文化祭
今日は待ちに待った文化祭。校舎中のあらゆる教室は色とりどりに装飾され、生徒たちは顔に喜色を浮かべ、全体の雰囲気もどこかうきうきとしている。
しかし、そんなものとは裏腹に、あたしの頭の一画は心配で満たされていた。
「出席は……星乃以外は来ているな」
そう、HRの時間になっても怜佳ちゃんがまだ登校して来ないのだ。
一体怜佳ちゃんに何があったんだろう。怜佳ちゃんは朝が苦手だって言ってたから、もしかして寝坊したのか? それならまだ良い。もし、ケガをして来れないんだとしたら。いや、何か病気にかかったのかもしれない。まさか事故に遭ったなんてことも……。
「あ~、星乃が来ていない件についてだが、風邪を引いたらしく今日は休みだ。今日この日風邪とは災難だとは思うが、皆も体調管理には十分注意するように。まだ暑いからって、冷たいものばかり食うんじゃないぞ」
あぁ、なんだ。風邪だったんだ。心配して損だったな。
それでも、怜佳ちゃんが文化祭に来れないことに変わりない。彼女だって、この日を楽しみにしてたかもしれないし、あたしだって怜佳ちゃんと一緒にクラスの出し物を見て回りたかった。やっぱり残念。
まぁ文化祭は来年にだってあるんだ。怜佳ちゃんが元気になって学校に来たときの為にも、土産話をたくさん用意しておこう。
「それでは今朝のHRを終わる。文化祭だからといって、くれぐれも羽目を外しすぎないように。解散」
午前中は各クラスや文化部の出し物を一人で見て回った。影絵での劇や定番のお化け屋敷、占いの館、輪投げやボーリングなどのミニゲームを楽しめるところもあった。どのクラスも手が込んでいて、訪れる生徒達は皆楽しそうだった。
一方文化部の出し物はというと、演劇部の劇、声楽部の合唱、調理部の料理販売、文芸部の作品の販売、そして美術部の展示会などなど。どこも普段の不断の努力の成果を発揮せんとばかりに張り切っていた。
やっぱり、こういう非日常的な感じは堪らない。この浮ついた空気を吸うだけで、心なしかワクワクしてくるのだ。でも、怜佳ちゃんと一緒だったらもっと楽しかったんだろうなぁ。
午後には有志によるステージが体育館で行われる。ステージといっても、プログラムを見るとすべてバンドで埋め尽くされていた。
文化祭におけるバンドの演奏というのは、日々をノリと勢いで生きているような人たちがノリと勢いで歌って演奏して、それをまたノリと勢いの人たちが聴いては騒ぐだけという印象が強く、あたしは苦手なのだ。幸いにもこのステージは参加自由であり、必ず聴かなくてはいけないわけではないので、その間の暇な時間をあたしは中庭で絵でも描いて過ごすことにした。
一旦美術室へ寄り、スケッチブックと描画用の鉛筆と消しゴムを手にして、中庭の芝生の上に座る。
さぁ何を描こうか? 出浪さんがお化け屋敷から泣きながら出てきた所か。それとも片岡さんが占いの館で恋占いをしたら、今の恋は叶わないと言われたところか。ああ、怜佳ちゃんは今日休みだから、怜佳ちゃんの絵は描けないな。残念。
「こんなとこで何してんだ?」
「わぁ!?」
急に後ろから声をかけられ、思わず口から上擦った声がでてしまった。驚きつつ後ろを振り返ると、そこには加山くんが立っていた。
「なんだ、加山くんかぁ。もぉ驚かさないでよ~」
「あぁ、すまん。そんなつもりはなかったんだ」
加山くんは申し訳なさそうにそう言った。あたしは再び加山くんに背を向けるように座り、スケッチブックを持ち直した。
「加山くんこそどうしたの? 今体育館でステージやってるでしょ? 見にいかないの?」
「あ、えっと……お前がこっちの方に行くのが見えてさ。なんか今日、お前の顔見て元気ないなって思ってたから、ちょっと心配になって」
「あたし、そんな風に見えてた? そんな、あたしはこの通り元気だよ。加山くんは心配性だな~」
「……やっぱり、星乃がいないと寂しいか?」
「え?」
まるであたしの心の中を見たかのような問いに、あたしは一瞬言葉を詰めらせる。
「な、なに言ってるの? あたしがそんな、友達が休んだくらいでめそめそするような子供にでも見えるって言うの?」
「そうじゃない。ただ、いつものお前は、星乃といるときのお前はもっと明るかった。だけど今日のお前はいつもと違うって、みんな気にかけてたぞ」
「君だけじゃなくて、みんなも心配性だったんだ」
はははっと笑ってみせる。でもそれは、自分で聞いても、乾いた笑いだと思った。
「隣、いいか?」
「うん……」
加山くんがあたしの隣に座る。少し、気まずい。男子と二人きりでこういう状況になったのって久々だから。
「絵、かぁ。そういや、お前の絵見たぞ。あの……夕日のやつ。いや~綺麗だったよ」
あたしの手に持ってるスケッチブックを見ると、加山くんは思い出したように感想を告げてきた。ちょっと嬉しい。
「そう? ありがと」
「ああ、お前があんな絵上手かったなんてしらなかったよ。去年は出展してなかったし」
「うん、そうだね……」
加山くんは、あたしが去年文化祭用の絵を描かなかった理由については訊いてこなかった。何かを察して、気を遣ってくれたんだろう。
しばらく沈黙が続いた。まだまだ熱の籠もった風が、体育館から響く騒音を連れて耳元を掠めていく。
「んでっ、今からは何描くんだ? まだ白紙みたいだけど。何描くか決めてないのか?」
「う~ん、さっきまで悩んでたけど今決めた!」
そう宣言し、あたしは鉛筆を走らせた。
地面に芝生を生やし、小さな池を水で満たし、背の低い木を植えて、その隣に人影が2つ。1つは長髪で、もう1つは短髪だ。
「その絵の2人って、誰と誰だ?」
あたしの絵を横から見ていた加山くんが質問を投げかけてくる。まあ顔も服装もしっかりと描いてないから、分からないのも仕方ないかな。もしかしたら、今日出展したあの絵の中の2つのシルエットも加山くんには誰だか分からなかったのかもしれない。あたしはちょっと意地悪そうに微笑む。
「ふふっ、さあて、誰でしょう?」
「な、なんだよそれ。素直に教えてくれてもいいだろ?」
「うふふっ、あたしは加山くんに当てて欲しいな」
そう焦らしつつ、どんどん絵を完成に近づけていく。
そこには、芝生の上に並んで座る一組の男女。女の子は澄ました顔でスケッチブックに絵を描き、男の子はそんな彼女になにやら言っている。
「さぁ、加山くん。これ誰だか分かる?」
気が付けば日は大分傾き、校舎の白は橙に染まっていた。
文化祭は終わり、みんな各クラスの出し物の片付けに取り掛かっていた。しかし、例によってあたしのクラスは後片付けも簡単だ。遮光用の黒いカーテンを取り外し、備品などは返却するだけ。
「……ん? お~い、このBGM用のCDって誰が持ってきたんだっけ~」
男子の一人がCDを掲げてクラスメイトたちに呼びかける。それは、怜佳ちゃんが持ち込んだCDだった。それに気が付いたあたしは、その男子のもとへ駆け寄っていった。
「ああ、それ怜佳ちゃんのだよ」
「ああそうだったな。あ、でもあいつ今日休みじゃん」
「よかったらあたしが返しておくよ?」
「おっ、マジか。助かるよ~。じゃあ頼むわ」
「うんっ」
放課後、寮に戻ったあたしは怜佳ちゃんの部屋へCDを返しにやってきた。
ピンポ~ン
「……?」
あれ? 返事が無い。
もう一度インターフォンを鳴らすけど、返事どころか物音1つしない。もしかして今は寝てるのかな?確か風邪だって担任が言ってたし、だったら安静にして寝てるっていうのも頷ける。
だったら仕方ない。いつ起きるか分からないのに扉の前で待つなんて、そんなことは出来ないし。まあこれを返すのは明日でもいいか。
そして、あたしは自室へと戻っていった。




