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黒き魔人のサルバシオン  作者: 鈴谷凌
二章「聖域を巡る旅~咲き綻ぶ光輝~」
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二章 第二十二話「悩める者たち」

 翌日のセレの月21日。


 エルキュールが実質的なリーダーを努めるデュランダル特別捜査隊は、アルクロット山脈への移動を再開した。

 魔素異常が魔獣を引き寄せるという危機を身をもって体感した以上、歩を緩めることなどできるはずもない。エルキュールも一刻も早く駆け付けたい心持ちであったが――。


『やはりナタリアさんに同行を願えないのは厳しいです』


『エルキュールしゃん、しょーことなしことばい。ここサノワで一般人に危害が及ぶ状況になったからには、騎士団に属するウチが残るのが最適たい』


『……アルクロットにあるソレイユ村にも、守るべき民たちはいるはずでは?』


 こうして食い下がっても決定が覆ることはない。

 エルキュールとてそれは理解していたが、絶えず浮かない表情をしているジェナを慮っての進言であった。


『……ごめんねぇ』


 ナタリアは、彼の気遣いを察してか、困ったような笑みを浮かべて曖昧に言葉を濁すのみに留めた。

 それだけが、エルキュールに対して示せる最低限の同意だった。



「――くん! エル君!」


「……!」


 ふと、鈴が転がるような音が耳元で聞こえ、エルキュールは目を見張った。

 視線を辿ると、白のケープコート。さらに上には亜麻色の髪。そこまでしてようやく、心配そうに眉を歪めてこちらを見やるジェナの姿を認めることができた。


 その傍らにはグレンとロレッタもいる。

 今はこの四人でアルクロットの山麓を目指している途中であった。

 どうやら無意識のうちにまた過去に注意が行ってしまったようだ。それも俯くほどに。


 意識を切り替えるように息を鋭く吐いてみせ、エルキュールはこれまでの会話の内容を思い出す。


「ああ……徒歩かゲートによる移動か、どちらかを選ぶという話だったな。俺としてはこのままゲートを使っても問題はないと思うが」


「……本当に? でもエル君、今朝からずっと魔法を放出しているよね? もう日も高くなってるから、闇の魔素を使役するのも辛いはずだよ」


「それは」


 ジェナからすると不思議なはずだろう。

 外気に含まれる闇の魔素は、日中になるとほとんど活性を失う。当然ながら闇の魔素に基づいた転移魔法も、それに従って放出しづらくなる。

 時間の制約を避けられないというのは闇魔法と光魔法の弱点であり、それを熟知しているジェナの指摘も尤もなことなのだが。


 それはあくまで、ヒトにのみ当てはめられるべき理論。体内にある魔素を魔法の放出に充てられる魔人には通用しないことであった。

 特にエルキュールに関しては魔素を操るための魔素感覚にも優れている。ここまでの消耗も、然したる問題ではない。


 ただ唯一エルキュールに問題があるとすれば、その不都合の無さをはっきりと明言することができない点にあった。


「……なあ。もしかしてお前、焦ってんのか?」


 割って入ってきたグレン。その語調は、珍しく相手を窘める意図を含んでいる。


「そりゃ、ナタリアが街に残ったのはオレも気に食わねえよ。六霊守護の管轄に押し入って後々揉めるくらいなら、いま分かってる被害の収集に努める。その判断はある意味で正しいが、根本の解決にはならねえ後ろ向きな態度ともいえる」


「……そう、そうなんだ。それにいくら有能な統治者がいたとしても万が一ということもある。事が起こるのに間に合わないくらいならば、ここは……」


 各地の聖域を司る六霊守護は、それぞれの国に拠点を置く一方で、本来は六霊教という一大宗教団体に属する身分でもある。

 精霊に関する秘を守るという点でも、保守的で閉鎖的な態度をとりがちで、各国の権力とも距離を置く性質があった。

 その六霊守護が治める地と、正真正銘の王国の領土であるサノワ。国に仕える役人としてどちらか一つを優先しなければならないのならば、答えは必然だった。


 故に、ナタリアの選択は尊重されるべき。それは良いとしてだ。

 エルキュールには先を急ぐだけの理由と能力があるのだが、それを無理に行使することはこの場面ではやはり不自然なのだろう。


「それで? 間に合ったとして、消耗を重ねた貴方はどうなるの? そこが魔獣の巣窟だったら? 貴方は何も成せないばかりか、私たちの足を引っ張る無能へと成り下がるのだけれど?」


 厳しく、冷たい言。ロレッタの指摘に、エルキュールはいよいよ反論の言葉を失う。

 いくらナタリアやセルジュの決定に対し内心で反感を示したとしても、エルキュールのほうがよほど自身の立場というものに縛られているのは明白で。


「……馬鹿らしいな、俺は」


 結局は自らの信じる理念を飲み込んで、人との関係をこれ以上壊してしまうことを恐れ、保身を優先している自分に嫌気がさした。


 エルキュールが折れたことで、一行の方針は固まった。

 少なくとも今日の道のりは徒歩だけで進むことになるだろう。

 それからはエルキュールにとって無理のないと思われるペースで、魔法も併用しつつアルクロットを目指す。

 順調に行けば二日、悪ければ一週間はかかる計算だ。


「……よっしゃ。つーことなら、前衛はオレとロレッタで引き受ける。ジェナはエルキュールと一緒に後ろを警戒しながら付いてきてくれ」


「はあ、まったく。貴方と意見が合うのは気味が悪いわ」


「んだよ、口の減らねえ。黙って足と手を動かしてろってんだ」


 相変わらず仲が良いのか悪いのか分からぬ会話を繰り広げ、グレンらは先を歩き始めた。

 ジェナがエルキュールの隣に並ぶ。


「……じゃあ、行こっか」


「……そうだな」


 慰めるようなジェナの笑顔が却って辛い。エルキュールは彼女と目も合わせずに歩き出した。

 作戦中、せめて他の者に迷惑がかからないよう大人しくしていようとエルキュールは思っていたが、彼の意思に反してジェナは雄弁であった。


「ねぇねぇ、グレン君とロレッタちゃんだけどさ。なんであんなにお互い意識してるんだろうね?」


 魔獣の気配に注意しつつ、このように時おり話を振ってくる。

 数回まではエルキュールもなあなあに返事をしていたが、二桁を超えた記念すべきこの話題には、気落ちしていた彼もついに会話に乗ってやることにした。


「さあ、相性が悪いんじゃないか? 二人とも決して口が良い方ではないからな。お互いにそれが気に食わないのだろう」


「そうかなぁ? 確かにグレン君はいつも通りだけど、ロレッタちゃんって普段はあんなに人に対して突っかかるような子には見えないっていうか」


「ああ……」


 それについては的を射ているように思えた。ロレッタの性格なら、気に入らないことに悪意を示しながらも、それに執着し続けることは考えづらい。


「彼女が嫌いつつも異常に執着を見せているのは、それこそ魔獣くらいのものだ」


「グレン君、実は魔獣だった?」


「……まさか」


 ジェナの冗談に、「俺こそが魔獣だ」などという洒落にならない冗談が浮かぶ。

 エルキュールは自身の胸にあるコアが疼くのを抑えつつ、これ以上この話題が続かないよう敢えて自分から話を振るようにした。


「先ほどから随分と饒舌だが、やはり落ち着かないのか?」


 その問いに、ジェナは急に口を閉ざした。

 沈黙。居心地は良くなかったが、空元気を見続けるほどではなかった。エルキュールはあくまでも冷静に、ジェナの不安に寄り添うことにした。


「この先に進むこと。そして、現実を目にすることも……俺にもある程度理解できることではあるが」


「……もしかして。エル君が急いでいたのって、私のためだったりする?」


「必ずしもそうではないが、そういう側面も無きにしも非ず、だな」


「ふふ、何それ。そんなに照れなくてもいいんだよ?」


 実害を被るソレイユ村とジェナの家族を考えてのことが大きな理由ではあったが。


「――とにかく」


 エルキュールは特別否定する気もなかった。


「俺のせいで君たちには焦れったい気持ちにさせているだろう。けれど、俺とて二度と過ちを犯すつもりはない。そのために君たちと共にここまでやって来たのだから」


 世界情勢を考えると、アルクロットの魔素異常にアマルティアが関わっている可能性は決して低くはない。

 最初のヌールではエルキュールを。次のミクシリアでは王国の中枢を。そして今回の件では、恐らく精霊や六霊守護にまつわる何かを狙っているのだろう。


「これ以上、彼らの好き勝手にさせたくない。これ以上、魔獣で苦しむ人を見たくはないんだ……」


「エル君……」


「不安に感じるのは当然だとして、君の協力は事件解決に必要だ。だからどうか、心を強く持ってほしい。そのために何か必要だというのなら、俺たちはいくらでも力になろう」


 前を歩く二人を見ながら告げる。

 グレンもロレッタも、これにはきっと概ね同意見のはずだろう。


「……うん、そうだよね」


 今まで曇りがちだったジェナの表情が綻ぶ。


「私もいい加減、私の役割を果たさなくちゃ。たとえ完璧じゃなくても、舞台に上がらないと」


 それから低い声で呟くと、両手に抱えた杖を強く握りしめた。六霊守護の一族を象徴するそれは、落ち始めていた陽の光を浴びて燦然と輝いている。


「あの二人、少しは吹っ切れたようだな」


 二人から少し離れて歩いていたグレンは、隣で魔獣に警戒していたロレッタに話しかけた。


「そうね。別に心情はどうあれ、真面目に戦ってくれるなら何でも構わないけど」


「……流石に今のは、オレでもわざとだって分かったぜ? 相変わらず意地を張るのが好きだな、お前は」


「……ふん」


 苛立たしげに視線を切るロレッタ。しかしその口の端は微かに吊り上がっていて。


「ったく、どいつもこいつも。家の外でも弟妹の面倒を見てるようで参るねぇ」


 若干近くなった山並みを見据えながら、グレンは世話の焼ける仲間に苦笑を浮かべた。



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