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黒き魔人のサルバシオン  作者: 鈴谷凌
二章「聖域を巡る旅~咲き綻ぶ光輝~」
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二章 第三十九話「虚ろなる幻影」

 少女と魔人の結束と同時刻、聖域アルギュロスにて。


「ヒヒャヒャヒャ! お母サマ、お母サマ、お母サマァ……!」


「……この化物が」


 アメリア・イルミライトの姿をした黒き影の猛攻は、当代六霊守護エヴリンの力を以てしても捌ききれぬ領域にまで達していた。

 それはエヴリンが年老いたからでも、敵の戦術がとりわけ優れているからでもない。

 人智を超えた超常的な産物。偏にその力のためであった。


「聖杖カドゥケウスが、何故アメリア様の影に使役されている……? あれは、やはりあれはただの魔物ではないのか!?」


 エヴリンの傍に控えていたソレイユ戦士団の頭領ヘクターが、魔物の右手に握られた杖に驚愕の表情を見せる。

 聖杖カドゥケウス。古代より光の聖域アルギュロスに封印させられし、精霊ルシエルの遺物であるそれは。六霊守護という役目の要と称してもいいそれが。

 今ではあろうことか、たかがイブリス一人の手に堕ちていたのである。


「王都に出没したディアマントと同じことであろう。何の因果か、イブリスは精霊の遺物との親和性が高い。それに彼奴は、我が娘アメリアをオリジナルとした魔物だ。ウィルフリッドの魔法が完全ではなかったゆえに、知能までは模倣できなかったようだがな」


 防壁魔法で光弾を防ぎつつ、エヴリンは苦しげな表情ながらも分析を試みる。

 こちらには手負いのエヴリンの他に、あちこちを駆けずり回った疲労困憊のヘクターが一人。

 彼の魔法適性が低いことを考慮すると、これ以上戦闘を継続するのは恐らく厳しい。

 数年前、獅子魔獣マルティコアスを封じた時には思いもしなかったことだが。

 あのアメリアの姿をした魔物は、元となった肉体に刻まれた本能からアルギュロスの魔素と共鳴し、カドゥケウスを使役するまでに至ったのだろう。

 元々高い魔力を有するイブリスと、精霊の魔力の残滓たる遺物の合体。これはエヴリンにとっても完全に誤算であった。


「あのバカ息子め……とんでもない置き土産を残してくれたものよ」


「エヴリン様、奴が身に纏うオーラがあまりに堅牢なためか、私の槍もまるで効きません。ここは、一時撤退を――」


「ならん! 周辺の魔素異常の原因も、この地でのアマルティアの暗躍も、民に知られぬうちに対処する所存! 暗雲垂れこめるこの世に、これ以上の不穏分子をばら撒く訳にはいかぬだろう!」


 このエヴリンは、間違いなく大陸に六つある六霊守護の中でも質実さに秀でた人物であった。

 だからこそ、齢七十の身にありながら欠かさず鍛錬に励み、後継者であるジェナを災厄から守る余裕すら捻出できたのだ。

 だが、如何なる巨木であろうとも。寒風が吹き荒べば葉は散り、栄養が尽きれば朽ち果てよう。

 立て続けに到来したアマルティアやデュランダルの介入、そして聖域内で膨らみ続ける邪悪が。鞭を打って働き続けたこの老体を蝕まないはずがなかったのだ。


「この命も、やがては尽きる時が来る。そして、後世に芽生える種は既に撒いておる……どうせ散りゆく定めなら。この秘密、最後まで守り通して見せよう」


「エヴリン様……」


 主の覚悟を感じ取ったヘクターも、決意を固め槍を握りしめた。

 己の主義に、村の安寧に、国の存続に、自らを捧げんとするその姿勢が堪らなく眩しい。


「――お供します」


「ふん、足手まといになってくれるなよ。ヘクター」


 並び立つ戦士に、憮然と返すエヴリン。

 もう手加減はしていられない。

 魔物が携える遺物をも砕く勢いでなければ、志半ばで息絶えてしまうだろう。


「ヒヒ、お母サマ……ヘクター……見テ、この魔力。ワタシコソ、六霊守護ノ役目ニ相応シイデショウ?」


「戯言を。直ぐに眠らせてやる」


 互いに臨戦態勢をとる両者。

 聖域内は未曽有の災禍に包まれようとした、その時だった。


「――御託は十分吐き出したか? ならばこの悲劇にも、そろそろ幕を下ろすとしよう」


 エヴリンらと魔物を隔てる殺意に満ちた空間に、突如として暗黒が顔を覗かせた。

 全てを吞み込まんとする黒は円状に広がり、やがてそこから二つの人影が姿を現す。

 一つは、亜麻色の髪の少女。絶望に喘ぎ、一度はこの戦域から逃げ帰った魔術師。

 そしてもう一つは。この場にあってはならない異分子にして、底知れないほどの魔法の才を備えた黒衣の青年。

 どちらも、エヴリン自らが遠ざけた者たちであった。

 想定外の連続にエヴリンらが言葉を発せずにいる中、アメリアを象った魔物が嬉々とした表情で歓声を上げた。


「アア、アア……会イタカッタワ、ジェナ……! ソレニ、ウィル……アナタマデ来テクレルナンテ」


「エル君と父さんは違うから。マルティコアス」


 青年に並び立つ光の魔術師、ジェナが厳しい目つきで魔物と相対する。


「さっき私が無様を晒したのは、あなたに少しでも母さんの意識が残っていると夢見てたから、ただそれだけの理由。でも、私はもう迷わない。今すぐに精霊様の遺物を返してもらうし、美しかった過去をこれ以上汚させはしないんだから……!」


 携えた杖を突き出し啖呵を切るジェナ。

 傍らで佇むエルキュールは、なおも状況を把握できていないエヴリンらに首だけで振り返って告げる。


「ヘクター、約束は守った。後の処理は俺たちに任せてくれ」


「エルキュール・ラングレー、いったいお主は何を……否、待て。ヘクターと言ったか?」


「申し訳ありません、エヴリン様。彼を軟禁していた洞窟が、偶々禁書庫に繋がっておりまして」


「……ちっ。聖域に入る前、どこかで結界が破られたのを感知したのは、そういうことだったか。よくも謀ってくれたな、ヘクター」


「……これもソレイユの未来の為にと愚考した次第であります。ここを無事に切り抜けた後、如何なる処罰も甘んじて受け入れましょう」


 依然として苦い顔のエヴリン。

 二人の諍いに、エルキュールは興味無さげに視線を戻すと、転移魔法からハルバードを取り出した。


「俺も所詮は他所人。内輪揉めに介入するつもりはない。だがアマルティアや精霊の遺物の一件は、全ヴェルトモンドに影響を及ぼす恐れがある問題だ。旧態依然とした考え方は結構だが、デュランダルに属する者として、イブリスの謎を追う者として……あの魔物を見過ごすわけにはいかないんだ」


 重く、刻みつけるように言い放ち。一歩、また一歩とエルキュールは魔物との距離を詰める。


「アア……ウィル、オ願イ……切ナイノ、サッキカラ魔力ガ足リナイノ……! アナタナラ、コノ疼キヲ止メラレル……?」


「なるほど。あなたには俺がそう映るのか。彼も俺と同じく闇魔法の使い手だったらしいが」


「ふんっ、エル君は私の先生なんだから。あなたみたいに人の母親の姿を勝手に真似る、性格の悪い魔物にはあげないよ!」


「それはそれでどうなんだ、ジェナ……ふぅ、まあいい。これは君の呪縛を解く為の闘いでもある。俺も全力を尽くす。だから――」


「うん。絶対に勝とうね、エル君!」


 二人の闘志に呼応して、周囲には光闇(こうあん)の魔素が渦巻く。

 尋常ではない魔力の奔流。それは罪深き被造物を葬り去るための序曲であった。


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