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黒き魔人のサルバシオン  作者: 鈴谷凌
四章「審判の日~純情の茨姫~」
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四章 第六話「白の追跡」

 神聖なるミクシリア教会を擁する王都の北西区は、あの魔人の件によって多少の喧騒を呈していたが、他の街区に比べれば穏やかな様子に見受けられる。街並みをゆくジェナ・イルミライトは、逸る気持ちを抑えながらも王都の状況に気を配りつつあった。


 エルキュールとの面会――ついでにロレッタに対する個人的な宣戦布告――を終えて真っすぐここまで移動してきて、間もなく尖塔と精霊色のガラスが特徴の協会が見えてくる。景観は異常なし、しかし漂う空気は酷く重苦しいものであった。精霊への祈りは厳かなものだが、それとはまた別の静寂。息を殺しているかのような罪深さを、教会の中からはひしひしと感じられる。


 いま勾留されているあのロレッタ・マルティネスが身を寄せていた場所ともなれば、それは当然のことであったが、クロエ殿下と王国騎士団が重要な証人を守るために余計な人を追い払っているゆえに、とにかく生活感の抜け落ちた出で立ちになっていた。

 

 入口には警備の騎士が控えている。イブリス排外主義者の暴走を抑えるためだろう、その目つきはやはり鋭いものであった。ジェナはその男に自らの身分を証明すると、簡単な荷物検査を受けて中へと入った。

 高い天井と、奥の礼拝堂へと続く通路、人の気配はまちまちであった。どうやらクロエを筆頭とした検察側はこの時においては出払っているようだった。これ幸いとジェナを胸を撫で下ろし、ひとまず左手にある部屋に向かった。


 室内では一人のシスターが窓の拭き掃除や花瓶の水の入れ替えなどといった雑務をいそいそとこなしていた。とにかく洗練された所作であったが、年齢は若く、ジェナよりも少し上といったところだった。

 ジェナの存在に気付くと作業を止め、恭しく礼をくれた。名をタチアナといい、ロレッタの先輩としてたびたび面倒を見ていた女性である。王都がディアマントに襲われた事件を解決したあと教会に足繁く通っていた頃に知り合い、それから何度か食事を共にした仲である。二人は軽く挨拶を交わしてから真剣な表情で本題に入った。


「ジェナさんもやはり、ロレッタについて聞きにきたのですか?」


「うん。もうたくさん聞かれたと思うし、話すのも嫌かもしれないけど……」


「問題ありませんわ。ジェナさんはあの子の大切の友人ですもの、私も喜んで協力します。……あの子のことを救ってくれるのでしょう?」


「ありがとう、タチアナさんっ。……ロレッタちゃんの状況については知っているよね。マリグノに魔法で操られた結果、水の六霊守護のジェラールさんを殺害してしまった容疑で勾留されているの。この相手が六霊守護っていうのがまた厄介で……六霊教シスターのあなたなら分かると思うけど」


「六霊守護は大陸に六つある古き家系、エスピリト霊国の長にして闇の六霊守護である教皇様が総括するもの……。これは本来ならばエスピリトからの干渉も避けられない事態ですが、クロエ殿下がシャルル王に裁判の結果が出るまで持ちこたえてほしいと進言したそうです」


「殿下が……? うーん、あの人の狙いもよく分からないなぁ。私にエル君を捕らえる手伝いをさせて彼の罪を立証しようなんてしながら、そこは守る素振りをするんだ……」



「あの方の御心は私などには到底。ただロレッタのことに関しては断言できます。あの子がたとえどんな生まれでも、どんな不遇に生きてきたとしても、私たちはあの子の善性を信じて育ててきました。少し口は悪いけど、あの子の心は誰より温かい。聞けば、あのエルキュールさんを側で守るために、自ら罪を告白して同じ牢に入ったのでしょう?」


「う、それはその通りなんだけどそこに関しては私はちょっと複雑……じゃなくて。ええと、ロレッタちゃんを信じてくれてありがとう、タチアナさん。とにかく教会で過ごした時のことを裁判の時でも話してくれれば、マリグノに操られたことも合わせて考慮してもらえると思うから。どうか、よろしくお願いします」


 友人のため頭を下げるジェナに、六霊守護にそこまでされるのはと恐縮するタチアナ。そのやり取りがどこか可笑しく、二人してころころと笑いあったあとジェナは部屋を後にした。



 教会の真ん中を貫く通路を真っすぐ抜けて礼拝堂にやって来たジェナは、祭壇に立つ老齢の男に相対した。このミクシリア教会の主、アレクセイ・T・アンセルモ大司教である。家族を殺され、姉とも離れ離れとなったロレッタを教会に匿うことを許可した立派な聖人であると、民からの信頼も篤い人物だ。

 白と青の紋章が施された司教冠に金の刺繍の白衣。六霊教の荘厳さを表す出で立ちであるが、その容貌はやや覇気のないもの。それも全ては、あの少女の処遇ゆえのことだろう。

 ジェナは憐れむような眼差しで挨拶をすると、いま必要な情報を探ろうと質問をぶつけた。


「大司教。貴方はロレッタちゃんの体質についてどこまで知っておられましたか?」


「…………ふう。光の魔術師殿の慧眼は流石でございますな。その直截な物言い、儂が彼女の正体に勘づいていたこと、とっくに承知しておられるのでしょう」


「ロレッタちゃんが受けたマリグノの実験はあのエスピリトで行われていました。あの教皇様のお膝元で起こった事件です。貴方の立場ならば、彼女の並外れた魔素感覚を見れば……そして六霊教の少し資料を辿れば。簡単に察するだろうと」


「その通りでございます。あの子の心臓はもはや只人のそれではなかった。ブロニクスの一件にて、デュランダルや王国騎士団が持ち帰った情報を聞いた時は背筋が凍りましたよ。まだ年端もいかぬ少女に、あれだけの変質を及ぼす魔素を注入したこと、そしてロレッタがそれに適応したこと。中世に行われた禁断の魔素実験の歴史を振り返っても例に見ないことだ。聖職者としてとても見過ごせるものではない。……それに、あの子が初めてここに流れ着いたときの、あの冷ややかな眼差しは尋常でなかった。仔細を把握せずとも、儂のすべきことはあの時点で定められておりました」


 アレクセイとの面識はこれまでほぼ皆無といっていいジェナであったが、この短いやり取りとその深い悲しみに溢れた双眸を見るだけで、この人物が信頼に値するというのは容易に知れたことだった。

 二人はいま、視座を同じくしている。その事実を確かめたジェナは改めて彼に協力を求めた。


「実はロレッタちゃんは、ブロニクスの聖域でマリグノの変化の魔法によって魔人のような存在にさせられたんです。恐らく、それも恐らく彼女の心臓に施された魔素質が媒介になったせいで、もしアマルティアにマリグノと似た使い手がいれば……また同じことが起こるかもしれません。その危険が今回の火種の一つとなっているんです。……大司教には、ロレッタちゃんの心臓を癒す手立てがありますか?」


「お考えは理解できます。しかし、話を聞く限りロレッタの心臓が生み出す氷の魔素は、彼女の身体機能と強く結びついている様子。無理に引き剥がせば、崩壊は避けられないでしょう。コアを砕かれた魔物が間もなく消え失せるのと同じ道理です」


「……エル君にしても、ロレッタちゃんにしても。普通の人と違っていることは否定できないし、無理やり同じように矯正することもできない。ううん、そんなことしてはいけない。だってヒトと異なっている彼らだからこそ、私の心は救われていまこうして生きていられるんだから」


「ええ、違いありませんな。ヌール、ミクシリア……そしてブロニクス。魔人と呼ばれた彼の功績は、儂の知る限りでもあまりに大きい。民たちが善き選択をできるよう、この老いぼれも力を貸しましょう。協会付近のことはお任せください。どうかジェナ様はご自身にしかできぬことを」


 両の手を重ねて祈るようなアレクセイにジェナは頭を下げて応じた。

 エルキュールにしてもロレッタにしても、確かにその身には災禍を招く種が宿っている。しかしそれは、魔に連なる者だけがそうであるわけではない。人間もまた同じくその危険を孕んでいるのだ。

 イブリスとリーベの長い闘争の歴史の中で、民たちはただ個人を捉えることが難しくなっているのだろう。ならばジェナのするべきことは決まっていた。彼らの仲間として、六霊守護の末裔として。この動乱の世に新たな秩序をもたらすため奔走しよう。固い誓いを新たにし、ジェナはミクシリア教会を後にした。

 直後、懐に仕舞っていた魔動通信機が魔力を感知して反応した。


「……はい、ジェナ・イルミライトです。――ああ、グレン君か。こっちは順調だったよ。うん、うん。……私が馬鹿な真似をしないか心配だった? それ、そっくりそのままお返ししますー。まあそんなことより、これからの動きについて相談しよっか?」


 互いに軽口を叩きながら二人は迅速に話を進めていく。この場にいない大切な仲間を人々の輪に連れ戻すために。

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