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黒き魔人のサルバシオン  作者: 鈴谷凌
四章「審判の日~純情の茨姫~」
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四章 第二話「集う星々 前編」

 エルキュールらが拘束された翌日、簡単な事情聴取を受けた二人には面会に次ぐ面会が待ち受けていた。


「よお、お二人さんおはよう。意外と晴れやかな表情をしているのを見るに、昨夜はお楽しみみたいだったじゃねえか」


 まず顔を出したのはグレン・ブラッドフォードだった。数人ほどのお供を連れているのはあの紅炎騎士の名代として動いている証拠ゆえだろうか。グレンは彼らを後ろに下がらせると、檻越しにエルキュールらと対面した。


「お楽しみとはどういうことかしら? 一応私から願ったこととはいえ、貴方の証言のおかげで私は今こうしてじめじめした場所に閉じ込められているのだけど?」


「おっと、失礼。でもエルキュールの衣服に水色の長い髪の毛が付いていると、色々と想像できちまってなあ……?」


「う、それは別にいいでしょっ!」


 グレンが言うのは、昨日エルキュールを抱き枕にしながら眠った際に付着したものだろう。ただ添い寝を頼むんだだけのはずが、つい気が緩み過ぎてしまったのだ。

 しかしそれを正直に告白するのは憚られる。ロレッタは強引にでも話題を変えることにした。


「それで? 正義の騎士様が朝早くから罪人ふたりに何の用かしら? この前は私たちのために動くとか言っていたけれど、それでは貴方の立場を悪くするだけじゃない」


「罪人、ねえ……。確かに人殺しは悪だ。それが無辜の命ならなおさらな。お前たちには然るべき罰を受けてもらうってのが、親父たちと話し合って出した結論だ」


「……そうか。もう俺が魔人であることも、ブロニクスの住民を手に掛けたことも、みんな知っているのか……」


 それまで黙していたエルキュールが口を開く。彼のどこか諦観を孕んだ語調に、ロレッタは目を伏せ、グレンは真剣な面持ちで頷いた。


「王都中はその話題で持ちきりだ。お前の属しているデュランダルなんかは随分と忙しそうにしてるぜ」


「…………」


「民衆がこの件にどんな感情を抱いているかはオレの口からは言えねえ。だが、お前はそこまで悲しそうな顔をする必要もねえとオレは思ってる。お前はもう少し、お前が今まで為してきたことを信じてやるべきだ」


「俺が、為してきたこと?」


 自分について問われた時、エルキュールの脳裏に浮かぶのはいつも決まって悪いことばかりだった。魔人としての自分を閉じ込めてきたこと。騙してきたこと。人間たちを羨み嫉妬したこと。そして今回は人を殺したこと。

 そんな自分に当然の報いが下された。ブロニクスで事件をエルキュールはそう見做していたが――。


「またそんな顔をしやがって。おいロレッタ、その馬鹿野郎のことはしっかり側で守ってやれよ? オレやジェナが離れる分、頼れるのはお前だけだ。とにかく外のことは任せろ。悪いようにはならねえからよ」


「……! ええ、もちろん、そのために私はここにいる」


 グレンは片手を上げながら別れを告げると、後ろに控えていたお供を引き連れて地下牢を後にしていった。


 依然として薄暗い地下牢、次に現れたのはジェナ・イルミライト――随分と慌ただしくしている――であった。恐らくはエルキュールらの牢に来るまで他の囚人が下品な視線で彼女を舐めまわすように見ていたからか、この隅まで小走りにやって来たのだろう。彼女のように華奢で可愛らしい容姿をしていれば仕方のない面もあるだろうが、ここまで足労させたことにエルキュールは申し訳ない気持ちになった。


「えっと、その……エル君、ロレッタちゃん。おはよう……今朝は良く眠れた……? ってそんなわけないよね、ごめんなさい……えっと……」


「前もそうだったけど、どうしてジェナがそこまで申し訳なさそうにするのよ。貴方は別に何も悪いことはしてないというのに」


 ロレッタの言葉に、光の魔術師はいよいよ堪えきれずに涙を流した。


「悪いことしたよ! エル君を支えるって誓ったのに! その大切な恩人に手枷をつけるのに協力した! ロレッタちゃんみたいに傍にいる勇気もなかった! 私はあなたたちを裏切ったも同然で……だから、会わせる顔もなくて――!」


 顔を伏せるジェナの姿に、ようやくエルキュールは理解した。この優しき少女に、また要らぬ重圧を押し付けてしまったことを。紡いだ絆は、得てして両者の身を縛る軛となる。家族と出会った頃から分かっていたことだ。人間と魔物が寄り添う果てには、やはり不幸しか待ち受けないのか。希望が霞んでいく心地であった。

 そして他でもないジェナに、純粋に魔法を愛してやまないこの少女に。その力を意思に反して使わせてしまったこと。エルキュールは改めて自らの罪を自覚した。いっそ消えてなくなるべきなのだろうかという考えが脳裏を掠めるが、その逃避が間違っていることはこの短い旅の中で嫌というほど知っていた。

 いくら道を逸れようとも希望を捨ててはいけない。エルキュールは少女に触れられないこの檻を恨めしく思いながらも、せめて明るい言葉を贈ろうと頭を働かせた。


「……ジェナ、どうか顔を上げてくれ。俺は裏切られたなんて思っていない。君が申し訳なく思う気持ちは変わらないのかもしれないが、いつかはこうなる定めだったと俺は思っている。当然だ、今まで家族が俺の存在を隠してきたのを、自ら人間の世界に足を踏み入れて敵と戦うのを選んだからな。最初はジェナ、そしてロレッタ、そして今では多くの者が俺の正体を知ることになった。ぜんぶ俺が招いたことなんだ。君は一つも悪くない。むしろこれまで秘密を守ってくれたことにお礼を言うべきだ」


「……なんで、あなたはいつも、そんなに優しくなれるの? いっそ私のことなんて口悪く詰ってくれればいいのに。あなたにはその権利があるんだよ? 私だけじゃない、殿下やほかの人たちにだって。反対する権利がある。あなたはアマルティアと違っていつも人間のために戦ってきた。ブロニクスの件だって、マリグノを倒すために仕方なく選んだことだって私は信じてるよ? 誰かが負わなくちゃならない責任をたまたまエル君が担っただけで……それが魔人だからって、ヒトじゃないからって理由でこんな仕打ち……私は耐えきれないよ……」


「はは……ロレッタにも同じことを言われたな。自分のために怒れないところが俺の悪いところらしい。でも、俺は恵まれている。グレンがいて、ロレッタがいて、そして君がいる。俺は人間を信じている。家族が一番初めに俺を受け入れてくれた時から。もし君が俺の扱いに不満を抱いてくれるなら、グレンに協力してやってくれると嬉しい」


 エルキュールはヒトを恨まない。それが彼に刻まれた在り方ゆえに。どこまでも純粋な闇に触れて、翳りを帯びていた光も徐々に自らの性を思い出し始めた。

 それまで二人の邪魔にならないよう控えていたロレッタも、今や好機と前に歩み出た。


「ジェナ、私も貴方のことは信じているし、尊敬しているわ。私はエルを受け入れるまで散々彼に酷いことしたけど、貴方は最初から彼のためを思ってきた。そんな貴方をエルが嫌うはずないでしょう? だから前を向いて、貴方が信じることをただ為して」


「ロレッタちゃん……エル君も……ありがとう。本当は私が二人を助けてあげるべきなのに、逆に助けられちゃったね。……うん、こんなんじゃダメ! 私は六霊守護の末裔、光の魔術師だもん。おばあ様たちにも事情を説明して、きちんとエル君たちを弁護できるように頑張るからっ!」


 光輝を灯した少女は、それから時間の許す限りエルキュールらと雑多な会話を交わし、一転晴れやかな表情で地下牢を後にしていった。


 その後エルキュールらに簡単な食事が守衛から提供され、面会の時間はいちどお開きとなる。しかし今、王都の噂の渦中にある二人を訪ねる来客は、これで絶えるはずもないのであった。

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