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君のいる明日  作者: ほろほろほろろ
9/34

勉強会 3

「……」

「……」

 昼ごはんを食べ終えた後、あたしたちは再び机と向き合っていた。

 実は昼食の後にもうちょっとのんびりできるかな、なんて期待してたけど、洗い物から帰ってきた怜佳ちゃんが勉強やる気満々だったのでそうはならなかった。残念。

 いやいや、あたしがそんなこと思っちゃいけない。そもそもこの勉強会はあたしが言い出したことなんだ。

 さあ、気持ちを切り替えて勉強しよう。午前中に怜佳ちゃんから教えてもらった分野は大体理解できたから、次の分野の問題は……と。

 ……。

 ……?

 早速分からない問題に出くわした。

 もうしばらく考えてみても分からなかったので、模範解答を確認する。けど、模範解答は妙に略されててよく理解できなかった。

 解いているのが応用問題とは言え、いかに自分が勉強不足か思い知らされる。思えば、これまでにこれ程真剣に勉強したこと無かったからなぁ。

 授業の復習なんて普段しなかったし、大体勉強を始めるのはテスト期間に入ってから。そりゃ成績も下がるよね。

 こんなあたしのわがままに付き合ってくれて、怜佳ちゃんには頭が上がらないな。今度なにか奢ってあげることにしよう。

 という訳で埋め合わせは後でするとして、今日はいっぱい怜佳ちゃんの厄介になることにしよう。

「怜佳ちゃん、この問題なんだけど……」

「……」

「……?」

 返事が返ってこない。怜佳ちゃんは下を向いたまま、チラリとこちらを見ることすら無かった。

 もしかして、あまりにもあたしがバカだから、教えるのも面倒になって愛想を尽かされてしまったのか? いやいやまさか、あの怜佳ちゃんに限ってそんなことはない。多分。

 ということは、少しは自分で考えろ、という意思表示なのか? そんな~、この勉強会にはあたしの赤点回避がかかってるっていうのに。

「あの、怜佳ちゃん……? お願いだから。あ、そうだ。今度パフェでも奢ってあげ……ん?」

 よく見ると、怜佳ちゃんは返事をしないどころか、さっきからずっと筆が進んでいない。さっきは垂れた前髪でよく分からなかったけど、どうやら目も閉じているらしい。もしかして……。

「怜佳ちゃん、もしかして……寝てる?」

「……すぅ~、すぅ~」

 やっぱりそうだ!

 まあ、昼ごはん食べた後だし、こんな聴くだけで眠くなる曲もかかってるし、寝ちゃうのも仕方ないよね。

 ……どうしよう。起こした方がいいのかなぁ。でもなぁ~。

 どうしようか悩みながら、あたしは視線を下げて怜佳ちゃんの寝顔を覗き込む。彼女は首を小さくコクコクと揺らしている。意識はすっかり夢の中なようだ。全く起きる気配は無い。

 せっかく気持ちよさそうに寝てるのに起こすのも気が引けるから、このまま寝かせてあげよう。あ、でも寝かすならベッドの上の方がいいよね。そうと決まれば。

「せ~のっ、と」

 あたしは、ちょうどお姫さまだっこのような感じに怜佳ちゃんをそっと抱きかかえた。彼女は見た目通り随分と軽くて、ラクに抱えあげることができた。あたしの腕の中でも、彼女は相変わらず小さく寝息をたてている。起きていないようなので、あたしはほっと胸を撫で下ろした。あたしはそのまま怜佳ちゃんをベッドへ横たえ、薄い掛け布団を優しく掛けた。

「くすっ、よく眠ってる」

 なんとなく、怜佳ちゃんの寝顔を眺めてしまう。

「……」

 怜佳ちゃんが体を捩って寝返りを打ち、こちら側を向くかたちになる。怜佳ちゃんの顔をこんな近くでまじまじと見るなんて機会無かったから、結構新鮮だった。こうして見ると、なかなか愛嬌のある顔だな。小さい体に、フワッとした髪。まるで小動物のようで……。

「……少しくらい、撫でても気付かれないよね?」

 あたしは恐る恐る怜佳ちゃんの頭へ手を伸ばして、その後ろ髪の上にそっと置いた。

 そのままゆっくりと怜佳ちゃんの髪を撫でる。手のひらにふわふわした髪の感触が伝わってきた。なんだか本当に小動物でも撫でているかのような感覚に陥ってしまいそうだ。

 っと、こんなことをしている場合じゃない。彼女を撫でてることに気が付かれたら大変だし、そもそもあたしは、今は来るテストに向けて少しでも勉強しなければならないのだ。

 怜佳ちゃんの頭から手を離して、自分の問題集と再び向き合う。怜佳ちゃんに解説をしてもらうことは出来なくなったけど、一人でも頑張ろう。彼女に頼るばかりではなく、自分で道を切り拓くのだ。

 さぁ、勉強を再開だ。


「……」

「おい、莉英。起きろ」

 懐かしい、あの人の声が聞こえる。あの人の声が、あたしに起きろと呼びかけてくる。でも、あたしは意地悪なのだ。だから、あたしの寝ぼけた頭はあの人を困らせてやろうという考えでいっぱいになった。

「……あと、3時間……」

「3時間って、こんなところでそんなに寝てたら風邪ひくぞ。さっさと起きろ」

 フニフニとほっぺたをつつかれる。ちょっとくすぐったい。

「じゃあ……キスして……?」

「は、はぁ!?」

「してくれたら起きる……かも」

「お前、寝ぼけてんのか?」

 あぁ、今あの人、間違いなく困ったような、照れたような顔をしている。その顔を想像しただけで、もっと意地悪したくなってくる。

「キス……してほしいな」

「…………」

 長い沈黙の後、覚悟を決めたようにあの人は言った。

「わ、分かったよ。ただ、その……絶対目開けるなよ」

 あたしは目を閉じたまま、うつ伏せていた顔を横へ向ける。あの人はきっと、顔を真っ赤にして照れてるに違いない。そんなあの人の息遣いを微かに感じる。あぁ、もうすぐ、あの人を感じられる。

「って、やっぱ無理ぃ~」

 急に甲高い声を上げたかと思うと、あの人があたしの体を大きく揺すり始めた。

「御嶋さん、起きてよぉ。お願いだからぁ~」

 揺すられすぎて頭がグラグラしてきた。ああ、もう。そんなに乱暴にしなくったっていいのに。確かに、ちょっとやり過ぎちゃったかもしれないけど。ってか、あの人ってこんなに声高かったっけ? なんだか女の子のような声だったけど……。

 まだ眠気を引きずったままの頭を持ち上げて目を開く。まだ明るさに慣れていないせいで、電気の光が眩しくて何度も目をパチパチとさせる。次第に目が慣れたところで、あたしが目にしたのは、

「も、もう。やっと起きてくれた。御嶋さんったら、意地悪なこと言うんだから」

 怜佳ちゃんが顔を真っ赤にしながら、あたしのすぐ隣に座っていた。その視線は、まるであたしを避けてるみたいに右へ左へ泳いでいる。

 ……これはどういった状況なんだ?

 さっきまであたしの傍に誰かがいて、でもあたしの目の前には顔を真っ赤にした怜佳ちゃんがいて……。ってか、あたしいつの間に寝ちゃってたんだ?

「……」

 数十秒か、数分か。あたしと怜佳ちゃんはずっと黙っていた。いや、ただあたしがそう感じただけで、実際はそんなに時間は経っていなかったのかもしれない。そしてようやく、あたしは現状を理解することが出来た。

「ち、違うの! 夢……そう、夢を見てたの! だからさっきのは、あたしじゃなくて夢のせいで……その」

 そうだよ、キスしてだなんてあたしが言う筈がない。まして怜佳ちゃんにだなんて。って言うか、それでキスしようとしてた怜佳ちゃんもどうかと思うよ。

 現状が理解できてもなお、あたしの頭はパニック状態だった。でも、怜佳ちゃんはそれを聞いてどこかほっとしたようだ。

「そ、そうだったんだ。夢……見てたなら仕方ないよね。大丈夫、さっきのことは忘れるから」

 どうやら納得してくれたようだ。

「そういえば、私が先に寝ちゃって、御嶋さんが私をベッドに寝かせてくれたんだよね? ありがとう」

「あぁ、そんなこと。お礼を言われるほどのことじゃないよ。怜佳ちゃん軽かったから全然大変じゃなかったし。それに、風邪とか引いちゃたらいけないでしょ?」

「そう言う御嶋さんは机に突っ伏して寝てたけどね」

「くすっ、言われてみればそうだね」

「ふふっ」

 二人の間に、自然と笑いがこぼれた。気が付けば、昼からかけていたCDはもう止まっていた。

 どれくらい眠っていたんだろう、ふとそんなことを思いながら南側の窓へ視線を移す。そこからは、大きく傾いた西日がカーテンの隙間から差し込んでいた。

「もう夕方かぁ。結構長い間寝ちゃったなぁ」

「うん、私もさっき目が覚めたとき、びっくりしちゃった」

 さすがに夕飯までご馳走になる訳にはいかないから、あたしはそろそろ自分の部屋に帰ることにしよう。

「怜佳ちゃん、今日はありがとね、あたしの試験勉強に付き合ってくれて。今度お礼がてら何か奢るよ」

「そんな、私は何もしてないよ。途中で寝ちゃったし……」

「寝ちゃったのはあたしも同じだよ。それに昼ご飯ご馳走になったし。それじゃ、あたしはこれで帰るね」

 問題集などを鞄に詰めて、あたしは玄関へ向かった。あたしの後ろを、怜佳ちゃんが見送りのためについてきた。玄関の扉の前で、あたしは怜佳ちゃんに振り返った。

「今日はほんとにありがと。じゃ、また明日、学校で」

「うん。また明日……」

 あたしは再び玄関の扉に向き直って、ドアノブに手を掛ける。

「あ、あの……」

 ちょうどドアノブを回そうとしたところで、怜佳ちゃんに呼び止められた。

「私、今日のこと、すごく嬉しかったの。御嶋さんと一緒に休日を過ごせて、楽しかった。だから、その。また……来て……くれますか?」

 それはつまり、勉強とか一切抜きにして、自分の部屋に遊びに来てほしいということだろう。

 あたしは少しも考える様子を見せずに、笑顔でそれに答えた。

「うん、じゃあ、また機会があったらおじゃまするね」


 後日談

 怜佳ちゃんの部屋で勉強会を開いたけれど、途中でサボったことが災いしてか、問題の理系科目の点数は赤点と平均点の間を彷徨っていた。まあ、今回は赤点を回避できたのであたしは十分満足だったけど。

 そのことを怜佳ちゃんに話したら、「私があの時眠気に打ち勝っていたら……」と、あたしの点数の低さに責任を感じてるようだった。あたしはむしろ感謝してるのに。

 まあ、ここで生半可な言葉をかけても仕方ないと思ったので、「これからも勉強教わってもいい?」と訊いたら、「むしろこちらからお願いします」と返されてしまった。

 何にせよ、怜佳ちゃんのおかげであたしの成績が上がるのなら嬉しいので、これからも怜佳ちゃんには甘えさせてもらおう。

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