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黒き魔人のサルバシオン  作者: 鈴谷凌
四章「審判の日~純情の茨姫~」
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四章 第五話「黒の経歴」

 ブラッドフォードの会議室に集まったグレンとルイスは、イヴが淹れてくれた紅茶を片手にエルキュールとロレッタの置かれた状況について整理し始めた。


 まずエルキュールに掛けられた嫌疑とは、マリグノとの戦闘中に罪なきブロニクス住人を複数殺害したこと。これは屋内に避難していた他の住人にも目撃されており、闇魔法による圧縮を用いたとのことである。このことについて本人も認めている。クロエ殿下は住民による暴走を阻止するために、敢えて目立つようにして彼の身柄を拘束した。

 また、エルキュールの正体についても王国民の間では様々な憶測が飛び交っている。人間社会を乗っ取ろうとしている、アマルティアに内通している、隠れて人間を汚染している、など悲観的で猟奇的な想像が後を絶たない現状である。王国騎士団はその真相について究明しようと既に動き出しているようだ。少なくとも七年はミクシリア王国のヌールに住んでいたこと、人間とは別の種族であることは明らかになってはいるが、彼がリーベと敵対しているといった事実や、それを思わせる証拠は一切上がっていない。

 当局はさらなる情報を求め、彼の家族であるという人間を見つけようとしているが、この点に関してはエルキュール本人の非協力的な態度によって調査が難航しているようだった。彼の性格を知るグレンからすれば、家族にこの件を知られたくない故の行動だろうと判断できるが、このことが後の捜査や裁判に影響することを思うと些か悪手であろうことは否めなかった。

 エルキュールを巡る争点はつまり、無辜の民を手に掛けたことへの情状酌量と、彼の正体がもたらす危険性が如何ほどかになるかといったところである。グレンらがすべきことは、マリグノを止めるために手を染めるほかなかったエルキュールを弁護し、彼の人間に対する親和性を強く主張することである。


 また、エルキュールの後を追ったロレッタに対する嫌疑は、水の六霊守護のジェラールの命を奪ったということである。これは正しく事実であるが、マリグノの術によって操られていたということもあり、こちらも酌量の余地があるということになる。むしろ問題なのが、過去にマリグノの実験によって夥しい量の魔素を体内に投与され、その身が只人の域を超えているということ。エルキュールと同じく、その体質がオルレーヌ王国、リーベの住むこの社会にどれだけの不利益をもたらし得るかが疑問視されているという状況だった。


「どちらも似たような感じですね……魔物に対する恐れというものはやはり計り知れないようです」


 膝を突き合わせて話していたグレンとルイスの傍に控えていたイヴが、互いの言葉が尽きたのを見計らって言葉を漏らした。


「イヴ、お前はエルキュールと面識がないみたいだから聞くが……あいつについてどんな印象を持つ?」


「私……? 私の意見が参考になるかは分からないけど……グレンからの話を聞く限り、エルキュールさんは常にこの世界に生きる人間を大切にしていたと思うの。ヌールでの件も、王都の件も、デュランダルに所属してからのことだって。君の話に出てくるエルキュール様はとても酷い扱いを受けていい方はでない、という感じかなぁ?」


「……そうか。お前みたいに考える奴が増えれば裁判の時の空気も少しはよくなってくれるだろうが。感情だけじゃあこの局面は打破できねえ」


「一つ目の問題に関してはやるべきこともはっきりしている。課題となるのはやはりエルキュールの体質、か。しかし本人も全て把握できてないことを、どうやってボクたちがその危険性の無さを証明すればいい? 確かに彼は何年もの間、善良な王国民として過ごしてきたが……それだけではまだ主張するには足りないのだろう?」


「あいつの経歴にはまだ謎があるからな。オルレーヌに亡命する前、確かと家族とエスピリト霊国の村に住んでいたらしいが、そこでアザレアの惨劇に巻き込まれたという情報を騎士団は掴んだらしい」


「アザレアの惨劇……? 私は聞いたことないけど、アザレアって花の名前よね?」


「花の名前であり、地名の名前でもある。八年前に魔獣に襲われて村が丸々一つ滅ぼされたという……まあ、今となっては不思議でもない事件なのだが……。エスピリトに君臨する教皇のお膝元で起こった残虐な事件として、識者の間では度々批判の種として浮上することがある」


「情報が失われていて掴めねえが、百を超える魔物が何か大きな魔力に引き寄せられたのが原因だというのが、現代の一般的な見解だな」


「大きな魔力って……今の話の流れで言ったらそれって」


「エルキュールは魔人に近い種族だからな。コアも身体を作る魔素質も魔力を帯びている。今みたいにそれをコントロールできなかったせいで、アザレアの惨劇が引き起こされたというのがあちら側の考えだな」


「具体的な証拠はないのだが、八年前のその事件にもヒトに紛れて生きる魔人の姿があったそうだ」


 今回の裁判ではエルキュールの罪過はもちろんのこと、その来歴もまた結果を決める重要な要素になってくるだろう。彼がどのようにこの世界で暮らし、何を為してきたか。それを明らかにして見せれば、イヴのように彼を好意的に捉えるものも出てくるはずだ。

 グレンはすっかり冷めてしまった紅茶を一息に飲み干すと、傍らに立つイヴに二杯目を申し付けた。彼女は何故か嫌そうな態度でそれに応じ、二人のやり取りを見ていたルイスが苦笑いを漏らす。


「はい、お待ちどおさまですバカ若様。イヴの真心込めた特性の御紅茶でございます」


「ったく、お前はそろそろ機嫌を直せ。オレが家を空けたことについては前にみんなの前で頭を下げただろ」


「……でも、私は幼馴染だもん。ただのメイドと主人じゃないもの」


 イヴはその豊かな胸を反らして威張ってみせるが、その容貌から表れる威圧感は皆無であった。


「まあいい。話を先に進めるか。今回の裁判は、殿下たちが証言するあいつの罪と、オレたちが主張するあいつの功績を天秤にかけて、民たちに是非を問うというもんだ。やはりヌールで暮らしてきた家族にあたるのが肝心だが、あいつに断りを入れずに会いに行くのはなしだな。恐らくこれに関しては殿下も同じ考えだろう」


「下手にエルキュールの機嫌を損ねれば、彼と敵対するような真似をすれば、この街の存続すら危ぶまれるから……ということか? いくら窮地に追い込まれた彼でも、そこまで無謀なことをするのか?」


「……あいつは。家族を大事に思うがために、家族から離れることを選んだ奴だ。自分の存在が負担にならないよう、アマルティアとの因縁に家族を巻き込まないよう。傍で守り抜く道よりも、遠ざかって関係を断ち切る道を選んだんだ。それをあいつの裁判があるからといって引きずり出そうとしてみろ。きっとあいつはその時こそ、人間を信じる道を捨てるだろう」


 グレンの滔々とした言葉には大いなる説得力が伴っており、場は重く沈むばかりであった。それだけエルキュールと共に旅をした彼の言葉は的を射ており、それは彼がふだん人知れずどれだけ気を遣っているかの証左でもあった。


「あいつを救うためには、手段はよく選ばないといけねえ。……ふう。念のため教会のほうにいったジェナにも共有しておくか。前のめりになりすぎて馬鹿な真似をしないとも限らないしな」


 どこか思案気なルイスとイヴを気遣ったグレンは、そう締めくくるとデュランダル謹製の魔動通信機を手にすると、あの光の魔術師の姿を思い描いたのだった。

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