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黒き魔人のサルバシオン  作者: 鈴谷凌
四章「審判の日~純情の茨姫~」
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四章 第四話「湧き上がる悪意」

 エルキュールたちの様子を確かめに行った帰り道、グレンはブラッドフォード邸の付近にたむろする集団に出くわした。十数人の老若男女で構成されており、めいめい看板を掲げながら叫びをあげている。近づいて聞いてみれば、それは例の件に関する抗議の言葉であった。


「人間の世界に寄生している魔人は打ち首に処せ!」


「裁判なんて悠長なことをしている場合じゃないじゃろう! ブラッドフォードの正義は地に堕ちたのか!」


「イブリス反対! イブリス反対! 八年前のあのアザレア村の悲劇を繰り返すのか!」


 ブロニクスで起こった事件と、エルキュールらが王都に勾留されていることは既に広く知られている。魔人が無辜の民を手に掛けたうえ、その魔人は十年もの間リーベの世界で暮らしていたという事実が、民たちの排斥感情に拍車をかけていたのだ。

 民衆の勢いは止まることを知らず、道路を占拠し、邸宅の塀をも突き破らんあまりであった。見かねたグレンは一つ息を吐くと、その人混みを掻き分けてブラッドフォードの門の前に立った。


「聞け、お前ら! 俺は父ヴォルフガングから紅炎騎士の名代を任されたグレン・ブラッドフォードだ! いまお前らが主張していることの是非はさておき、この騒ぎは多くの近隣住民の迷惑になる! 直ちに解散しろ!」


 燦然と輝く赤毛、無骨な赤黒い衣装。王都を統制する法の代行者、その威容にたじろいだ群衆は一斉に口を閉ざし、悔しげに顔を歪ませた。だがそれも一瞬のことで、威勢を取り戻したある若者らが彼の前に歩み出た。


「グレン卿、今回クロエ殿下が捕らえたという魔人は、我々王国民を騙していたのでしょう? あなたもその一人のはずだ! 人間社会に入り込み、その馬鹿さにほくそ笑みながら、俺たちを一網打尽にする機会をうかがっていたに違いない。なのにどうして黙っていられる? 冷静でいられるんだ!」


「そうだ! 魔物がどれだけの被害を人間に与えてきたか、騎士を志していたグレン卿ならば理解できるでしょう! 人命も土地も、物流も建築も、矜持と栄誉すらも。奴らはこの長い歴史で何度も何度も何度も何度も! 奪いつくしてきた!!」


「……お前らとここで討論を交わすつもりはない。エルキュール・ラングレーの件は既に正当な手続きを経て判決される。そこではもちろん市民の傍聴が許可されている。本当にあいつが悪事を企んでいるという証拠でも持っていけば、少しはお前らの望む結果に近づくだろうな。だからお前らの今すべきはここで騒ぎ立てることじゃない。それとも、紅炎騎士に二度も同じ言葉を吐かせるつもりか――?」


 ひと睨みしたグレンの覇気は相当なもので、今度こそ完全に怯んだ群衆はめいめいその場を去っていった。彼の中立的な発言も功を奏したのだろう。一先ずブラッドフォードの屋敷と近隣住民の平穏を守ったことに胸を撫で下ろしていると、前方の路地から見慣れた顔が近づいてくるのが見えた。


「流石の立ち回りだなグレン。ボクもまだまだ学ぶことばかりのようだ」


「ルイスか。エルキュールたちへの面会は終わったみてえだな。……マクダウェル家の一派はどうだった?」


「そちらと似たような状況さ。何とかボクが抑え込んではいるが……やはり父のように実績があるわけでもない自分には難しい」


「……だがお前はその道を選んだ。大貴族の息子として、そして今となっては当主として。この王都に安寧をもたらすと」


 グレンは知っている。正しき信念には、自ずと力と理想が伴うことを。旅を重ね逃げ惑っていた自分でさえも、結果として因縁を清算することができたのだ。ディアマントとのこと、そしてエルキュールとの出会い。このルイスにおいても、自らがそういう存在になれれば。

 大それた夢想にふと気恥ずかしさを覚えたグレンは強引に話を打ち切ってルイスの肩を叩いてブラッドフォード邸の門にある通信機に手を伸ばした。


「こちらグレンだ。ああ、マルコスか。悪いな、少しうるさくしちまって……ん? いやオレは問題ないが住民の感情は想像通り悪い方へと流れている。ちょうどルイスもいるから親父と――あ? 親父はデュランダルに向かった? 分かった、じゃあティーセットは二人分でいい。頼んだ」


 執事長との通信を終えたグレンは後ろで手持無沙汰にしていたルイスを強引に連れて屋敷へと入っていった。




◆◇◆◇




「お帰りなさいませ、若様。ルイス様もごきげんよう」


 ブロニクスから帰ってきてからまだ一度も本家に戻ってなかったグレンを、屋敷のメイド衆が丁重に出迎えた。多くがグレンの生まれた頃からの付き合いであり、彼が家を飛び出してからもブラッドフォードを支え続けてくれた優秀な者たちである。片手をあげて柔らかに応じていると、この場に似つかわしくない仏頂面のメイドがつかつかと彼のほうへと向かっていく。周りのメイドたちは一様に手で目を覆った。呆れた表情で見守る者もいる。まるで、これから起こる事柄など分かり切っているかのように。


 ぱん、乾いた音が鳴れば。眉間に皺を寄せたメイドが涙目でグレンを見上げていた。

 透き通る白髪と柘榴色の瞳。見目麗しいメイド衆の中でも群を抜いて美しい容姿であるが、この所業はあんまりである。グレンははたかれた頬を軽く摩りながら目の前の少女を宥めようと試みた。


「……おい、イヴ。お前は一体いつになったらメイドらしい所作を身につけてくれるんだ?」


「バカ若様のくせにうるさい。君が次期当主としての振る舞いができないみたいに、私もちょっと出来が悪いだけじゃないの?」


「それを言い始めて何年経ったんだっての。つーか、今回は勝手に家出したわけじゃねえぞ。ブロニクスであんなことがあったから、諸々の用事で家に帰るのが遅れちまっただけでなあ……」


「ふん、そんなの知りません。ルシアン様もロザリン様も寂しがってましたからね、お兄ちゃんとしてもダメダメ若様ですねまったく」


「分かった分かった。あいつらには後で謝っとく。だがそのふざけた態度、お前には何の配慮もいらねえってことでいいな?」


「…………いやっ。私だって心配してたもんっ」


「クク、とてもそうは思えんから信じられねえなー」


「むーーーっ!!」


 その二人の独特の空気にひとりついていけないでいたルイスに、メイドの一人がこっそりと耳打ちする。 


 少女イヴはこのブラッドフォード邸においても最も特殊な存在であること。当主ヴォルフガングの妻アンドレアが経営する孤児院の出身であり、グレンとは生まれたときから共に育ってきたこと。仕事ぶりは優秀だが、グレンに対して並々ならぬ執着を抱いていることなど。

 ルイスがブラッドフォード邸に訪れるのはここ最近になってからだったので、イヴと出くわすのはこれが初めてになる。その強烈な存在感に少し圧倒されながらも、彼はここに連れてこられた目的を思い出して身を乗り出した。


「二人とも、痴話喧嘩はそこまでにしてもらおう。今はエルキュールのことについて話し合わなければだろう?」


「あ……こほん。ルイス様、申し訳ありませんでした。ではそこの朴念仁共々、私がお部屋にご案内しますので、そこでお話を伺います」


「なんでお前も参加することになってるんだぁ?」


「アンドレア様から、今回は君を付きっきりでサポートするよう仰せつかったの。いいじゃない、子供の頃は着替えの面倒まで見てあげた仲なんだから」


「……へいへい、自慢はいいからとっとと仕事してくれ」


 ここまでグレンが為す術ないのも珍しいものだ。後からついて行くルイスは意外な発見に静かにほくそ笑んだんのだった。

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