第21話 正しい口出し
その人物は、怒鳴らなかった。
命令もしなかった。
ただ、理屈が整いすぎていた。
王宮監察室所属。
名を、ロベルトという。
店に来たのは、昼下がり。
被服局でも、儀礼局でもない。
これまでとは、明らかに系統の違う来訪だった。
「評判は、承知しています」
椅子に腰掛けると、彼はそう切り出した。
声量は抑えめ。
だが、言葉の輪郭が妙にくっきりしている。
「だからこそ、
優先順位について話したい」
オーナーは、わずかに間を置いて応じた。
「口出しですか」
「助言です」
即答だった。
迷いも、含みもない。
ロベルトは、持参した紙を一枚、静かに差し出す。
「王宮内では、
影響範囲の大きい部署を優先すべきです」
予定表。
人員数。
式典数。
数字で整えられた、きれいな資料。
「合理的でしょう?」
私は、その表に目を落とす。
——確かに、正しい。
運用効率だけを見るなら、
反論の余地はほとんどない。
だが。
「一つ、確認させてください」
顔を上げる。
ロベルトの視線が、まっすぐこちらに向いた。
「その優先順位は、
“何を守るため”ですか」
ほんの一瞬。
彼のまぶたが、わずかに動いた。
「王宮の機能です」
よどみのない答え。
私は、さらに続ける。
「壊れたことは?」
ロベルトは、言葉に詰まらなかった。
「過去には」
事実として認める声。
だからこそ、踏み込む。
「その時、服が原因でしたか」
沈黙。
初めて、間が落ちた。
ロベルトは、視線を一度だけ資料に落とす。
「直接ではない」
小さく、しかしはっきりとした回答。
「なら」
私は、息を整える。
「私たちは、
“直接の原因にならない服”を優先します」
空気が、静かに張りつめた。
ロベルトは、初めてわずかに困った顔をした。
「……遠回しですね」
「必要な回り道です」
横から、オーナーが静かに口を挟む。
声は穏やかだが、線は動かない。
「あなたの理屈は正しい。
だが、我々の基準とは違う」
ロベルトは腕を組んだ。
観察するような沈黙。
「では、拒否ですか」
オーナーは、首を横に振る。
「共有です」
条件表と優先順位表を、机の上に並べた。
「この範囲でなら、
調整は可能です」
“動かない部分”と
“動かせる部分”を、明確に切り分ける置き方。
長い沈黙が落ちた。
やがて。
ロベルトは、小さく笑った。
初めて、温度のある表情だった。
「……あなた方は、
線を引くのが上手い」
立ち上がりながら、続ける。
「無理に動かすと、
壊れる店だ」
それは、明確な評価だった。
去り際。
彼は、私のほうを一度だけ見て言った。
「あなたが、判断しているのですね」
問いでも、断定でもない声音。
私は、首を振りもしなければ、頷きもしなかった。
ただ、視線だけを返す。
それで十分だった。
扉が閉まり、
店に静けさが戻る。
オーナーが、ぽつりと漏らした。
「一番、厄介なタイプだ」
「正しいから、ですか」
「正しいから」
短い応酬。
私は、机の上の条件表を静かに畳む。
優先順位に口出しする人物は現れた。
だが、線は越えなかった。
それは、この店が——
“感覚で断っている”のではなく、
“考えて選んでいる”と、
伝わったからだ。
正しい口出しを受け止めた日。
私たちは、また一段、
静かに、
立場を上げてしまった。




