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黒き魔人のサルバシオン  作者: 鈴谷凌
二章「聖域を巡る旅~咲き綻ぶ光輝~」
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二章 第二十一話「果たすべき役割」

 宿場町であるサノワの興りは、ミクシリアとアルクロットを繋ぐための中継地点にある。

 その機能上、街路の作りはとても単純なものであり、休憩のための施設も数多く点在している。

 故に突然の襲撃で傷を負った者や家屋には直ぐに万全の処遇が敷かれ、混乱していた住民たちも今では幾分気を取り直していた。

 救援に駆け付けたエルキュールら一行は街に大事がなかったことを大いに喜ぶとともに、管理者であるセルジュからの要請を受け、街の中央に位置する騎士宿舎に集まる運びとなった。


「――俺はサノワ騎士隊長セルジュ・シャンピオンだ。まずはこの場を借りて、今回の救援について礼を述べさせてもらおう。本当に、本当に助かった」


 騎士宿舎一階の応接室。長テーブルを囲むようにして座ったエルキュールらを順繰りに見つめてから、セルジュは仰々しく口火を切った。

 副官のピエールもそれに続く。彼と、セルジュとに見てとれるのは、感謝の他に、忸怩の念。

 自分たちの力のみで困難を退けられなかったことに無力感を感じているのだろうと、エルキュールは同情を禁じ得なかった。


「さて、愚痴はさておき。お前たちの目的は分かっている。この先のアルクロット山脈に用があるというのなら、俺としても渡りに船だ。あそこと急に連絡が取れなくなったのは俺も奇妙に思っていたことではある」


「今回の襲撃状況を見て、原因は恐らく、あの白い靄でしょう。靄に含まれる高濃度の魔素が、通信のための魔法を妨げているのです。厄介な事象ではありますが……フローレス特別補佐官とラングレー殿一行は、どうやらこの問題を解決する術を持っているようですね」


 気を取り直して説明するピエールが指しているのは、もちろんサノワ襲撃事件の終幕の件だろう。

 エルキュールらは各地で魔獣を撃退しただけでなく、敵を引き付けていた靄をも消してみせたのだ。

 通りすがりの身分でありながら素晴らしい機転だったと、サノワ騎士からの賞賛の視線が送られるが――。


「おーきに、ばってんそれは……」


「ええ……」


 ナタリア、エルキュール両名はどうにも決まりが悪い様子。それというのも、靄の消失に関しては、彼らもその具体的な方法までは理解していなかったのである。

 それに賞賛は功労者にのみ相応しい。エルキュールは隣に腰掛けるジェナを見やった。

 彼女が改めてこの場で説明してくれれば、サノワの今後の対策という点や、エルキュールらの目的を果たすという点でも、大きな意味を持つことだろう。


「…………」


 が、当の本人と言えば。エルキュールからの合図にも気づかず、心ここにあらずといった表情で机上を見つめていて。

 周囲が不自然に静かになってようやく失態に気づくと、慌ててセルジュらのほうに向き直った。


「あ、す、すみませんっ! えーと、あの魔素についてですよね――」


「……?」


 危うく立ち上がってしまう勢いで肩を震わせたジェナに、エルキュールをはじめグレンらも怪訝な表情を見せる。

 だが次の瞬間には既に彼女も語りだしていたため、それ以上の追求は生憎かなわなかったが。


「あの靄に含まれていた魔素がどこから来たのか、直接目にした今では心当たりがあります。あれは聖域の……アルギュロスの内部に満ちている魔素に、間違いないと思います」


「なんだと!? アルクロットの聖域にある魔素がどうしてここまで……」


 他のものも、概ねセルジュと似た反応だった。

 加えて一つだけ疑問をあげるとすれば。


「ジェナ。なぜ君にはあの靄の由来が分かった? もしかして、君があれを解決できたことに関係しているのか?」


「エルキュール、それってつまり……」


 王都を発つ前、ジェナからアルクロットの異常と彼女の家系について詳しく聞かされていたからだろう。エルキュールとロレッタは他のものよりも話の呑み込みが早かった。


「うん。セルジュさん達にも改めて自己紹介しますね。私の出身は光の精霊ルシエル様に仕えてきた一族、ソレイユ村のイルミライト家になります。聖域アルギュロスと中に奉納されてある遺物を守るため、私も小さい頃からそのための教育を受けてきました」


 あどけないジェナの顔立ちが深刻な表情をつくる。その声の響きには、えもいわれぬ圧が込められていた。

 きっと、恐らくは。エルキュールはミクシリア教会で触れた古の時代に思いを馳せる。古くから続く血脈と責任の連鎖が、六霊守護の歴史に係わっているからだろうと。


「聖域は、かつて大精霊様が眠りにつかれた場所。なので本来は、人が近づけないほどの魔素が内部を満たしているのですが……」


「……ふん、なるほどな。六霊守護に連なるものは、その活動のために魔素を中和する方法を持っていると。そういうことだな?」


 奥に座るセルジュが、重い声でジェナの言葉の真意を継いだ。あの靄が聖域と関係しているからこそ、彼女は事件を解決に導くことができた。

 そこまでは、誰にとっても理解のできること。そう、そこまでは。


「しかし問題は、先ほど俺が漏らした方の問いだ。六霊守護の娘よ、なぜアルクロットにある魔素がこのサノワの地にまで影響を及ぼす? こんな異常事態は未だかつてなかったことだぞ?」


 厳しい視線が向けられる。

 疑問の形式ではあったが、セルジュは事の原因を概ね予想できているらしい。そしてきっとそれは、エルキュールの推論とも合致している。

 言い淀むジェナの姿を心苦しく思いながらも、エルキュールは彼女の言葉を待ち続けた。


 やがて、息の詰まるような時間が暫く過ぎて。


「……あの魔素は、六霊守護の管理下にある聖域から漏れ出た……それが間違いじゃなかったとしたら。原因は私たちイルミライトにある、ということになります……」


 無理やり吐き出すかのように出た言葉。否、これでは周りが吐き出させたようなものだ。

 エルキュールは居たたまれない感情に駆られた。

 と、同時に気づく。ジェナがこの会議においてあまり積極的でなかった理由だ。

 自分が属する家が災厄の遠因となった。その事実を認めざるを得なかった時の、身体が蝕まれるような痛みを、エルキュールもまた知っていた。


「……けどよ、連絡が取れない以上は確証もねえってことだろ? これ以上ここで話すよりは、とっととアルクロットに行ったほうがいいと思うんだがな、オレは」


「あら、珍しく意見が合うわね。魔獣の危険が去ったのなら、未来の話をしたほうが互いにとって建設的でしょう?」


 ジェナを庇うような二人の言葉。あるいはセルジュに対する牽制か。

 そのような意を明確に感じたのだろう、セルジュはこれまでの毅然とした態度から一転、磊落な笑みを見せた。


「若いな、だが情に厚いその美徳には俺も賞賛を送ろう」


 破顔するセルジュ、その顔に刻まれた幾つもの古傷がやけに印象的に映った。


「俺も別にお前を責めるつもりはない、イルミライトの娘。俺が文句を言いたいのは、いつも高みでふんぞり返っているあのいけ好かないご老人どもの方だ」


「ですが、私も祖父母も同じ六霊守護で、だから責任も――」


「ふん、それは違うな」


 またしても場の空気が悪くなりかけたと思ったが、事態は異なる様相を呈した。


「功績者たるお前に老婆心ながら助言させてもらおう。いいか、未来の事はさておき、今のお前とあの老骨は違う。違う役割を持った人間なのだ」


 思いのほか、励ますような口ぶり。

 しんと静まり返る応接室に、セルジュの声だけが響く。


「お前はイルミライトの人間にも拘わらず、今はこうして故郷を離れ、デュランダルの隊員としてサノワの地にいる。それは当代の六霊守護であるエヴリン・イルミライトが定めた掟から始まったことであり、その時点でお前は、聖域に関する一切の責任を負う必要もないということだ」


「……随分詳しいんですね」


「なに。俺はサノワを、あいつらは聖域を、長年守り続けている者同士だ。多少は通じている部分もある。それ故の忠言だったが、今度こそ不快にさせてしまったのなら謝ろう」


「……いいえ。元はと言えば、私が頼りないのがいけないことですから」


 憂いを帯びたジェナの言葉を最後に会話を途切れた。

 結局、エルキュールからすると要領を得ない話だったが。一つ確かなことは、セルジュの考えはジェナに届かなかったということだろう。


 その後は、この妙な沈黙を忘れるように各々が建設的な意見を出し合い、夜が更けるのを待ってからアルクロット調査任務を再開することで合意となった。

 ただし、サノワの騎士衆の疲弊と住民の心情を考え、王国騎士団であるナタリアを残すことが決められ、アルクロット行きはデュランダル特別捜査隊四名のみで果たすことに。


「……よし、こんなものか。急な召集で悪かったが、今日のところはこれで解散だ。客人はこの騎士宿舎の空き部屋を提供しよう。各自十分に休んでくれ」


 セルジュの合図で場は散開した。

 凛としたロレッタが、眠たげなグレンが、やはり気落ちした様子のジェナが、それぞれ席を立つ。

 ナタリアはサノワの騎士との提携を再度確認するといって、副官のピエールを連れだって外へ。

 やがて応接室には、エルキュールとセルジュのみが残された。


「この状況を待っていたのか、ラングレー?」


 この期に及んで悠長に腰掛けているということは、そういうことだろう。その言葉を合意と受け取り、エルキュールは彼の向かいに座りなおした。


「少しだけ、個人的に確認しておきたいことがあったので」


「ほう? 言ってみろ」


 不敵な笑みに、見定める視線。

 熱血一辺倒ではない彼の思慮深さを感じさせるが、しかしプライベートな時間だからか態度そのものは柔らかくはあった。


「あなたがジェナに告げたこと、あの言葉の意図を知りたい」


 あの会議の中程、六霊守護の失態が議題に上がった時のことだ。

 自身を責めるジェナに、セルジュは言った。


「ジェナと彼女の祖父母とでは、果たすべき役割が違う。この言葉はジェナを慰めるための言葉ですか。それとも、彼女は六霊守護の器に相応しくないという否定のための言葉ですか」


 夜も更けた応接室。燭台でのみ照らされる光景は暗く、相手の表情を窺い知ることはできない。

 だがエルキュールの語気がいつにも増して強かったのは、決して自己主張のためだけではなかった。


 対するセルジュにも、それは容易く理解できていたのだろう。彼は慎重に言葉を選んでいる風に黙りこくり、やがて口を開いた。


「あの時、氷使いの娘とブラッドフォードのご子息さんは、彼女のことを庇っていたが。なんということはない、彼女を一番心配していたのはお前だったというわけだな」


 もちろん、心配はしていた。だが同時に、セルジュとの対話が、ジェナの心に巣くっている暗い部分を取り除いてくれるのではないかと期待していた。

 今、わざわざこの場を設けているのもそのためだった。


「俺はお前が思っているほど意地の悪い男ではないぞ。俺は俺の考えを述べたが、それは彼女とは相容れなかった。ただ、それだけのことだ」


 どうやら本当に、彼なりにジェナを思いやってのことだったらしい。

 だが『役割が違うのだから必要以上に気負う必要はない』という理論は、やはり彼女の主義に反していたのだろう。

 六霊守護の末裔としての責任。危機の迫る故郷への不安。ジェナがそれに対しどのように向き合っていくのか。

 いずれにしろ、仲間であるエルキュールも陰ながら支えていく必要がありそうだ。


「……真摯に回答していただきありがとうございます。気を悪くされていたら申し訳ありません」


「構わん。お前も何か決心がついたようで何よりだ。それよりも、アルクロットの件を頼んだぞ。今日のような日が何度も続いてはいよいよこの街も終わりだからな」


「それは必ず。俺にも、成さねばならないことがありますので」


 席を立ち、扉に手をかけるエルキュール。そのまま部屋を出ていこうと足を伸ばしかけるが、何を思ったのか彼は扉を開けたまま立ちどまる。


「そう言えば……」


 ふと湧き出たのはささやかな好奇心だった。エルキュールは振り返らぬまま言った。


「あなたにとっての果たすべき役割とはなんですか? 参考までに聞いておきたくて」


 ジェナの心配をしている身ではあるが、エルキュールもまた迷いを抱えながら道を歩く者。

 直情的な面がありながらも、己の中に確固とした秩序を持つセルジュ。その在り方には興味があったのだ。


「……なるほど。俺の役割か。その答えなら、至ってシンプルだ」


 割と本気にして訊ねたエルキュールと対照的に、セルジュの軽い態度はどこか浮いていて――。


「一つ、街を守ること。二つ、魔獣と戦うこと。三つ、もし敗れたのならこの身が魔人となる前に自死すること。以上だ」


「な――」


 次の句に込められたものを汲み取るのに余計に手間取ってしまう。

 セルジュはそのまま呆然とするエルキュールの横を抜けると、宿舎の上階へと姿を消した。

 その背が完全に視界から消えるのと同時に、ようやくエルキュールは彼の言葉の意味を理解できた。


 役割を明確にし、その遂行のためならば自分の命すらも代価として支払ってしまえるほどの覚悟。

 さながら駒、あるいは道具。

 何故だろうか、故郷を離れここまで旅を続けた自分にも通じる面があるというのに。エルキュールはその考えに対し酷く反感を抱いていた。


 それだけ強く成し遂げたいと思う気持ちは間違ってないはずだが――。


「自分のことをを棚に上げておいて、他の人が使命に殉じるのは見過ごせないなんてな……。あるいは、他の人から見た俺も……?」


 巡り続ける思考を、エルキュールはかぶりを振って抑えつけた。

 ヒトの世に生きる魔人という立場上、ヒトの在り方については度々考えることの多い性格ではあるが。物思いに耽って目的を見失うのが彼の欠点だった。

 今はとにかく、アルクロットでの任務と、何かと不安定なジェナを気に留めておくことが肝心だろう。


 明日になればまた忙しくなる。今宵はせめて安静に過ごそうと、エルキュールはついに誰もいなくなった応接室を後にした。



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