第6話 紹介という名の線引き
紹介制を始めてから、最初の客は思ったより早く現れた。
「ご紹介を受けて参りました」
そう名乗ったのは、若いながらも落ち着いた雰囲気の男性だった。
服装は控えめだが、生地と仕立ての良さが一目で分かる。
——育ちのいい貴族。
それも、無理に誇示しないタイプ。
「リューヴェン子爵家の者です」
オーナーは静かに頷き、応接室へ案内した。
私は奥の作業場から様子をうかがいながら、胸の奥が少しだけざわつくのを感じていた。
(ついに、来た……)
紹介制。
それは断る理由であり、選ぶ理由でもある。
店が客を選ぶのではない。
考え方を、確かめるための線引きだ。
「伯爵夫人から話を聞きました」
子爵は率直だった。
「同じ形の服なのに、着心地がまるで違うと」
オーナーは、すぐには肯定しなかった。
「当店は、流行を売る店ではありません」
「承知しております」
即答だった。
「ですからこそ、ここへ来ました」
応接室の空気が、静かに引き締まる。
「私は長時間の会議や儀礼に出ることが多い。
正直に言えば、服の重さや窮屈さに、限界を感じていました」
子爵は、少しだけ苦笑する。
「ですが、だらしない格好は許されない。
……その両立が可能だと、伯爵夫人は言っていました」
“楽になりたい”ではなく、
“務めを果たしたい”という声だった。
オーナーは、私のほうに視線を向けた。
「エリー」
私は一歩前に出る。
「用途を、詳しく教えてください」
子爵は少し意外そうな顔をしたあと、丁寧に答え始めた。
会議の時間。
立ち居振る舞い。
着席と移動の多さ。
季節。
移動時の馬車の利用頻度。
私は、頭の中で自然と布と構造を組み立てていた。
(軽量シルク。裏地は薄手リネン。
背中の補正は強すぎないほうがいい。
肩は支えるけれど、固定しない)
口には出さない。
けれど、感覚はもう仕事に入っている。
「一点だけ、お伝えします」
オーナーが言った。
「伯爵家と“同じ服”はお作りしません」
子爵は驚かなかった。
「ええ。それで構いません」
むしろ、安心したように微笑む。
「私に合う服を、お願いしたい」
その言葉に、私は小さく息を吸った。
紹介制の意味が、はっきりと形を持った瞬間だった。
打ち合わせが終わり、子爵が帰ったあと。
私は作業台に戻りながら、ぽつりと漏らす。
「……断らなくて、よかったんでしょうか」
オーナーは、すぐには答えなかった。
帳簿を閉じ、ゆっくりと言う。
「“欲しい”ではなく、“必要だ”と言った」
それが、答えだった。
私は布を手に取る。
数は多く作れない。
誰にでもは渡せない。
けれど、その分——。
(ちゃんと、向き合える)
紹介制の最初の客は、
この服が“特別扱いされる理由”を、きちんと理解していた。
流行ではなく、
思想に対価を払う人だった。
私は針を持ち、静かに縫い始める。
スローライフは、まだ遠い。
それでも、仕事の輪郭は、少しずつ整い始めていた。




