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黒き魔人のサルバシオン  作者: 鈴谷凌
四章「審判の日~純情の茨姫~」
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四章 第三話「集う星々 後編」

 グレンとジェナが去ったその後、昼下がりの刻。エルキュールらにとっては少々意外な人物が面会に訪れた。白い高貴な装いに短く切り揃えられた金髪。この薄暗い地下牢が光で照らされたかのような錯覚さえ覚える、存在感のある青年であった。

 エルキュールが旅立つきっかけとなったあのヌール・ミクシリア事件の主犯であるマクダウェル家、その長子であり唯一の生き残りであるルイス・マクダウェルは、牢の中の二人を見て沈痛な面持ちをしていた。


「ラングレー……マルティネス嬢も。思ったよりも覇気に満ちていて何よりだ、はは……」


「君とはブロニクスに向かう前に顔を合わせたぶりか。そちらは何やら意気消沈といったところだな。単刀直入に言うなら、俺たちの罪を知って失望したか? それとも、憤慨したのだろうか」


「ボクにはそのどちらの資格もない。ただ貴様らがこうして拘束されているというのに、あれだけ馬鹿な真似をしたボクがのうのうと地上に生きているのが、少し申し訳なくなっただけだ」


「ふうん。あのとき私を偉そうに口説いていた男が随分と殊勝になったものだわ」


「……ぐっ、あれはエリックのせいで記憶と認識が歪ませられていたから……」


「そういえば、妹のアヤを口説いた時はもっと尊大な印象だったな」


「だからその件は済まなかったと再三詫びているのに! 何なんだ貴様らは! せっかく人が心配して来てみれば……」


「そう思ってるんだったら、いい加減その辛気臭い顔と堅苦しい呼び方を改めなさい」


 ぴしゃりと言ってのけたロレッタに観念したのか、ルイスはそれきり弱音を吐かず、ややぎこちない笑みを浮かべて礼を言った。


「エルキュール、ロレッタ。ボクの立場もグレンたちと変わらない。マクダウェル家が魔物の巣窟となった時、付き人であったレイモンドが魔人となってしまった時、ボクは学んだ。ヒトと魔人との違いは、必ずしも善と悪の違いを証明するものではないことを。だから貴様たちが今まで王都のために尽くしてきたことを信じると決めた。辛いだろうが、今は耐えてほしい。必ず貴様たちを民たちに認めさせる」


「ありがとう、ルイス。あんな出会いをした君と俺が理解し合えたのだから、皆ともそうなれると信じている」


 ルイスは「逆に励まされてしまった分は返す」とだけ言い残してその場を去っていった。


 それからしばらく経った夕暮れの刻。牢の入り口付近が俄かに騒ぎ始めたと同時に、思わぬ大物が姿を現した。


「ロレッタしゃん、エルキュールしゃんも。きちんと大人しくしていたと? 守衛しゃんたちと喧嘩してなか?」


「ふむ、ナタリア。そういう無理に場を明るくしようとする言葉は、かえって逆効果となる恐れがあるだろう。私たち騎士団こそが、彼らの身柄をいま拘束しているのだからな」


「うう……ダーリン、ばってん……」


「済まないな。エルキュール、ロレッタ。あまり私たちの顔など見たくないだろうが、どうしても言っておきたいことがあったゆえ」


 甲冑を着込んだ大柄の壮年と、薄桃色の羽が可愛らしい少女の組み合わせ。さながら親子のようにも見えるが、この二人は王国騎士団トップの地位にしておしどり夫婦としても知られるれっきとした傑物である。


「ロベールさん、ナタリアさんも。まさか面会に来るとは思いませんでした。一度は協力した関係ですが、もう俺の正体が知られた以上は、穏やかに会話をすることも叶わないことかと」


「……私は王都を、ひいては王国を守護するべき騎士団の頂点に立つ者なのだ。そなたがいくら一介の旅人として、そしてデュランダルの一員として活躍した実績があったとしても……その身に眠る魔力とかけられた嫌疑について解決するまではこうするほかないのだよ。私の個人的な感情など抜きにしてな」


「ごめんね……二人にはシオンしゃんを助けてくれた恩もあるのに……」


 肩と羽を落として気落ちするナタリア。あの竜人種の騎士の安否はと言えば、ブロニクス事件のいざこざで結局聞けずじまいだったことを思い出し、エルキュールは慌てて身を乗り出した。

 あの夜に語り合い、ブロニクスに到着して以降は別行動だったシオン。魔獣との戦いで大きく傷ついたと聞き、ずっと自らの至らなさを悔いていたのだ。

 そのあまりに真剣な姿勢に、ロベールはどこか可笑しいといった風に笑い、ナタリアも一転して微笑んだ。だがそれは一瞬のことで、彼らはすぐに王国騎士としての厳かな雰囲気を纏わせた。


「シオンのことはクロエ殿下から説明を受けたが、命自体に別状はないとのことだ。そなたたちの魔法の作用も大きかったが、リーベの中で最も再生力の高い竜人種であるゆえに、切断された四肢も時が経てば再生するようだ」


「それより、あなたたちの心配をするべきなのよ? エルキュールしゃんのお仲間たちは違うばってん、王都のみなしゃんの感情はかなり怪しいほうに流れているとです」


「騎士団はあくまでも、市民の排イブリス主義が蔓延しすぎないように君たちの動きをコントロールしなくてはならない。ブラッドフォードでの裁判が始まるまでは一歩もここを出られないと思ってくれたまえ」


 どうやらロベールらの葛藤は大きいようだが、個人的な悪意のようなものは彼らから感じない。シオンの容態も含めひとまず安心を覚えたエルキュールは、隣で考え込んでいるロレッタを見やった。


「……裁判。己の意志で人を殺めた俺はまだしも、ロレッタに関しても厳しい目が向けられているのでしょうか」


「水の六霊守護ジェラール・アルタマール氏の存在は、オルレーヌ王国だけで完結するものではない。六霊教の、全ヴェルトモンドの問題に発展しかねないものだ。その命が奪われたという事実はまだ国内だけに伏せているが、いつまでも隠してはおけないことであろう」


 粛々と語るロベールの言葉に、エルキュールは真剣に考えこんだ。

 ロレッタの家族はもういない。ミクシリア教会に身を寄せていることは知っているが、彼らとどれだけの信頼関係を築き上げているのかは疑問が残る。これまでの彼女は誰も寄せ付けない子狼のような存在だった。今やエルキュールとの間に類まれなる絆が芽生えたが、ここでまたひとりきりになってしまえばせっかく開きかけた彼女の扉が再び閉じられてしまうのではないか。


 この少女は、もう十分すぎるほどに傷つき、地の底を彷徨ってきた。これ以上、暗い道を歩んでほしくない。そして万が一に彼女が陽の照らされた地上に帰ったとしても、その傍にエルキュールがいなかったらどうなるだろうか。彼女はエルキュールのために自らの罪を告白し、この檻にいることを決めたのだ。喪われた彼女の姉に代わってその身を守ると約束したエルキュールには、どうにかして彼女を幸福な未来に導く責任があった。


「……俺たちが為したことは、すべてアマルティアに抗うためのものでした。それ以上の弁明は控えておきます。言い訳をしたいわけではありませんので」


「……そうか。そなたの覚悟は受け取った。もちろん、今回の件を処理するのにアマルティアとひいてはマリグノの起こした暴挙は考慮に入れて話は進むだろう。私は騎士団の長として民たちを守る責任があるゆえ大それたことは言えぬが……どうか気を強く持ってくれ。民たちは、そして私たちは、必ず人道に基づいた審判を下す」


「そうたい! お二人ともしゃんとしてるのよ? ウチたちだって意地悪したいわけじゃなんだから」


 ロベールとナタリアは立場の違いを明確にしながらも、終始エルキュールらの感情に寄り添ってくれた。そのことに感謝しながら別れを告げ、地下牢には再び静寂が訪れた。

 これで今日予定されている面会は全て消化されたようだ。グレン、ジェナ、ルイス、ロベール、ナタリアの五名。デュランダルの面々はエルキュールを擁していた件で各方面から突かれているらしく、クロエ殿下に関しては直接エルキュールを牢にやった負い目があるのかもしれない。この場に現れなかった関係者のことを思うと、やはり心配の情が抑えきれないエルキュールであった。

 そんな風に暫し俯いていると、隣にいるロレッタは呆れたように溜息をついた。


「……貴方ねえ。ほんっとにお人好しが過ぎるわよ!? デュランダルの人たちなんて心配するだけ損みたいなほど優秀な連中なのだし、クロエ殿下に至っては立場でいったら対立関係にあるのよ? 私たちの罪を立証しようとしているのは他ならぬ彼女じゃない」


「そうは言っても思いは止められない。俺のしたことで迷惑をかけたヒトのことなのだから、気にかけずにはいられないだろう?」


「ふん、もういいわよ。そんな貴方だから私や姉さまのことも救ってくれたのだものね。貴方の身の安全は私が何としてでも守るから、せいぜいそこで頭を悩ませてれば?」


「ありがとう、ロレッタ。お言葉に甘えてそうするよ」


 それきりロレッタはぷいと顔を逸らして寝床へと戻っていった。エルキュールはそんな彼女に苦笑しながらも、いまこの瞬間ひとりきりでない現状を有難く噛み締めるのだった。

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