第49話 手の届く数だけ
評判は、今も静かに続いている。
大きな宣伝をしたことは一度もない。
それでも、名前を聞いて訪ねてくる客は途切れなかった。
だが——
店の扉は、以前よりもゆっくりとしか開かない。
入口の脇には、控えめな張り紙がある。
申し訳ありません。
新規のご依頼は、ご紹介の方のみ承っております。
紙は新しくない。
何度も張り替えられてはいるが、文面は長く変わっていなかった。
ある日の夕方。
若い見習いが、帳面を閉じながら言った。
「……広げなくていいんですか」
オーナーが顔を上げる。
「何をだ?」
「店の規模です」
見習いは、少し遠慮がちに続ける。
「待っている人、結構いますよね」
「もう少し受ければ、もっと稼げますよ」
店の中に、少しだけ間が空く。
オーナーはすぐには答えず、
作業台の上の一着に軽く触れた。
それから、静かに首を横に振る。
「仕事は増やせる」
短く言う。
「だが、目は増やせない」
見習いは言葉を止める。
オーナーは続けた。
「一着に向き合う時間」
「確認する手間」
「着る人の動きを想像する余裕」
どれも、帳面には載らない。
だが——
「そこを削れば、意味がなくなる」
声は穏やかだったが、
結論は揺れていなかった。
作業台の奥で、エリーが針を置く。
会話は聞こえていたが、
特に口は挟まない。
ただ、いつもの調子で言った。
「今日の分、これで終わりですね」
オーナーが頷く。
「うん。明日に回そう」
見習いが少し驚いた顔をする。
「まだ、もう一着いけるんじゃ……」
エリーは、軽く首を振った。
「確認の時間が足りなくなります」
それだけ言って、糸を切る。
急がない。
詰め込まない。
無理に回さない。
その静かなリズムが、
いつの間にか、この店の基準になっていた。
外では、基準が文書になり、
多くの工房で当たり前になっている。
だがこの店では、
もっと単純な形で守られていた。
——見える範囲しか、引き受けない。
エリーは次の布を手に取り、
いつもの速度で針を進める。
評判は広がり続けている。
けれど店の仕事量は、
これからも大きくは変わらないだろう。
必要以上に増やさないこともまた、
仕立ての一部だった。




