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Ability Assassin  作者: 福野 みふ
第一章

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第肆話 それぞれの道

 カンナ大陸は、この世界に存在する四大大陸のうち、最も多くの人間が住む大陸である。その中央部東側に位置するネレガル地方は、8つの地域に分かれていて、そのうち最も面積が大きいナ地域には、特殊警察の第二十二基地があった。


 大海はその基地に帰ってきていた。


 どうやら、警官隊長直々に話があるそうだ。部隊長である戸原正位警官に、犯罪者たちの情報をあらかた話し終えると、大海は警官長室に向かった。


 長い廊下は、決して牢屋みたいに真っ白に塗られているわけではない。灰色のコンクリートと、所々にある茶色の木目調のドアが、基地の風景に見慣れた(にぶ)さを加えていた。


 大海は足を止めた。左に体を向き直すと、正面には両開きのドアがある。そのドアの上には、「警官長室」という銀色の室名プレートがあった。


 ドアのノックは3回が基本だ。


「失礼します。第二十二警官隊第二千百三部隊、右城大海。入室します」

「どうぞ」


 声を聞き、大海はその部屋に足を踏み入れた。


「やぁ。よく来たね。右城君」


 利便性で考えれば無駄に広い警官長室の、一番奥の方。そこには、この基地のトップである、音川警官長が座っていた。


「単独奇襲任務から、只今戻りました」

「うん。お疲れ様。まずは座りなよ」

「いえ、大丈夫です」


 大海が断ると、音川は笑みを浮かべた。


「はは。君は、僕の話の内容が早く知りたそうだね」

「その通りです。ご用件とは何でしょうか」

「まぁ待とう。まずは褒めさせてくれ」


 音川は背もたれに大きく寄りかかってから、再び口を開いた。


「詳細は後で戸原君から聞かせてもらうが、大体のことはもう僕の耳に入っている。さてまずは、どこに注目したらいいかな。ビルを破壊したところかな」

「あれは...なんと申し上げたらよろしいでしょうか」


 大海は少し下を向いた。それをみると、音川は手を左右に振った。


「いやいや。実に君らしかったね。しかも、奇襲前にそのビル含め周辺の人間全員を避難させていたそうじゃないか。当然と言えば当然だが、あのビルだけでもかなりの人数がいたはずだ。相当大変だっただろう。そもそも元々はビルを破壊する予定ではなかったんだろう?なら最低限そのビルだけの避難だけでも良かったんじゃないか?」

「全ては万全を期して、ですから」

「その通りだな。データがない能力犯罪者は行動だけでなくステータスも法外だったりするからな」

「ところで、ご用件とは..」

「あぁ、そうだったね」


 音川は一度大きく息を吐いてから言った。


「君の昇格が決まったんだ。今回の、あの『夏翔』という能力犯罪者の情報収集に貢献した、としてね」


 大海の表情は動かない。


「正位警官になるということですか。ありがとうございます」

「相変わらず君は表情が硬いなぁ。もっと喜んだらどうなんだい?この前の昇格からも大して日は空いていない。そんな短期間で二階級昇格することは、ほぼ前人未到の偉業なんだ」

「位が上がるということは、それからが大変になるということですから」


 音川の眉が上がった。大海らしいな、とでも思ったのだろう。


 一拍おいて、大海が口を開いた。


「となると、俺は第二千百三部隊(俺の部隊)の隊長になる、ということですか」

「いや、そうではないんだ。今の部隊長である戸原君、彼はまだ元気だからね。君も戸原君にはまだ辞めてほしくないだろう」


 大海は黙って頷いた。目はいつもより少しばかり大きく開いていた。


第二十二警官隊(うち)の部隊長は若い方が多いですし、特別警官にまでなると年齢以外の理由で辞める方もほどんどいない。ということは、俺はこの基地から部隊長の空きがある基地に移動する、ということですか」

「まぁ、ざっとそういうことだ」

「そうですか。お世話になりま...」


(...?なにか引っかかっている。なんだろうかこれは...)


 大海は、音川の言動を聞き逃さなかった。


()()()、とはどういうことですか?」

「あぁ、そのことなんだが...」


 音川は自分の両手を握り合わせ、少し前のめりになりながら言った。


「君は、本部警官隊に配属されることになった」


―――


 夏翔は、大海から距離を取るため、第二十二基地とは反対方向であるガーサ地域東部に来ていた。


 もちろんガーサ地域にも特殊警官基地はあるが、直接対峙した大海はナ地域にある警官隊に所属しているため、よほどのことがないとナ地域からは出てこない。そのためまだ安全である、ということだ。


 あいつらと別れてしまった。おそらく話は終わっているはずだが、それを確認しておく必要がある。夏翔はスマホを手に取った。


 連絡手段は電話だけだ。蹴斗の電話番号を入力し、掛ける。


(...でねぇ)


 蹴斗は出なかった。まぁ、これはいつも通りのことである。次は、透だ。


『...はいもしもし』

「いま大丈夫そうか?」

『大丈夫だよ。こっちは全員無事さ。君の要件は、きっと刀だろう?』

「おう」

『渡しそびれちゃったからね。早めにほしいかい?』

「まぁ会えるんなら」

『...君がまた今度でいいならいいんだが、これから僕はカマニル地域に向かう』


 カマニル地域。ネレガル地方の北東部にある地域のことだ。


「欲しけりゃ来いと?」

『もちろん無理にとは言わない。警特殊警察の警戒も強くなっているだろうしね』

「いや...向かわせてもらう」

『そうか。じゃぁ、近くについたらまた連絡をくれ。気をつけて』


 透がそこまで言うと、電話は切れた。


(さて、どう行くか)


 ここ、ガーサ地域は、ネレガル地方の北西部にある、小さな地域だ。カマニル地域に最短ルートで到達するためには、特殊警察第二十二基地があるナ地域を突っ切らなければならない。


(一番いいルートは...ファルイーセミン地域経由か)


 ナ地域がいくら大きいとはいえ、大陸を横断するような大きさではない。つまり、迂回すれば必ず反対側に行くことはできるのだ。とはいえ、この場合はナ地域を完全に避けるととても時間がかかってしまう。


 そのため、途中でナ地域からファルイーセミン地域へ南下することで、ナ地域の東部にある第二十二基地に近づかず、極力近いルートを選ぶことができるのだ。通らなければいけない地域の数は多くなるが、自分のことを警戒している基地のある場所に行くよりかはマシだ。


「ファルイーセミン地域の基地には近づくことになるが...まぁなんとかなるだろうな」


 夏翔はそう独り()つと、来た道をゆっくりと戻りだした。


―――


「本部警官隊...」


 大海は、音川の言葉を復唱した。


「うん。今回の手柄...上層部は、実はそこまで大きなものとは考えていないんだよ」


 音川は立ち上がり、ゆっくりと窓の方へ向かう。


「だが、君の戦闘能力、そして冷静さ、全ての能力を鑑みた上で、君には本部警官という、自由な役職に就いてもらう方が、特別警察の役に立つと思ったんだ。ついでに言うなら、その()()()も、評価基準の一つになったかな」


 大海は動かない。だが、音川は感じた。表情や行動には表れない、大海の"何か"が心のなかで燃えていることを。


「...今のは失言だったかな?」

「いえ...ただ俺は...」


 大海の言葉が詰まる。それに気づき、音川は大海の方を向いた。


「...俺は、正義のためにこのスキル(ちから)を使っているだけですから。迷いも、淀みもないです」

「そうか。悪かったね」


 音川は大海に歩み寄りながら、申し訳なさそうな笑顔を浮かべる。だが、今度は大海が感じた。彼の笑顔は本物であるが、その裏には恐ろしい"何か"が隠されていることを。


「...君は、僕が行けなかった高みへ、挑むわけだ」


 場の空気に、緊張が走る。それは、()()()()()わかったのではない。どんな馬鹿でもわかるほど、音川からの「圧」が大きくなっていたのだ。


「いくら、二つ名で呼ばれて持て囃されても、行けない高みはある。それはわかっているが、僕はそれが心底悔しいんだよ。君に愚痴るのも、お門違いなのはわかっているがね」

「それは...」


 大海は、何も言葉が出なかった。なぜなら、音川の言うことは全て事実だからだ。


 音川は、刀を自在に操る。SSSランクスキルである(スパーダ)Ⅴを保持し、刀での戦闘では無類の強さを発揮してきた。その美しい二刀流と、彼自身が(まと)う孤立した狂気から、「狼武蔵(おおかみむさし)」という二つ名までつけられた。そんな彼が、なぜ本部警官になれなかったのか。


「なんで僕が本部警官になれなかったのか、その理由は、『考え方』だ。僕みたいな、内に狂気を秘めた人間を野放しにしてはいけないんだよ。」


 大海と音川の距離はもうほぼない。惜しげもなく笑顔を振りまく音川に詰め寄られた大海は、真っ直ぐ前を向くことしかできなかった。


「君も同類だろう?」

「...同類...ですか?」

「そうだ。君の過去を知っている者として、残念ながら右城君、君は僕と同じ匂いがする」


 大海は、目を見開くしかなかった。そして、命令に反することだとわかっていながらも、眉間にしわを寄せ、音川を睨みつけるしかなかった。否、()()()()()()()()()()()()()()()。これ以上動くと、斬られそうな殺気を感じたのだ。音川の手には、刀などないのに。


「...そんな怖い顔をしないでくれ」

「...ッ!」


 大海は唇を噛み、必死に抵抗することを堪える。沈黙の中、大海の握られた拳が破裂するのではないか、という限界ギリギリで、音川は再び口を開いた。


「当てつけみたいになってしまって悪かったね。この基地を離れる君に、最後に言っておきたかっただけなんだ。これからも頑張ってくれ。応援しているよ」


 音川は大海の肩をぽんと叩く。そこに殺気はなかった。


 「そういえば」と、音川は今思い出したように手をうった。


「一つだけ聞きたいことがある。なぜ、窓からの奇襲攻撃を行った?」

「...なぜと申されますと....?」

「...なるほど。これが感覚の、狂人と天才の違いなんだろうね」


 音川のため息に、呆れの色はなかった。ただ、哀しさだけが含まれていた。


「分かりやすく言おう。なんで君は、最初からビルを破壊しなかったんだい?」

「それは、危険性があったからで」

「自分のかい?」

「いや、そんなことは」


 大海は気づいた。


 音川は、周りにどんな被害が及ぼうと、最初からビルを破壊し、犯罪者たちを殺しておけばよかった、というのだ。例え、逃げ遅れた一般市民がそれに巻き込まれて死んだとしても。


「僕の言いたいことがわかったかな」

「...天才の考えることはわからないものですね」

「皮肉かな。そして、残念だが、多分君はまだ僕の言いたいことの全てをわかっていない」


 大海の表情に余裕はない。その言葉を受けて、内容が想像できたからだ。


「君から言ってみるかい?答え合わせはしてあげるよ」

「...わざわざ避難させている時間はもったいない。最悪の場合、犯罪者にそれがバレる。だから、避難なんてさせる必要がなかった。建物が分かった時点で、ビルを破壊すべきだった。ビル内の人間を()()()()()()で」


 音川は、嘲るようにフッと息を漏らした。


「大正解、100点満点だ。君の上司だったことを誇りに思うよ」

「...俺も、あなたの部下であったことを誇りに思います」


 大海の言葉に、偽りはなかった。


「お世話になりました」


 一礼の後、大海は部屋から出ていった。その動作に、感情はなかった。


 警官長室には、やけに響た大海の声と、部下の羽ばたきを眺めることしかできない狼が残されている。


 その狼は、大きく口角を上げた後、零れそうになった狂気を勢いそのまま溢れさせるように、大声で笑った。


 大海は、それを聞き逃さなかった。

おいおいシリアスにも程があるだろ()

結局こんな感じになっちゃう。

まぁ展開としては面白いんで(自分で言うな)

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