第參話 右城大海
「んな長々と名乗られたって、覚えてられるわけねぇじゃねぇか。簡潔に言え」
「お前を殺す」
(そこかよ)
簡潔かつ殺気溢れる回答に肩を竦めると、大海が続けて聞いてきた。
「で、お前のスキルは?」
「...まだ言ってなかったな。力Ⅴ、速度Ⅴ、覚醒Ⅲだ」
「...スキルが3つ?」
大海の表情が少しだけ動いた。驚きが現れている。
「そうだ。もうおしゃべりは十分だろう」
「銃は...使えるな」
大海は夏翔の腰に刺さっている銃を確認して言った。
「ああ。銃撃戦といくか」
両者、銃を抜いた。大海は、両手にUSP9を構えている。二丁拳銃だ。対して夏翔は、ワルサーPPSを四丁構えている。
大海は、その光景に目を見開いた。
「四丁!?」
「お前は驚いただろうが、俺としちゃぁ、お前がそんな抑揚のある声を出せるほうが驚きだな。そんなにびっくりしたか?四丁拳銃」
夏翔の真の実力は、ここにあった。四丁拳銃の使い手なのである。
「大体の相手は一丁で十分なんだが、今回はそうもいかなそうだからな」
「全力を出してくれることに感謝する」
「また声が戻ったじゃねぇか。コンピューターみたいなやつめ」
夏翔は両手にそれぞれ二丁ずつワルサーPPSを持ち、大海に向けている。大海は、両手の銃を夏翔に向け、微動だにしない。
一瞬の静寂が流れ、直後、ほぼ同時に四発の銃声が響いた。先に撃ったのは、夏翔だ。
バキィィィン....。夏翔の四発の銃弾は、大海のバリアに弾かれた。
「やっぱ無理か」
「知ってたなら撃つな。弾の無駄だから」
「そんなところを気にすんのか。俺は金はあんだよ」
「もったいないと言っている。資源を無駄に使うな」
「そっちかい」
(相変わらず感情が読めない。よくわかんないところだけ意識が強いんだなこいつ)
「どうせ俺が撃っても、お前は速度で避けるだろ」
「そうだな」
「とりあえず撃つ」
(いや、そんなテンションで撃つなよ)
夏翔は緊張感の緩みを感じながらも、銃弾が迫ってきたため、避ける。そして、大海の背後を取り、銃を向けた。二発の銃弾を避けるくらいなら造作もないことだ。
「おお、すげぇ」
「無表情で言うなよ怖いから」
「撃った瞬間ならバリアが解除されるとでも思ったか?」
「いや、攻撃中もバリアが使用できることは知ってた」
「なるほど、あいつから教えてもらっていたんだな。あの、俊介という奴から」
動揺させようとしているのか、わざわざ俊介の名前を出してきた。そんなんで動揺するほど弱くはない。そもそもあいつは夏翔が肩入れするほど重要な「味方」ではない。あくまで目的のために手を組んでいただけの「仲間」だ。
(そもそも俺あいつ嫌いだったし。あいつ全然喋んないから)
「あいつは殴り殺したらしいが?本当なのか」
「わざわざ答えてやるほど優しくはないさ。聞きたいなら勝て、と言いたいところだが、銃撃戦だと決着がつかなそうだな」
「確かに」
銃撃戦の最中にする会話じゃない。大体の銃撃戦なら、逃げない限りどっちかが死んで終わる。なぜなら、銃弾を避けることや弾くことを想定していないからだ。夏翔や大海とは違うだろう。
「かといってお前を逃がすわけにもいかない。こっちは特殊警官だ」
「だったらどうするんだ」
「圧砕」
大海は壁を殴った。何かが爆発したような音がする。そちらを見ると。
「壁がねぇ」
「お前もお前で棒読みじゃねぇか」
「俺はお前とは違う。やる気がねぇだけだ」
いや、内心はかなり驚いている。壁が、そっくりそのまま抜けているのだ。殴った部分がまるまる外に繋がっている。こんなの落ちればひとたまりもない。ここは地上25mだ。
「なんだ?俺を外に落とすつもりか?」
「そんなことはしない。上を見てみろ」
言われるがまま上を見る。
(しまった)
壁という柱を失った建物が、崩れてきているのだ。ここはまだ8階。上にもフロアはある。それが全て崩落してきているのだ。真っ白な天井が夏翔に迫ってくる。
「俺は防げる」
大海は防御を使用してそう言った。
一方夏翔はというと、少し厳しい状況だった。いくら速度が使えるとはいえ、道がないところを走ることができるわけではない。空を飛べるわけではないのだ。さっき大海が殴って壊したところから飛び降りたところで落ちるだけである。
(防御しようにも、防御が使えるわけでもねぇし)
落下してくる固形物は一つではない。さっき、大海が殴ったときの衝撃が天井に何重にも伝わっていたのだろう。白い岩のようなものが、バラバラになりながら落ちてくる。しかも、一個が結構でかい。避けたところで、そこに別の破片が落ちてきていたらそれも避けなければいけない。それの繰り返しは体力を使う。
夏翔のスキルは、別に瞬間移動を可能にするものではない。目に見えないほどの速度での移動を可能にするだけで、物質に触れると減速するし、使用すれば体力を使う。こんな中で銃を乱射されたらかなりまずくなる。当たったら痛いじゃすまない。
反撃は難しそうだった。速度があるので動体視力が強化され、こんなにも思考をぶん回すことができているが、刻一刻とタイムリミットは迫っている。さて、どうするか。
もうすでに大海は瓦礫に襲われている。が、ダメージは入っていない。防御Ⅵはすさまじいものだ。俊介の防御だって、相当珍しいスキルレベルⅤだったのに、こいつのはⅥだ。限界値が分からないから詳細は不明だが、おそらく格が違う。相当攻撃が蓄積しないと壊れないのではないだろうか。
(そうだ。そんなことはどうでもいいんだ。逃げねぇと)
本能的にこの戦闘が一方的に不利な状況であることを感じ、夏翔は「避ける」ではなく「逃げる」を選択した。大海の近くには想像以上に瓦礫があったので、おそらくすぐに発砲してくることはない。したとしても、夏翔の方に弾が届かないだろう。
逃走経路を見極めると、いくつか逃げ道があることがわかった。先程の大海の言動からここまで、わずか1.1秒。動体視力と思考の速さなら、夏翔は誰にも負けない自信があった。
夏翔はすぐに行動に移した。選んだ経路は、瓦礫を最小限の動きで交わすことで、大海と距離を取り、射線を切ることができる経路だ。方向は非常用階段。垂直でない地面に足を設置することができれば速度を使用することができるため、一瞬で一階まで降りれるという算段だ。
体はすでに階段の手前まで来ていた。8階の階段なら段数は150段ほどといったところだろうか。下りは上りより少し体力を使うが、速度は上がる。地上まで大した時間はかからない。
そのとき夏翔は、全身の肌が粟立つのを感じだ。殺気による恐怖を風圧のように受けたのだ。咄嗟に大海の方へ向く。
大海は、拳を振り上げていた。
(まずいっ...!)
階段を駆け下りる。おそらく床を殴り、この建物ごと破壊するつもりだろう。そんなことができるのだろうか。否、力Ⅵにはそれができてしまう。そうなると、このビルからは一刻も早く脱出をしなければならない。
「消砕」
あと一歩で夏翔が地上に足をつける、という2階-3階の階段の中腹で、耳を貫く破壊音が鳴り響いた。と同時に、周囲を風圧と砂埃が襲う。
ビルが、真っ二つに割れたのだ。
粉々になったビルの破片が、風圧で夏翔に襲いかかる。その衝撃を、夏翔は間一髪で逃れた。
とにかく距離を取らなくてはならない。大海の強さは未知数。他に攻撃手段がないとは限らない。スキルについても、大海が嘘をついていないとは限らない。速度なんか持たれていたら大変だ。
(あっぶねぇ...!じゃねぇや逃げなきゃ)
全力の6割くらいの速度を持続しながら大海と距離を取りつつ、夏翔は思考をフル回転させた。
大海は、自分のことを第一位特殊警官と言っていた。これは、特殊警察の規定上嘘をつくことができないそうなので、本当の情報だ。だがおそらく、あいつが第一位警官に昇格したのはつい最近のことだ。そう考える理由は、2つある。
1つは、年齢だ。表情がほぼ変わらないから、なかなか読み取れなかったが、おそらく大海は20歳前後だろう。その年齢で第一位警官になることは、実は相当難しい。統率力に関しての才能を振るっている者なら、すでに飛び級して特別警官にでもなっていることだろう。となると奴は、この若さで戦闘の実力だけでこの階級まで上り詰めてきた者だと思われる。実力主義の世界だから、飛び級などは決して珍しくないが、もちろん凡人にできるほど簡単ではない。
もう1つは、俊介だ。俊介は、夏翔たち暗殺者の中でも、実力と歴を兼ね備えている暗殺者として、世間に顔が割れている一人だった。あいつを殺したとなると、おそらく特殊警察側もその警官の手柄を讃えないわけにはいかないだろう。仮に大海がその手柄で昇格したとなると、もとは第二位警官ということになる。俊介を殺すことは、昇格には十分な理由だ。
そして今回の奇襲攻撃の手柄で、大海はまた昇格することだろう。あの面子の、特に夏翔の情報は特殊警察にもなかなか割れていなかったが、今回の一件で素顔までバレてしまった。
「厄介なルーキーが出てきたな」
夏翔はそう呟いた。
一方、大海は。
ビル、の跡地、とまで言うのが正しいだろう。崩れた瓦礫の下からは、バリアを張った状態の大海が出てきた。彼の体に傷は一つもついていない。
「仕留め損なったか」
しかし、今回の奇襲がすべて空を切ったかというと、そうではない。
(北斗夏翔...)
これまで、特殊警察は奴のスキルを知ることはできていなかった。夏翔についての情報は、名前と異常な強さだけ。どんな戦い方をするのかも不明だった。だが、会ったときに、すぐにこいつが夏翔だとわかった。なぜなら、それは明らかに12歳前後の人間の殺気ではなかったからだ。
(スキルが3つ...)
まず聞いたことがない。スキルは重複しても2つまでだと、それが基本だと教わった。それが、3つだ。本当なのだろうか。何にせよ、報告をしなければならない。
「厄介なルーキーが出てきたな」
勝勢の戦闘を終え、大海は不敵に笑った。




