第37話 違いを問う声
その変化に、エリーが最初に気づいたのは、昼前のことだった。
「この外套なんですが……」
店に入ってきたのは、見覚えのある商人だった。
何度か裾直しを頼まれている、いつもの客だ。
エリーは布を受け取り、慣れた手つきで状態を確かめる。
「ここが擦り切れていて。直せますか?」
「はい。裏を当てれば、まだ使えます」
いつも通りのやり取り。
――のはずだった。
「それと……」
商人は、少し言葉を探すように間を置いた。
「前に直してもらった服、動きやすかったんです」
「理由は、よく分からないんですが」
エリーは、針を持つ手を止めなかった。
「着ていて、楽だったなら、良かったです」
それで話は終わると思った。
だが商人は、続けた。
「今回は、どこが変わるんでしょう?」
エリーは、顔を上げた。
それは――
「いくらか」でも、
「いつできるか」でもない。
「派手になるか」でも、
「見栄えが良くなるか」でもない。
“どこが変わるのか”
という質問だった。
午後にも、似たことがあった。
主婦が、子どもの服を持ち込んでくる。
「すぐ小さくなるから、少し大きめで」
「分かりました」
「……それと」
また、間。
「前より、洗ったあと楽でした」
「乾くのが早くて」
エリーは一瞬、考える。
「裏地を変えただけですよ」
すると主婦は、少し安心したように頷いた。
「じゃあ、今回も同じように」
質問は、増えていない。
要求も、特別ではない。
ただ、向きが変わっていた。
以前は――
「どう見えるか」
今は――
「どう違うか」
それだけの違いだった。
店の奥で、オーナーが帳簿を閉じながら、ぽつりと言った。
「最近、説明しなくていい仕事が増えたな」
エリーは首を傾げる。
「そうですか?」
「ああ。客のほうが、聞き方を考えてきてる」
理由を求めるのではない。
正解を要求するでもない。
“違いがある前提”で、話してくる。
その日、エリーは市民用の外套を二着、直した。
やったことは、いつもと同じだ。
裏地を選び、縫い目を整え、
動いたときに引っかからないよう、ほんの少し形を変える。
説明は、ほとんどしなかった。
それでも客は、納得して帰っていく。
質問が変わると、
仕事の空気も、少し変わる。
エリーは、まだそれを
「流行」だとは思っていなかった。
ただ――
針を動かしやすくなった、と
静かに感じていただけだった。




