第14話 正式という言葉
その知らせは、朝の仕込みが終わった頃に届いた。
封蝋付きの書状。
紙質。
筆跡。
余白の取り方。
どれも、ひと目で分かる。
——格が違う。
オーナーは無言で受け取り、
しばらく表面を眺めてから封を切った。
読み進めるうち、ほんのわずかに目が細くなる。
「……王宮付き被服官からだ」
店の空気が、静かに張り詰めた。
私は、無意識に背筋を伸ばす。
書状の文面は簡潔だった。
——王侯側として、当店の仕立て方法に関心がある。
——まずは情報交換として、話を聞きたい。
——正式な場で。
オーナーは紙を畳みながら言う。
「“注文”ではない」
視線がこちらに向く。
「問い合わせだ」
その区別は、大きい。
命令ではない。
だが、軽い興味でもない。
王宮が、様子を見に来ている。
数日後。
指定されたのは、王都外れの迎賓館だった。
華美ではないが、
手入れの行き届いた静かな建物。
通された応接室も、同じ空気をまとっている。
無駄がない。
待たされる時間すら、測られているように感じた。
やがて現れたのは、年配の男性だった。
豪奢な装いではない。
だが、立ち居振る舞いに迷いがない。
「王宮被服局、監督官のデュランと申します」
簡潔な名乗り。
そして、すぐに本題へ入った。
「最近、貴族の間で“服による不調”の報告が減りました」
私は、呼吸を浅くする。
——そこまで見ているのか。
デュランは穏やかに続けた。
「偶然ではないでしょう」
視線が、まっすぐこちらへ向く。
「工程が増え、確認が厳しい店があると聞いています」
オーナーは、間を置かず答えた。
「当店では、必要だと判断したことをしているだけです」
否定もしない。
誇りもしない。
ただ、事実だけを置く。
デュランは小さく頷いた。
「それを、知りたい」
声色は変わらない。
だが、“業務としての関心”がはっきりと乗っていた。
「王侯の服は象徴です」
指先を軽く組む。
「同時に、仕事道具でもある」
長時間の儀礼。
式典。
視察。
外交の場。
「もし身体に無理をさせない方法があるなら、
それは検討に値します」
気づけば、私は口を開いていた。
「すべての服に、同じ工程は適用できません」
デュランの眉が、わずかに動く。
「ほう」
私は言葉を選びながら続けた。
「用途と人が違います」
呼吸の深さ。
動作量。
着用時間。
「同じ型を当てはめると、
逆に危険になる場合もあります」
一瞬、室内が静まった。
だが、不快な沈黙ではない。
測られている沈黙だ。
「……正直だ」
デュランはそう言った。
評価とも、確認とも取れる声。
「では、どうする」
オーナーが答える。
「必要な部分だけを切り出します」
工程の一部。
確認方法の考え方。
適用範囲の見極め。
「すべてを広げるつもりはありません」
デュランは、しばらく考え込んだ。
視線が机上で止まり、
やがてゆっくりと戻る。
「……それで構わない」
即決ではない。
だが、拒否でもない。
立ち上がる直前、彼は静かに言った。
「“型”が制度になれるかどうか——見たい」
その一言が、重く残った。
帰り道。
王都の石畳を歩きながら、
私はようやく息を吐いた。
「……大きくなりすぎてませんか」
オーナーは前を見たまま言う。
「だから線を引く」
短いが、揺るがない声。
「店のやり方は、店が決める」
王侯側からの正式な問い合わせは、
命令でも、栄誉でもなかった。
それは——
責任を伴う関心。
私は、胸の奥で針を握り直す。
この先、
スローライフはますます遠のくだろう。
それでも。
(ちゃんと断れる場所に、立っている)
その実感だけは、
不思議と私の背を支えていた。




