騎士に至るまでの者を苦しめてきた」


 アニメや漫画の『異世界』なら割とある『魔法無効』という万国ビックリな特殊体質なのか、魔法なのか⋯⋯いずれにしても魔法が効かないということは遠距離で攻める事が事実上不可能となったという事になる。

 この世界だって人より大きい生物で毒持ちなんていない筈なのに、どうしてこうイカれた存在は『異世界』なら馴染み深く出てくるのか。

 生物学の冒涜に等しいだろうに。


「だが、例外はある。魔法は効かないと言っても、私の【紅臨スカーレット】は自身に作用するもの。ゴーレムとは相性が良い」


「あくまでも、ゴーレム自体に受ける魔法が無効って事か」


「その通りだ」


 直接魔法をぶつける訳ではないから、『魔法無効』という前提が効かないって事か。

 だとしても質量なんかで考えても、とても押し切れる気もしないが、速度を活かした叩き斬りぐらいなら刃が通るのだろう。


 現に試した事があるからこそ、実際にシルティアは口にしている気もする。


「けど、どうするの?三人行動って言ってたけど、多分、ゴーレムだけじゃないよね?この被害」


 そう、黒煙はあのなんとかゴーレムの近くだけじゃない。

 見た限りでも八箇所辺りで既に煙を立たせて今尚、小さきながらも爆発音が聞こえて、微かに悲鳴も聞こえてくる気がする。


 ゴーレムの近くにある高層ビルの隣は本来、ビル群となっていて、僕の居る高さから見ても小さく見えてもおかしくない筈なのだが、それが見えない。

 つまり、潰された事になる。


 ビル群が潰されたという事は、周りの被害が甚大ではない事が簡単に察せてしまう。


「⋯⋯先にゴーレム以外の魔物を叩く。街の者には悪いが、我々も無策で死ぬ訳にはいかない」


「それなら、ゴーレムの背後から回り込む。視界に入ると追ってくる可能性もある。条件反射で迫るだろうから」


「よし、そうと決まれば行くぞ」


 再び、僕はシルティアの背に乗り、移動を開始した。

 そういえば、あの近くじゃなかったか?


 雅斗の彼女──天音の家って⋯⋯。

 違ってくれればそれでいい、なのに──嫌な予感は拭えないでいる。


 ━ ━ ━


「くそっ!出ない!なんでだよ!」


「雅斗、落ち着けよ!まだ彼女が巻き込まれたって可能性がある訳がないだろ?」


「部活入ってねぇのに、家に帰らないで何してんだ?」


「いや、俺に言われても⋯⋯」


 動画サイトにライブ配信として流れている配信映像は雅斗の心拍を跳ね上げた。

 魑魅魍魎にも違い怪物、化け物といった類のモノ達が人を襲い、建物を壊し、進軍するようにして、蹂躙の限りを尽くしている光景。


 配信者の男も声が聞こえなくなり、気付けばスマホは地面に落とされて、空だけを映す機器に成り下がり、聞こえてくるのは数少なくなっていく悲鳴と異様な破壊音と強烈な雄叫びの嵐──ただそれだけだった。


 友人が偶然見つけたその配信動画を何気なく観てしまった雅斗は酷く焦る。

 その映像に映っていた高層ビル群は彼の彼女でもある白星しらほし天音あまねの住んでいる地区の付近にある建物であり、それを目印にして彼女の自宅まで遊びに行く事もあるからこそ、印象深い物となっていた。


 それが、その映像にはあれほど綺麗に並んでいたビル群は崩壊し、ガラスは粉々となって剰え予断も許さないとばかりに鉄骨や中に作られていたオフィスの物品や人も含めて超巨大な岩のようなもので押し潰されてしまったのだ。


「くそくそッ!俺、行ってくる!」


「待て待て待て、フェイク映像かもしれねぇんだぜ?」


「フェイクだったら俺が馬鹿だったって話だ!」


 駆け出した脚は一目散であり、止められる気もなく、腕を伸ばすような行為もしなかった。


「おい!待てってーー!⋯⋯⋯⋯部活、どうすんだよ?」


 雅斗はテニス部員でもある為、部室棟からひとっ走り。バスに乗り、電車乗って行く事が想定されている友人だが、この『舞坂高校』からはどう頑張っても一時間以上の時間を要する。


 仮に少しでも早く着けたとしても、何が出来るという話なのだ。


「ほっとけよ。どうせその映像、嘘だろ?」


 同じテニス部員の一人がそんな二人の様子を聞いて、揶揄うように笑う。

 あくまでもデマであり、嘘であり、偽りであると高を括って、流れるように体操服を着終わり、夕暮れの空を映し続けるスマホから流れる映像を見つめる。


「でもさ、リアリティあるくねえ?」


「最近のAIって進んでるからなぁ⋯⋯」


 この時の二人は疑問に感じなかった。

 仮にデマや嘘、人気取りの為の映像ならば、空だけを流すような事はむしろせず、最後までリアリティのあるものを届けようとするだろうという事を。

 そして、その映像から漏れる微かな悲鳴と雄叫びは何なのか、明確なものが何一つとしてない事を、彼等は考えなかった。


 雅斗は校門を出て、坂を上り、急ぎバス停まで向かうが、既にバスは一本出たばかりであり、次にやってくるのは十数分先。


 舌を鳴らして、時刻表を拳で叩く。


「クソが!⋯⋯連絡も来ねぇしよ!」


「アンタ、何やってんの?」


「あぁ?!⋯⋯美生?」


 自転車通学をしている為、必然的に自転車に乗って帰ろうとしている美生が不審な顔を浮かべて、雅斗の後方に居た。


「何キレてんの?浩司居ないとアンタいっつもそれな」


 そして、溜め息を一つ吐いて、またかとばかりに呆れてそのまま去ろうとする彼女の前へと立ちはだかる雅斗はカゴに手を掛けて力を込める。


「丁度良かったッ!チャリ貸してくれ!」


 まさに鴨が葱を背負って来た。

 僥倖にも近い存在とブツは雅斗の意気を上昇させて、昂らせていく。


 しかし、美生にしてみれば訳の分からない事この上ない話であり、顰め面をして自転車を握っていた手を振り解かせた。


「はぁ?!ヤダよ!何に使うんさ!?」


「天音ん家に行くんだよ」


「行きゃ良いじゃん、バスでさ」


 顎で指すようにして示す美生だが、それを何も分かっていないとばかりに首を横に大きく振る雅斗は再度、自転車に手を掛けた。


「あーーーッッ!それじゃあ遅いかもしれねぇだろ?」


 事態が呑み込めない美生もとうとう舌打ちして、自転車のグリップを強く握ると横向きに自転車をやり、脚が雅斗の側に来るようにすると、腹を思いっきり蹴飛ばそうとするものの、雅斗はそれを避けてみせる。


 それに対して更に苛つきが隠せない美生は、遂に両手で顔を隠すような素振りをした。


 沸点を危うく超えそうになる怒りは激昂へと変化を遂げてしまう前に、抑えるような行為。

 最近の彼にしては、らしくないと思える行動に真正面から面とぶつかってはイタチごっこに等しい状況が完成してしまうのを避けるべく、美生はフラストレーションを抑えようとした。

 そして、自身も満足して、相手も満足する方法は彼女にとっては一つだけだった。


「あのさ?それが人に物頼む態度なの?だっさいっつーの」


「お願いします。自転車を俺に⋯⋯貸してください」


 姿勢等は相変わらず自転車に右手を掛けたままではあったが、頭は下げていた。

 それだけで美生にとっては満足この上ないものであり、幾分かの苛つきも収まる。


 そして、荷台キャリアーを親指で示す。


「よろしい。はい、乗りな」


「はぁ?」


 思わず困惑してしまう雅斗に対して、むしろ何をそれほどに困った眉の形をしているのか美生には分からなかった。

 自転車を借りるという彼からの要望は間違いなく達成していて、自身も頭を下げて貰ったので貸さないという気も起きていない。


 その為、何を迷った顔をしているのか、美生には心底理解出来なかった。


「だって、急ぐんでしょ?」


「いや、でもお前ん家と真反対で⋯⋯」


 雅斗のイメージでは、そのまま自転車だけを借りて、翌日には返す。

 その想定であったのだが、美生本人がオマケ感覚で着いてくるとは思っていなかったのだ。

 更に、サドルから下りる様子もなく、「私が漕ぎますよ!」と意気込んだようにも見えてしまい、彼の中での混乱が早まる。


「チャリは誰の?」


「お前のだ」


「なら、このチャリをどう使おうと構わないって事」


「⋯⋯⋯⋯わかった」


 渋々ながらの交渉成立。頭を抱えるなり、意味深な顔こそしなかったが、時間を取られてしまうよりは幾分もマシだと雅斗自身、納得させるしかなかった。

 決して、居て欲しくないという訳ではないものの、遊び感覚で着いて行こうとする彼女の動向に理解が示せずにいる。


 そんな彼女は内心では──。


(折角だし、送るだけ送ったら浩司の家行こっかな。なんか早退したっぽいし。それにあの転校生も居ないし⋯⋯。怪しいし)


 階段で出会してしまった記憶はフィローネによって消されてしまった為に、浩司は皆から学校に登校してたった1時間弱で帰った体調不良者という扱いになっていて、フィローネ本人も結局、同じ扱いを受けている。

 内心心穏やかではない美生の策略が着々と脳内で組上がっていく。


 そして、そんな思惑があるとは知らずに荷台キャリアーへと乗った雅斗は忙しなく叫ぶ。


「飛ばしてくれ!」


「はいよ!掴まって」


「あぁ!」


「っ!ちょっと、腹に手を回すな!」


 下り坂が速度を上げていき、美生の脚は自然とペタルから離れる。

 一方の雅斗はそれどころではなく、腹部に回した腕を急ぎ離すと、何処に手を掛けるべきか迷っていた。


「掴まれって言ったろ!」


「自転車に掴まれって言ったの!彼女居るのに、油断も隙もない奴⋯⋯」


「そんなつもりはねぇよ!」


『ラブラブの熱々カップル』だと他クラスへと自ら触れ込みに行っているぐらいに愛していると自負している男に邪な気持ちはミリもない。

 少なくても友人に対しては。


 だが、美生に言わせれば違う。

 触れていいのはそれを許した相手のみ、認めるのは自分で他人ではない──つまり、自他共に認める我儘なのだが、相手側からすれば許されてしまえばどちゃクソ甘い存在へと変わる。


 それが、飯垣美生という女性なのだ。


「お前、浩司居ねぇから、荒れてんね?」


 普段の彼ならば、もう少しおどけた態度をしながら要求する。

 少なくても、彼女にとってはそうだ。


 何があったか、どう思ったか、それらを聞く事をしない彼女にとってしてみれば、放課後になって機嫌が悪くなったにも近い。


「⋯⋯⋯⋯別にアイツは俺のカンフル剤じゃねぇよ」


 過去、数度だけだが、浩司によって助けられた経験のある雅斗とその現場を偶然ながらにその現場を見ていた美生。

 彼女に言わせれば、それがファーストコンタクトであり、雅斗の印象。


『浩司が居なければ、雅斗は今の雅斗を維持しない』──そう認識されている。


「アイツ、今日何時頃からフケた?」


「さぁ、二時間目くらい?」


「なんか、今日気付いてたら寝てたし、起きたらアイツ居ないし、先生は早退って言ったけど、そもそも保健室に行くとか以前に、何時教室から出たよ?」


「いやいや、ストーカーかよ」


 苦笑にも近い笑いが思わず出てしまう美生であった。

 本人もそこまで見てはいないし、気に止めていなかった。

 精々、居なくなったな、程度の認識であり、それ以上はない。


「でもよ、変じゃなかったか?」


「そういえば私も、教室に知らない間に居たんだよね⋯⋯。なんでだろ?」


 それが、徐々に違和感へと変化する。着実に、確かな疑心感へと変化していく。


「⋯⋯言われてみれば。気付いたら居たって感じだったような?」


 惨劇は加速する──。


 終わり続けるまで。


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