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静かに暮らしたい縫い子は、着心地だけで世界を変える  作者: 烏斗


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第23話 隠さず、仕事にする

 翌朝。


 私は、条件表を最初から見直していた。


 王族個人。

 非公式。

 名前なし。


 どれも、これまでの条件表には書いていない。


 想定していなかった、ではない。


 ——意図的に、触れてこなかった領域。


 紙の端を指でなぞりながら、私は考える。


(ここで曖昧にすると、後に残る)


「どうする」


 背後から、オーナーの声。


 振り返らずに答える。


「……仕事として、受けたいです」


 思った以上に、声ははっきりしていた。


 オーナーは、すぐには返事をしない。


「理由は」


 一拍。


「隠したくないからです」


 短い言葉だった。


 だが、嘘はない。


 非公式にすることはできる。

 特別扱いにすることもできる。


 でも——


 それを始めた瞬間、

 この店の線が、少しずつ歪む。


 オーナーは、しばらく私を見てから、小さく頷いた。


「なら、整理しよう」


 私たちは、条件表を机の中央に広げた。


 書き換えは、最小限。


 だが、意味は大きい。


 新しい項目を、静かに書き足す。


 ——依頼主体:個人

 ——公的肩書き:不問

 ——用途:公的行事(条件付き)


 ペン先が止まる。


「王族かどうかは、

 条件に入れない」


 オーナーが、一本の線を引いた。


「入れた瞬間、

 例外が始まる」


 私は、深く頷く。


 次に、責任の欄。


「安全確認は、通常通り」


「記録も、残す」


 非公式だから省く。


 ——それだけは、絶対にしない。


 午後。


 返書を出す。


 文面は、いつも通り簡潔に。


 ——個人依頼としてお受けできます。

 ——通常の条件に基づきます。

 ——王宮規定との整合は、依頼者側で調整を。


 余計な言葉は、足さない。


 数日後。


 返事は、短かった。


 ——了承。


 それだけ。


 余白のない返答。


 作業は、静かに始まった。


 素材選定。

 立体裁断。

 仮組み。


 私は、いつも以上に時間をかける。


 慎重に、ではない。


 ——迷いなく進めるために。


 これは、試作品ではない。


 正式な一着だ。


 途中。


 被服局から、問い合わせが入った。


「その案件ですが……」


 探るような声。


 私は、隠さず答える。


「個人依頼です」


 一拍の間。


「王族の?」


「個人の」


 言い直しは、はっきりと。


 受話口の向こうで、短い沈黙。


「……条件表、拝見しても?」


「構いません」


 隠す理由は、どこにもなかった。


 数日後。


 返却された条件表の端に、

 小さな書き込みがあった。


 ——例外ではない、という判断。


 それだけ。


 だが、十分だった。


 完成の日。


 彼女は、ゆっくりと立ち上がる。


 肩の位置。

 胸の開き。

 呼吸の深さ。


 すべてが、自然に収まっている。


「……楽ですね」


 その一言で、ほとんど決まった。


「威厳は」


 彼女は、鏡の中の自分を見る。


 少しだけ、目を細めて。


「失っていません」


 むしろ——


 余計な力が抜けている。


 帰り際。


 彼女は、以前より深く頭を下げた。


「これは、

 “特別扱い”ではないのですね」


 確認の言葉。


「はい」


 私は、迷わず答える。


「普通の仕事です」


 扉が静かに閉まる。


 足音が完全に遠ざかってから、

 オーナーが、ぽつりと言った。


「一番、難しいやり方を選んだな」


「でも」


 私は、針を置く。


「これじゃないと、

 続かないと思いました」


 極秘にしなかった。

 例外にも、しなかった。


 それでも、

 仕事として引き受けた。


 この一着は、

 店の評判を大きく上げることはない。


 けれど。


 この日引いた一本の線は——


 この店のやり方を、

 静かに、

 決定づけた。

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