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黒き魔人のサルバシオン  作者: 鈴谷凌
二章「聖域を巡る旅~咲き綻ぶ光輝~」
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二章 第三十四話「獅子魔獣マルティコアス」

 グレンとミルドレッドの邂逅と同時刻。ルミナス山頂部にて。

 聖域アルギュロスに封じられた魔獣を討伐すべく、六霊守護エヴリンと

その孫娘であるジェナは聖域入り口にある結界を前にしていた。


「この先がアルギュロス……ルシエル様の魂が眠る場所……」


「そして今となっては邪悪なる輩が棲みつく巣窟でもある」


 相も変わらず敬虔さの感じられないエヴリンに反抗心を覚えるジェナではあったが、これまでのやり取りからして徒労に終わることは分かり切っていた。

 沈黙を貫き、祖母が結界を解除するさまを見つめる。

 祭服の袖から皺の刻まれた腕を伸ばし、結合した光の魔素を解くエヴリン。

 ふと、その顔が驚きの表情に変わり始めた。


「どうかしましたか? まさか、聖域内に問題が?」


「……否。一つ、このルミナス山に巨大な魔力反応を感じたのじゃが……」


「この地にはアマルティアのミルドレッドが潜伏しているのでしょう。あちらにも動きがあったのでは?」


「もしくは……ふん、まあよい」


 今一つ煮え切らない態度とは裏腹に、エヴリンは淀みなく結界の解除作業を終えた。

 彼女の千里眼が何を察知したのか気になる部分はあるが、もはや今のジェナにとってはどうあってもよいことだった。

 ただこの奥に封じられた魔獣を討つことだけが、六霊守護の後継として果たせる唯一の責務なのだ。

 一つ深呼吸をするジェナに、エヴリンは硬い顔のまま告げる。


「この奥に居るのは獅子魔獣マルティコアス――其方の肉親の成れの果てとも呼べる存在じゃ」


「ええ、存じています」


「それが如何なる様相を呈していても、其方は戦えるか?」


「はい。今は日中ですし、聖域内にも光の魔素は充満しているでしょうから」


「……そう云うことではないわ」


 さながら儀式のようであった問答に、冷たい声色のエヴリンが水を差した。その眼差しは鷹の目の如く鋭く、ジェナの身体に突き刺さる。


「ジェナ・イルミライト。其方はこれより正式に我の後継となった身だ。我が隠そうとした秘密をも共有し、精霊の寝所ともされる聖域に踏み入るからには、無様な姿を晒してくれるな」


「心構えはできております。今まで熟してきた修練の旅は、決して無意味なものではありませんでした」


「……その心を信じよう、ジェナ。今こそ共にソレイユを脅かす魔を滅する時なり」


 元より祖母と同じ六霊守護の祭服に袖を通すことになってから、己の自由という自由を一切捨て去る覚悟であった。

 エルキュールやグレンと過ごした王都までの旅も、ロレッタと語り合った王都での日々も。

 全ては過去のものであり、ジェナの胸の内にのみ在るべきもの。


 昔日に別れを告げて、ジェナは先を行く祖母の背を追った。




◇◆◇




 イルミライトの生まれにして、ジェナはこれまで聖域の内部構造については全くと言っていいほどの無知であった。

 そもそも聖域に関わる情報というのはほとんどが秘匿であり、六霊守護とその側近のエヴリンとドウェイン、ソレイユ戦士団筆頭のヘクターといった村の中心にいる人物にしか知られていないためである。

 聖域への立ち入りを許された資格ある者とは、その身を精霊と責務に捧げる覚悟がある者であり、この狭い社会で生涯を生きることを自ら運命づける者でもある。

 言うなれば、今この時を以てして。ジェナは己の運命を責務という鎖で縛り付けたようなものであった。


「ここが、アルギュロス……ヴェルトモンド大陸に六つあるうちの、光を司る聖域……」


 ジェナの目の前の景色は、無骨な岩壁が織りなす山脈のそれとは打って変わり、整然とした柱と宮殿が立ち並ぶ古代遺跡の様を映していた。

 全大陸で最も天に近い場所に建てられた遺跡は、ひと際眩い陽光に照らされ輝いて見える。

 多くの人にとって絶景と称される場所だろうが、今の彼女からすれば心が弾むべくもない。

 静謐(せいひつ)なる(ちゅう)は神聖さを、立ち並ぶ精霊の墓石群は荘厳さを感じさせ、この地が間違いなく秘所であることを痛切に訴えていた。

 そして――。


「見るがいい、あれこそが……」


 白皙の回廊を抜けて広場の方を指すエヴリン。一段高い所に設えられた祭壇の上に、それはいた。


「あ……」


 獅子魔獣マルティコアス。

 祭壇を囲む四方の柱に括りつけられた魔素質の鎖に縛られ、今はぴくりとも動きを見せないが。

 魔素感覚に鋭いジェナにははっきりと感じられたのだ。その魔獣の内包せし膨大な魔力と、それが放たれた際に及ぼす危険性を。


 回廊から伸びる階段を下って広場に降りてみれば、その巨体に益々脅かされる。

 寝そべっているとは思えないほどの迫力。全身は白銀に輝く魔素質で覆われ、四の足はこの世のどんな生物よりも太く頑健に見える。

 そして何よりも異質なのは。


「……母、さま……」


 虹色の光沢を帯びる毛並みが目を引く頭部の、さらに上の方。つまりは額の部分に。

 上半身が剥き出しの状態で埋め込まれた人間の姿があった。

 黒ずんだ肌にはひびが入り何とも痛ましい姿を見せるものの、その容貌は間違いなく、ジェナの母親にして、本来の次期六霊守護になるはずだったアメリア・イルミライトに違いなかった。

 かつての憧れの存在が、ソレイユに害をもたらす魔獣の添え物の如く扱われている様に、ジェナは一瞬、固めた決意が揺らぎかけるのを感じてしまう。


「確と見よ、ジェナ。あれこそ其方の父親が成した業、アルクロットの地に眠る災厄なのだ。聖域に宿る精霊の加護と我の封印術を以てして、今日まで辛うじて平和は保たれてきたが、アマルティアなる輩まで現れてしまってはいよいよ放置もできん」


 滔々と語られる言葉に、ジェナは眉間に皺を寄せた。

 母と同じく慕っていた父の罪と、これまで真相から彼女を遠ざけてきたエヴリンの真意。

 そして旅を経て少なからず成長したジェナの存在こそが、災禍を未然に防ぐ切り札になり得ることを、いま一度深く感じ入る。


「ジェナ、其方は今や我に次ぐ力を持つ魔術師となった。その力があれば秘密裏に事を済ませることが出来よう」


「はい、全て承知しています。ルシエル様と、主が遺した聖杖(せいじょう)カドゥケウスを守る私たちの責務のために。ロカ・オーロの悲劇を二度と繰り返さないために」


「……ああ。其方には手間を掛けるな」


 珍しく寂しげな微笑を浮かべたエヴリンは魔獣の方に振り返ると、一転険しい表情で杖を手に取り、封印解除の詠唱を始めた。

 ジェナが固唾を飲んで見守る中、徐々に、徐々に魔獣を縛る光の鎖が粒子状に解けていき――。


「ウゴォォォーー……!」


 地響きにも似た低い雄叫びを上げ、全ての元凶は覚醒を始める。

 ソレイユでひた隠しにされてきた物語も、終幕の時を迎えようとしていた。

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