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13.約束

私はディーゼさんに声をかける。

「ねぇ。ディーゼさん。私、料理の学校に行こうかなぁ」

ディーゼさんは不思議そうに私を見た。

「ハナちゃんは、生物学の大学を目指しているでしょう?」


うん、そのつもりで、今日までいたのだけど。

でもなんだか、ふと。

「私、美味しい料理を作れるようになりたいな。お世辞やひいき目無しに、本当に『美味しい』って思ってもらえる料理を毎日、ディーゼさんに作って、食べてもらいたい。きっと愛情込めるだけじゃ足りないんだろうって思うから。店長さんみたいに、ちゃんと年季と技術があって、込めた愛も美味しさになるんだろうなって思うと、じゃあ、ちゃんと料理ができるようになりたいな。プロみたいに」


ディーゼさんは穏やかに微笑んだ。

「ハナちゃん。生物学はずっとやりたかった勉強でしょう。料理は、僕はハナちゃんが作ったら何だって美味しくて幸せになれます」


店長さんのコーヒーをあんなに美味しそうに飲んでるのにそんな事を。私は不満を表してディーゼさんを見上げる。

「私、コーヒーだけじゃなくて、全部。花の作るものは美味しいって、他のものは口に合わないけど、花のだけは大丈夫って、思って欲しい」

「間違いなく、ハナちゃんが作るだけで特別です。毎食美味しいです」

うーん。違うと思う。


私は、きちんと理解してくれないディーゼさんに言い聞かせた。

「ディーゼさんは、元の世界からこちらに来てくれました。ずっと頑張ってくれた。私もディーゼさんの事で頑張りたい。ディーゼさんに美味しいご飯を作ることを優先したい」


「・・・」

ディーゼさんが無言でなんとも言えない表情で見つめてくる。でも、さっきよりは認めてくれつつある気がする。


「生物学の大学を目指していたのは、面白いし、私の成績も良いからです。でも、料理は私は全然なの。でも絶対ちゃんと作れるようになりたい。プロになる程のお勉強をすれば、私の夢が叶うかも」

「ハナちゃんの夢?」

「はい。ディーゼさんに、美味しいご飯を作るという夢です。口に合わないけど慣れた、じゃなくて。店長さんのコーヒーが美味しいなら、他のものも作れるはずです。ディーゼさんは、こちらにいてくれるんだから、私は、こちらで幸せにしたいって思うんです」

「・・・」

ものすごく嬉しそうに見つめてもらえる。たぶん、この意気込みだけでディーゼさんは感激すらしている。


でも、私は具体的に、ちゃんと行動で示して、成果を見せたい! ディーゼさんに、美味しいご飯を食べさせるのは私!


じっと待っても返事は無いので、私は続けた。

「だから、料理の学校に行こうかなって」

「・・・そうですか」

と、静かに嬉しそうに返事が来た。

「はい」

と私も答えた。


また無言で少し歩く。


それから、また私から声をかけた。

「ディーゼさん。お店のアルバイト、慣れましたよね」

「はい。そうですね」

もともと、別の世界の父のところで、家事までやった経験のあるディーゼさんなので、特に苦も無くお店の事もこなしている。


「だったら、いつか、二人で、お店、できませんか?」

「え?」

ディーゼさんが少し驚いて足を止めて私を見た。

私も止まり、少し首を傾げて、見上げる。


「あの、全然、今日思いついたばかりで、あやふやな夢なんですけど」

「はい」

「私が、本当に料理の学校に行ったら、そうしたら、プロになれるのかもって。そしたら、ディーゼさんと2人で、今のアルバイトしているお店みたいなお店を、できたらいいなって。・・・どう、ですか?」

話しながら少し不安になる。

本当に、急に思いついたアイデアみたいな話だから。

でも、思いついたら、そうなれば良いな、なんて夢みたいに思えるのだ。素敵じゃないかなって。


ディーゼさんはじっと私を見つめ返して、それから嬉しそうに笑んだ。

「ハナちゃんの未来に、僕もきちんといるんですね」

「当たり前です」

私は少し困惑する。

「結婚するのでしょう? 一緒にいてくれるんですよね?」

「はい」

ディーゼさんははにかんだ。

「はい。だけど、ハナちゃんの考える未来に、僕がきちんと入っているのが、とても、嬉しいです」

「・・・」

困った人だなぁ、と私は思う。


ディーゼさんは、元の世界で、いつも脇役で、気にも留めてもらえないことが普通だった。少し目を向けてもらっても、すぐに他のところにいってしまう。

ディーゼさんのお母さんですら、ディーゼさんの事をきちんと案じていると私は思うけど、たくさんの子どもがいて、ディーゼさんだけに目を向けるというのは無理だったのだろう。

ディーゼさんは魔王の息子で、世話をしてくれる人たちがたくさんいた。けれど、ディーゼさんについてくれる人ですら、ディーゼさんより他の、力や魅力のある兄弟を重要視していたという事だ。


だからこそディーゼさんは、異世界の、赤ちゃんの写真の笑顔にすら、一目惚れをしてしまったのだ。

真っ直ぐに向けられる笑顔に慣れていなかったから。

もしくは、他の方が特別だと分かる笑顔しか、向けられてこなかったから。


私はディーゼさんが好きだと言っているし、態度にももろに漏れているけど、それでもディーゼさんは、これを永続的なものだとはどこかで実感できていないのだ。


「結婚してくれるのでしょう? ずっと一緒ですよ。約束しました」

「はい」

「結婚だけでは、駄目なのですか?」

ふと引っ掛かりに気付いて確認してみる。

すると、ディーゼさんは驚いたように顔を上げて私を見る。

しまった、という表情になった。相変わらず分かりやすすぎる。私は眉を潜めてしまった。


「え、違います。大丈夫です」

「何がですか」

「不安にさせて、すみません」

「違います。不安に思っているのは、ディーゼさんの方ですよね?」

私の指摘に、ディーゼさんは黙ってしまった。叱られた犬のようだ。


私は優しくなるように意識しながら確認した。

「結婚だけでは、駄目ですか? 一緒にお店するの、良いなと思ったけど、駄目ですか? 夢に、できませんか?」

「できます。ごめんなさい」

「何が不安なんですか?」

「・・・違います。あの、結婚しても離婚する人が、身近にいたので。人間の側に」

「・・・そうですか」

意外な答えに意表を突かれて、それで口を閉ざしてしまった。


「・・・本当に、僕で良いですか?」

とディーゼさんは聞いた。

「命を助けた事で、強制してしまっていませんか? 僕は、ハナちゃんが幸せでいて欲しい。僕が可能性を潰してしまっていませんか? 進路の事だって」


なるほど、と私は納得した。ディーゼさんは、ディーゼさんを思ってする決断に不安を覚えるのだ。ディーゼさんが、自分を大したことが無い存在だ、と思っているからなのだろう。


「ディーゼさんが良いです。駄目ですか」

「駄目では無いです! 嬉しいです」

「私の運命の相手はディーゼさんです」

私が、そう勝手に決めた。


ディーゼさんが目を丸くする。私は言葉を重ねる。

「私はディーゼさんが好きです。離婚は嫌だな。でも、一度は結婚してください。ずっと一緒に居ましょう。ディーゼさんは頑張り屋でしょう。私も頑張って努力します。家族になって、一緒に頑張りましょう」

「・・・はい」

ディーゼさんは安心したように笑んだ。

私もほっとして、笑う。


「ものすごく、抱きしめたいです」

とディーゼさんが急に言った。

ドキッとした。はい、抱きしめて良いです!

期待してディーゼさんを見つめる。


「でも、タクマさんがお家の二階から睨んでいるのでやめておきます」

・・・ガッカリ。


家まではもう少し。また、大人しく並んで歩きだす。

「早く一緒の家に帰りたいです」

「はい。過ごしでも長く。一緒にいたいです」

答えてから、ディーゼさんは溜め息をついた。

「タクマさん、僕に正社員を許可するつもりはあるのでしょうか」

「・・・」

そうなのだ。ディーゼさんが新聞広告やインターネットで『正社員募集』情報を掴み、一応先に我が家に『このような募集があります、応募して良いでしょうか』と確認すると、ことごとく父が潰すのだ。

父の嫌がらせではないのだろうか。だって、内容を見る前に、すでに却下の姿勢が感じられるのだ。

結局、父に時期をコントロールされているようで不満。

父からの結婚の条件が『正社員で働く事』なのに。


「もし・・・お店を始めたら、正社員でしょうか?」

とディーゼさんが、考えるように宙を見て言った。

「正社員じゃないような気もするけど、それでも良いんじゃないかなと、いう気もします」

と私も答えた。

「そうですか」

ディーゼさんが嬉しそうに見てくる。

「だったら、一緒にお店をしてみたい。ハナちゃんとずっと一緒にいられますし、今のアルバイトの経験が役に立つと思います」


ふふっ、と私は嬉しくて思わず笑った。

ディーゼさんの腕に飛びつく様に腕を絡める。少し跳ねるようにすると、ディーゼさんは驚いたけれど楽しそうに笑う。


「お店をしたら、ディーゼさんのお母さんたちが来てくれた時にも、たくさん食べてもらえそう!」

と私は思いついてまた案を出す。


「それは・・・良いかも、しれませんね」

と、ディーゼさんは少し驚いたけれど、笑んだ。

「夢がたくさんあるのは、良い事です」


***


私は、来年から調理師の学校に行くことに決めた。

ディーゼさんは学費の問題もあるので、店長さんに色々教えてもらって修行する。店長さんにも相談してオッケーをもらった。


未来に夢と希望が詰まっている。


ディーゼさんに美味しい料理を作りたい。

そして二人でお店を開きたい。


いつか、またディーゼさんのお母さんとか来てくれるかな。色んな事情で来るのは簡単ではないとディーゼさんは教えてくれたけど、でも来る可能性もゼロではない。

その時に、色んなものを出せたら良いな。


お店をしていたら、他にも異世界の人が来るかもしれない。

このお店は美味しい、そう驚いて貰えたら、楽しい。


今日も並んで歩いて帰る。早く、帰る家も同じになると良いのにな。


すぐには叶わないものも多いけど、一緒に頑張っていけると信じている。


***


「僕の運命の相手はハナちゃんです。ハナちゃんの運命の相手も、僕で本当に良いですか?」

ディーゼさんが確認して来る。


もちろんです。私がそう決めたのだから、間違いなくディーゼさんですよ。

「はい」

私は笑顔満開にして宣誓する。


祝福の鐘が

カランコロン

と響き渡った。


「いらっしゃいませー!」

開かれた扉に向かって、私たちは笑顔と声を投げかけた。



END

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