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黒き魔人のサルバシオン  作者: 鈴谷凌
三章「フェスタ・デル・ヴェント~癒えぬ凍傷~」
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三章 第四話「ひとつ屋根の下」

 ザート・セレの月、10日。

 クロエと四十四人の王国騎士団及びデュランダル特別捜査隊は、ブロニクスへの駐留を開始した。

 大陸を囲む大海の一つトゥール海に面した街には堅牢な港が設けられ、対する陸側には何重もの城壁で防護がなされている。王国中央の王都に次ぐ大都市としての壮健さと、漁業を生業とした交易場としての活気が入り混じる、人気が盛んな地であった。

 その三つの城壁に閉じられた中心街にクロエ殿下が暮らす仮住まいが用意され、護衛の者はその周辺の邸宅に居候させてもらうと事前に取り決められていた。中でもジェナ、エルキュール、グレン、ロレッタの四名はクロエの住むちょうど隣の家へ世話になることになった。

 今回のブロニクス旅行を最後まで推進した彼女たちにとって、それは王女の身を守る絶好の待遇に恵まれたことであるものの、それを置いてなお大きかったことが一つ。

 その厄介になる家というのが、水の聖域を司るアルタマール家の屋敷であることだった。


「あのな! うちは将来、カエルレウムを守護する立派な魔術師になる女なんやで! 名前はミレーヌ! よろしゅうな~!」


 留守にしがちだという家主に代わって、アルタマール家の一人娘が元気溌溂にもてなしてくれたことは深く印象に残った。

 トゥール海に似た紺碧の髪に褐色の肌。首には精霊色に彩られた六霊守護のネックレス。背はジェナよりも一回り小さく、年齢も幼く見えた。

 それでも彼女はアルタマールの広きにわたる屋敷を隅々まで丁寧に案内してくれたのだった。そのやや特徴的な方言で以て。

 此度の護衛期間にも等しい風霊祭は明日より早速はじまる。ジェナたちは湯浴みを済ませると、すぐに宛がわれた部屋で休むことにした。

 けれども。


「はあ、まさかロレッタちゃんだけじゃなくてエル君とも同じ部屋になるだなんて……緊張するな……」


 壁際の隅のベッドで小さく座ったジェナは周囲をぐるりと見回しながらそっと息を零した。

 古風なスタンドライトには魔法による淡い光が宿り、開かれた窓からは潮の香りがする風が運ばれてくる。青系で統一された調度品も相まって、爽やかな安らぎを与えてくれる。しかし、ジェナの目前のベッドに腰掛けたエルキュールの存在だけが、その穏やかなるを吹き飛ばしてしまう。

 ソレイユ村を発って彼と旅してから同じ宿で夜を明かしたことはあれど、相部屋だったことはただの一度もない。それがここに来て。

 意識すると心拍数が上がるのを抑えきれないジェナであった。


「どうしよう~……!」


「どうしよう~……! じゃねえ。オレもいるぞ」


「あ、グレン君。そういえばあなたもいたね」


 斜向かいのベッドで体操に励んでいたグレンがジェナの態度の変調を目ざとく察知し、やや複雑そうな目線を投げかけてくる。その間も脚の曲げ下げと腕の回転を保っているものだから、見てくれがかなり奇天烈になってしまっている。

 エルキュール曰く、この体操はグレンの日課であるらしいが。眺めているだけで暑苦しくなってくる動きに反して、ジェナの頭は急速に冷め始めていた。

 つまるところ、デュランダル捜査隊の四人は押し並べて同じ部屋に入れられただけのことである。

 そもそも隣にはロレッタだっているのだ。はじめから何も期待することはないといえよう。


「みんな、休む前に明日からの動きを確認しよう」


 それまで静かに魔法書を読み込んでいたエルキュールが、ふと顔を上げて告げた。


「水の六霊守護の娘ミレーヌからの話によれば、聖域カエルレウムに入れるのは風霊祭が終わりに近づく頃だという。それまでは当代による祈祷が絶えず捧げられているらしいからな」


 人々が高揚する祭りの時期にはいつだって災いがつきまとう。それゆえ一年に一度の佳節を静穏に過ごせるようにと、代々の六霊守護はその期間の大半を聖域に籠って暮らすという。

 楽しむ民の安全のため、騒ぎすぎて精霊の怒りを買わないため。大切なその役割を邪魔することはジェナたちの本意ではなかった。


「日中祭りに参加されるクロエ殿下の護衛は、騎士団と合同の当番制で行われる。非番の時は祭りを楽しんでもいいとの彼女からのお達しだ」


「へえぇ、あの姫さん。中々分かってるじゃねえか。これはたんまりブロニクスの地酒を楽しむチャンスだな」


「貴方は貴方でブラッドフォード家の騎士を統率しなければならないのでしょう? 酔いつぶれている場合ではないわ」


「お子ちゃまには分からねえか。大人は酒が入ったときにこそ真価を発揮するものだぜ」


「そうなの、エル君?」


「俺に聞かれても困る。……グレン、酒については関知しないがくれぐれも痛飲しないように」


「流石はエルキュール。話が分かってらっしゃる」


「いいのかなぁ、これで」


 口ではそういうものの、ジェナとて風霊祭に参加できることへ内心胸を弾ませていた。

 グレンが好みそうな蒸留酒は嗜まないが、屋台の食べ物や帝国式サウナと呼ばれる熱気浴は兼ねてより楽しみたいと思っていた。

 戦いが続く昨今、英気を養う機会に恵まれていなかったゆえ、エルキュールらにはこれを機に羽を伸ばしてほしかったのだ。

 そして、その他にも特に気になることがある。能天気なグレンを差し置き、ジェナは人知れず二人の方を盗み見た。


 イルミライトの一件により、エルキュールが魔人であるということがジェナとロレッタの両名に露見した。魔物を嫌うロレッタはその件できっと深く傷ついたことだろう。放置しておけば、きっとよくない事が起こる。今はまだ平穏を保っているが、この火薬庫にいつ火がつけられるかは分かったものではない。エルキュールの行く末を照らす者として、この問題は看過できないのだった。


「…………」


 氷塊は解けゆく日を未だ知らない。

 しかし、この水の街で繰り広げられる風の宴の陽気ならば。それも叶うのだろうか。

 薄暗い街並みを窓越しに見つめながらジェナは願いを胸にした。


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